Part2:教授の挑戦


 「ゴットン君……どういう話のつけ方をしたんだ、まったく……ハックション!」

 教授は村人が着るのと同じような粗末な服を身に着け、冷たい石の寝台に横たわっていた。 左には彼と同じ服を着た人影が同じ石の寝台に横たわって

いるが、こちらはピクリとも動かない。

 「あちらの方が動いたら、それこそ大変だな……」


 村長の要求通りに1,000ドルを支払うと、彼は村人を集め、なんと教授の葬式の準備を始めたのだった。 仰天する教授たちに向かって村長は、『何人たり

とも立ち入ってはならぬ死者を送り出す儀式。 わしが許しても村人の中には反対するものがおりましょう。 ですから貴方がなくなったことにして、一緒に

送り出せばよろしい」

 とんでもない提案であったが、他にいい考えもない。 やむを得ず教授は『葬送』されることに同意したのだった。


 「うう、しかし寒い……」

 高山の夜は冷える。 教授は震えがくるのを堪えて天を見上げた。

 「おお……」

 星々を引き連れた女王の様に、月が青白い月が輝いている。

 「なんと美しい……」

 教授は飽くことなく月を眺めていた。


 サーッ……

 風を切るような音に教授は我に返る。 同時に月の輝きを何かが横切った。

 (来たか!……)

 教授は軽く目を閉じ、横たわった姿勢のまま待つ。 ほどなくして翼が空を打つ意外に大きい音が響いた。

 バサッ、バサッ、バサッ……

 (大きい……1羽ではないな……2、いや2羽か?)

 クルルルルル……

 ククッ、ククククククッ……

 コッカ、カゥ……カカカカッ

 (むむむっ、『会話』しておるのか?)

 教授は知的興奮を感じ、目を開けて観察したい誘惑に必死で耐えた。 ここで『天の使者』が警戒して逃げたりしては元も子もない。

 サーッ……

 サーッ……ザザッ……

 大きな鳥が、次々周りに着地してくるような音がし、続いて石の床の上を固いものが引っ掻くような音がする。

 (足音だとすれば、足に爪があるのか……お?)

 右手に何か柔らかいものが触れる。 羽毛の様だ。

 (……)

 教授は用心しつつ薄目を開いた。 青白い月を背景にした異形の人影が視界に入る。 そして、自分を見下ろす二つの瞳が。

 (おおっ……ありゃ?)

 教授は行額と同時に落胆を覚えた。 彼を見下ろしていたのは、鳥の様な丸い瞳を持った女の顔をした何かだった。 もちろん未知の何かの顔には違い

ないのだか……

 (うーん……まるで作り物の様だ……)

 教授が落胆したのは『彼女』が無表情で、知性を感じなかったからだ。 彼が期待していた『会話』ができるような知性は感じられない。

 (うーむ、空振りだったかな……だが、未知の生き物には違いない……よし)

 教授はゆっくりと目を開く。 相手を驚かせないようにする為だ。

 ククク……クウッ?

 『天の使者』と目が合った。 しばしの沈黙が流れる。

 クカーッ!! クケーッ!!

 『天の使者』が騒ぎ出し、隣の男性の遺体を見分していた『天の使者』がこちらを向き、それを見たランデル教授は驚愕した。

 (なんと。 皆、同じ顔ではないか。 体の大きさは異なるようだが……やややや)

 『天の使者』が皆ランデル教授の周りに集まってきた。 全部で3羽、それが鳩のような声を上げてランデル教授を覗き込んでくる。 一方ランデル教授の

方も、3羽の『天の使者』の比較観察を始めた。

 (むむ、伝説に聞くハーピィとはこのようなものだろうか)

 『天の使者』は頭が人間で首から下は鳥の体の、人頭体鳥の形状をしていた。 鳥といってもいろいろあるが、目の前の3羽は鷲や鷹のような猛禽類を

大きくした様な体つきだ。 胸が突き出ているが乳房ではなく筋肉だろう。 足の方はよく見えないが、石床が固い音を立てているので爪があるらしい。

 (ふむ、この大きさで空を飛べるのか? だとすればすごい力があるに違いない)

 続いて、3羽の顔をしげしげと眺める教授。 3羽とも面の様に表情がなく、鳥の目をしている。 人の造作に近い分かえって違和感が強く、少々怖い顔だ。

 (しかし、見てくれで判断はできんな)

 教授は腹を決めると、『対話』を試みる事にした。


 「あー君たち」

 クっ?

 ククッ?

 「私は、人だ。 君たちに敵意はない」

 そう言うとランデル教授は両手を広げて見せた。 武器を持っていないという意思表示だ。

 クウッ!

 3羽がざざっと引いた。 別の意味にとられたようだ。

 「ご、誤解だ……えーとだなぁ、私は、君たちと話がしたい」

 手を口元に持ってきて、広げたり閉じたりし、口真似のゼスチャを見せる。

 クゥー?

 ククッ……ククククッ!

 一声鳴いた『天の使者』が、バサバサッと羽ばたいた。 突風のような風が教授を襲う。

 「うはぁ」

 着ていた粗末な服が吹き飛ばされ、貧相な体がむき出しになった。 山の冷気にさらされ、教授は身震いする。

 「うううう、寒い!」

 ガチガチガチガチ……

 ククッ?

 ケーッケーッ!

 歯の鳴る音が威嚇だと思われたのか、1羽が突進してきて、翼で教授をはたいた。 とっさに避けた教授だったが、翼の端がわき腹をかすめた。

 「どひゃぁ!」

 くすぐったさに声を上げる教授。 と、『天の使者』達が首を傾け、なにやら教授を見ている。

 「む?な、なにを?」

 不穏なものを感じた教授は逃げ様とした。 しかし、それより早く『天の使者』が教授に襲い掛かり……わき腹を羽でくすぐる。

 「どひゃははははははははは!」

 クク……クケケケケケケケケケ!

 クケケケケケケケケケ!

 クケケケケケケケケケ!

 「な、なにぃ? わ、笑っているのか? だぁ!?」

 別の1羽が教授に襲い掛かり……わき腹をくすぐる。

 「どひゃははははははははは!」

 クケケケケケケケケケ!

 クケケケケケケケケケ!

 「どひゃははは……た、助けて……どひゃははははははは!」

 クケケケケケケケケケ!

 クケケケケケケケケケ!

 くすぐったさに悶える教授の姿か声が『天の使者』のツボにはまったらしい。

 「どひゃはははははははははは!!」

 クケケケケケケケケケ!

 クケケケケケケケケケ!

 悶える教授の声と『天の使者』の笑い声が人気の絶えた高山の葬送の場に満ちる。


 クケケケケケケケケ!!

 「そ、村長さん! あの声は?」

 「うん、生きてる者がおったで『天の使者』が怒ったやもしんねぇ」

 「そんな」

 驚くゴットン助手に村長が悲しげな顔をしてみせる。

 翌朝、村人とともにゴットン助手が葬送の場に来てみると、遺体はとともに、ランデルハウス教授も消え失せていた。

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