Part3:観察


 ランデルハウス教授は不思議な夢を見ていた。 高い山の上に綱が張り渡され、その上をそろそろと歩いている夢だった。

 ”恐ろしい……”

 ひどく頼りない足取りで、一歩踏み出す。 また一歩、そして……踏み外した。

 ”うぁぁぁぁぁぁぁ”

 浮遊感と果てしない落下の感覚に恐怖する。


 「はっ!」

 目が覚めた。

 「夢だったか……さてここはどこだ?」

 前を見ると、白い雪を頂いた山々が見えた。 下を見る……足の下はるか下に谷が見える。 そして彼の足は宙に浮いていた。

 「……これはしたり、まだ夢の中だったか」

 首を振って上を見る……クリッとした丸い黒目と目が合った。 

 「……え?……なに?」

 しばし目を閉じ、開く。 景色は変わらない。

 「どぇぇぇ!?」

 彼は空を飛んでいた。 より正確に言うと、彼の体は『天の使者』にぶら下げられて、宙を運ばれていた。

 「お、落ち着け。 落ち着くんだぞランデルハウス。 ここで騒いでもなにもいいことはないぞ」

 ぶつぶつと呟いたランデルハウス教授は、自分が五体満足か確かめる。

 「うむ、肩が痛いが……おお」

 横目で見ると、自分の両肩に、大きな鳥の爪の様な『天の使者』の爪が食い込んでいる。 彼の来ている服は探検用に特注したもので、上着の中には

固い皮が入っているので、爪が皮膚を傷つけることはないが、それでも痛い。

 「とりあえず、肩はは大丈夫……」

 次に下を見ると、谷の底に川が見える。 谷筋に沿って飛んでいるらしく、地上まではかなりの距離がある。

 「どちらかと言うと、ここで落とされる方がよほど痛い……いや、痛みを感じる暇があるかな?」

 少々のんきなことを考えていると、妙なものが目に入った。

 「あれは……雪か?」

 正面の下の方に、特徴的な丸い地形があり、その丸の中は見事に真っ白だった。 山肌の茶色か樹木の深緑の景色の中で、その白く丸い地形はひどく

目だった。  

 「いや雪ではないな、まっ平だ。 うむ?」

 教授は自分が下降しているのに気が付いた。 どうもその白円を目指しているようだ。

 ケーッ

 「わっ!?」

 背後で大きな声がし、教授は驚いた。 そーっと背後を振り返ると、『天の使者』が三匹(鳥の体に人の頭なので人には見えなかった)後からついてきて

いる。 そして、そのうちの一匹は、弔われていた遺体をぶら下げている。

 「……わしもあんな風に……まてよ?まさか、わしも遺体と思われているのか!?」

 思わず上を見上げると、『天の使者』の視線は前方に向けられていて、教授を見ていない。

 「……仕方がない、こうなれば出たとこ勝負だ」

 覚悟を決めた教授が視線を前方に戻すと、白い円形の地形は目前に迫っていた。 表面にさざ波が見える。

 「池?……おわあっ!?」

 『天の使者』は教授を白円の中に放り出した。

 ドッパーン!!

 盛大に水しぶきが上がり、教授の口に水が入る。

 ゴボボッ!? 

 慌てて水面に顔をだすと、水を吐き出して顔をしかめる。

 「しょしょしょっぱい!! これは塩水か!」

 池は意外に浅く、1mほどの水深しかない。 池の底は真っ白で、塩の結晶が砂の様に積もっている。

 「この池は、塩の飽和溶液なのか。 急いで体を洗わないと」

 教授は池から這い上がると、水を探した。 幸い、すぐ近くに小川が流れており、そちらは普通の水だった。

 「やれ助かった」

 小川に頭から飛び込むと、存分に体と服を洗って塩気を洗い流す。

 ドッパーン!!

 池の方から水音がした。 そちらを見ると、彼の後に続いて『遺体』が投げ込まれたらしい。

 「わしも遺体扱いか……何をする気かなぁ」

 池から上がった教授は興味津々で『天の使者』達の行動を観察とした。 こう言うと学者らしく聞こえるが、ずぶぬれの服を脱いで絞りながらの行動なので

おやじが覗きをやっているようで、いまいちさまにならない。

 クケーッ

 クケーッ

 遺体に続いて『天の使者』達が池に降り立った。 そして、大きな翼を広げると、互いに水をかけあう。

 「ふむ、体を洗うというか、清めているようだな……ややややっ!?」

 ランデルハウス教授は目を剥いた。 さっきまで『天の使者』の羽毛は茶色かった、それが。

 「こ、これは……」

 絶句するランデルハウス教授。 『天の使者』の羽の色はツヤのある鮮やかな色へと変わっていく。 赤、青、緑……そして黒。

 「なんと見事な……おおおっ?」

 ケーッ

 ケケーッ

 『天の使者』が空を見上げながら、高い声で鳴いている。 その体の形が変化していく。 鳥そのものだった足がすらりと伸び、羽毛で覆われた体の中央

から羽毛が左右に分かれ、ふくよかな人の女体が姿を現す。

 「むむむむむむ……これはすごい」

 目を真ん丸にしている教授の目の前で、『4匹』の『天の使者』は『4人』と数えるのが相応しい姿に変わった。 教授は、学究の徒としての好奇心丸出しで、

変身後の『天の使者』達を観察する。

 「ふむ、完全に人になったわけではないか。 腕の代わりに翼が生えて……随分長いな、人の腕の倍はあるな。 もう少し近くで…… ふむ胸は人間の

女性より大きめ、でE……Fカップ?大きすぎないか? もうちょっと近くで…… 胸筋も随分発達している……ほほう、太腿から下は鳥の形状を一部残して

いるようだな もう少し近くに……まるでブーツを履いているようだ……むむむ、下腹部を保護しているは『毛』でなく『羽毛』か? ……我々が『毛のない猿』

だとすれば『羽毛のない鳥』だと考えれば!!」

 ケホン!!

 教授の頭の上で咳払いの声が聞こえた。 そーっと上を見ると『天の使者』4人が冷たい目で彼を見下ろしている。 気が付けば、パンツ一丁の教授は

『天の使者』の下腹部を、息がかかりそうな距離で目を皿の様にして観察していた。

 「あーすまん、邪魔をしたかな。 私は気にしないので作業を続けてくれたまえ」

 精一杯平静な様子で言った教授は、片手をあげるとくるりと背を向けた。

 クケケケケケケケ!!

 クケーッ!!

 「わわわわ」

 『天の使者』達が翼をバタバタと振って教授を叩いた。 頭を抱えて逃げる教授を彼女たちが追いかける。

 「ご、誤解だぁ」

 ケーッケーッ!!

 いまだ意思の疎通は成立していないが、彼女たちが教授を非難しているのは間違いなさそうであった。

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