Part4:儀式と一大事


 「いたたた……」

 『天の使者』達にさんざんどつかれてから解放された教授は、小川の辺りに座り込んで『天の使者』を眺めていた。 彼女たちは20mほど先にある『塩の

池』に入り、バシャバシャと何かやっている。

 「体形はほとんど人になったようだが……かえって違和感がましたかな?」

 教授は彼女たちの、顔や足先、手先を注意深く観察している。

 「足と手はともかく、やはり目が『鳥の目』なのが大きいかな。 それに表情も乏しい……しかし、全くないという訳でもないか?」

 じっと見ていると、無表情に見える顔に、かすかに表情らしきものがあるような気がしてくる。

 「それにしても、何をしているのやら……おおっ?」

 『天の使者』達が鳥の足を使って、『塩の池』から何か引っ張りだしている。 いぶかしげに見ていた教授は、その正体に気が付いてぎょっとした。

 「あれは弔われていた遺体ではないか。 さては塩水で洗っていたのか?」

 死後硬直が始まったのか、少々手こずり、いや足こずりながら遺体を岸に引っ張り上げて横たえた。 遺体は、葬祭用の着物を着せられていたはずだが、

それが?がされて裸体になっている。

 「ど、どうする気だ……よもや……食べ……」

 こわい事を考えて教授が身震いしている間に、『天の使者』達は、遺体を中心にして車座に座る。 と、一人が立ち上がり遺体を跨いだ。

 「む? 違う? まさか『死姦』……むむ、それは許せん! 死者を冒涜するなど!」

 教授はやおら立ち上がり、彼女たちに近づいてった。 と、足音を聞きつけたのか、『天の使者』達が一斉にこちらを向く。

 「う……」

 教授の足が止まる。 彼女たちは、非難と哀しみの混じったような目つきで、教授を見ている……ような気がした。 なんとなく気おくれした教授は、車座に

なった『天の使者』達から数歩の処に腰を下ろす。

 「わかった、邪魔はせん。 しかし、何をするのか見届けさせてもらう」


 ケーッ

 教授が腰を下ろすのを見た『天の使者』達は、興味を失ったかのように遺体に跨った仲間に視線を戻した。 近くで見てみると、当然ながら遺体のソレは

倒れたままで、その上に『天の使者』の秘所がのっている。 

 (交合していない?……真似事だけか?……)

 教授は遺体に跨っている『天の使者』を観察した。 彼女はゆっくりと体を前後に動かし、秘所をソレの上で前後させている。 その動きは規則正しく、かつ

ゆっくりであり、男女の秘め事には見えない。

 (ふーむ? なんだか儀式めいといるようだが……おや?)

 教授は、彼女の腹部が膨らんでいるのに気が付いた。 どうやら妊娠しているようだ。 となると、子作りの儀式ではあり得ない。

 (いや……逆かもしれん……子供がお腹にいるからこそ、この儀式を行っているのでは?) 長寿はそう直感した。


 クケッ

 『天の使者』は小さく鳴いて、遺体から離れた。 すると車座になっていた『天の使者』達が立ち上がり、彼女の肩を抱く様にして近くの茂みへと歩いていく。

 「終わったのか? お?」

 一人の『天の使者』が残り、足で遺体を掴んでずりずりと引きずっていく。 彼女の行く先の方へ目をやると、いくつも石が積まれ、花が咲いている場所がある

 「そうか……そこが埋葬の場所か」

 なぜ『天の使者』達が遺体をここまで運んであの様な事をするのか、村人がなぜ彼女たちに遺体を委ねるのか。 いくつもの疑問はまだ解けていないが、

とりあえず教授は遺体の埋葬を手伝うことにして、『天の使者』に近づいて行った。


 「ど、道具が違うと、疲れるものだ」

 
 『天の使者』は教授が近づいてくるのを見て、警戒する素振りを見せたが、彼が穴掘りを手伝い出すと、肩をすくめるような仕草を見せて、何も言わずに

穴掘りを再開した。 彼女は木でできたシャベルの先だけの形をした板を足で掴み、器用に穴を掘っていた。 近くに同じ形の板があったので、教授はそれ

を手で掴んで穴掘りを手伝ったのだが、『天の使者』に比べると半分ほどの速さでしか穴が掘れず、おまけに大汗をかいてしまった。

 「いやはや、もう少し体を鍛えておくべきだったか……や?」

 荒い息を吐いてへたり込んでいると、ふいに日が陰った。 見上げると、さっきまで穴を掘っていた『天の使者』が水の入った木のコップを差し出していた

……足で。

 「飲めということか? や、ありがとう」

 礼を言い、教授はのどを鳴らして水を飲む。

 サー……

 静かに風が通り抜けていった。


 クケーッ!!!

 「な、なんだぁ!?」

 突然『天の使者』の声が響き渡った。 意味は分からないが、切迫感の感じられる声だ。

 「だれの声だ?」

 目の前にいる彼女の声ではない。 いや、目の前にはもう誰もいなかった。

 「おおっ、待ってくれぇ」

 『天の使者』は空へ飛びあがったと思ったら、そのまま一直線に茂みの方に飛んで行った。 そちらは、他の『天の使者』3人が向かった方だ。 教授は

慌てて彼女の後を追って茂みに飛び込んだ。

 「ぶわっ……え随分と茂っておる。 飛べる奴は便利だ……どわっ!?」

 深い草をかき分けかき分けしていた教授の視界が開けた。 丈の低い草地に、太い幹が曲がりくねった奇妙な形の木が何本か生え、その木に草で編ん

だ巨大な籠か何かのようなモノが乗せられている。

 「まるで大な鳥の巣のような……そうか! ここが、『天の使者』達の住処か」

 鳥の巣のようなモノは、『天の使者』達の巣……いや家に違いなかった。

 チチチチチ!

 ピピピピッ!

 突然、影のようなモノが教授にとびかかってきた。

 「わわっ!?」

 バサバサと風を切る音がして、何かで叩かれているようだ。

 「な、なんだぁ」

 襲われているらしいが、あまり恐ろしい感じはしない、とおもったら急に攻撃がやんだ。

 クケーッ

 聞き覚えのある声がした、と思ったら『墓堀り』をしていた彼女が目の前にいた。 そして彼女の片足が、何かぶら下げている。

 ピピピピ!

 「これは、『天の使者』の子供か」

 それは、『天の使者』をそのまま小いさくしたような、可愛らしい子供だった。 少しだけ膨らんだ胸から女の子と知れた。

 クケーッ!!

 「おおっと、そうだった!」

 声はすぐ近くの『家』から聞こえてきた。 家の入り口には、二人の子供の『天の使者』が中を覗き込んでいる。

 「どうしたぁ!……ややややや」

 中を覗き込んだ教授は目を丸くし、続いて真っ赤になった。

 「こ、これは失礼した。 お産の最中とは知らず」

 そう、中にはお腹の膨らんでいた『天の使者』が、足を広げたあられもない姿で横たわり、その脇にさっきの二人『天の使者』が座っていた。 二人は、

お産を手伝っているらしかった。

 「取り込み中失礼した。 すぐに退散しよう……む?」

 教授は、お産の最中の『天の使者』の様子がおかしいのに気が付いた。 なんだか苦しそうに息をしている。

 「どうした、何か問題でも……ややっ?」

 横たわった『天の使者』の開き切った足の間、そこに白く丸いものが覗いている。

 「これは……卵? 君たちは、卵生なのか?」

 ククククケェッ!!

 「おっとそれどころじゃない……どうした? なにが……むむっ?」

 お産中の『天の使者』、その下腹を観察していた教授は、お腹も秘所も伸び切って張り詰めているのに気が付いた。 そっと触ってみると固い。

 「もしかして……産道に卵か閊えてしまったのか?」

 クケエッ

 「えええ……っと……」

 ふと気が付くと、『天の使者』達の視線が教授に集中している。

 「……私に……なんとかしろと?」

 クケェッ

 全員が首を縦に振った。

 「……」  

 いつの間にやら、意思の疎通ができるようになったらしかった。

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