Part1:対話とは


 マジステール大学、生物学科、UMA講座。

 
ランデルハウス・クラチウス教授、通称ランデル教授、彼はマジステール大学のUMA研究において……いや『宇宙人の嫁』を娶った教授として有名な人物

 であった。 半年前の調査旅行で、褐色肌の若い美人妻を連れて帰り、彼女が宇宙からやってきたと発表したからであった。 本気にする者は誰もいなか

 ったが、しばらくは彼が講義に赴くたびに学生が『宇宙人との新婚生活』について質問するのが恒例となった。 

 「教授! 新婚生活はどうですか!!」

 しかし、教授は動じた様子もなく堂々と。

 「うむ、大変すばらしい。 君らも早く結婚することを勧めるぞ」

 と返されるので、最近は話題にする学生もほとんどいなくなっていた。 そして、教授は今日も大勢の学生を前に講義をしていた。


 「諸君、わたしは世界を回り、人と会話のできる『人以外の生物』を発見することを目指しておる」

 と、一人の学生が手を上げて発言を求めた。

 「教授。 教授の志は前にも聞きました。 ですがわざわざ探さずとも、犬やイルカ、サル等は仲間内で会話しているとされ、その解読も進んでいると聞いて

 います。 それらの研究に尽力する方が、存在するかどうかも判らない『人以外の生物』を探すより有益なのではないでしょうか」

 「ふむ、どう説明したものかな……私が探しているのは『言葉を話す生き物』ではなく『人と言葉を使って対話できる生き物』なのだ」

 学生たちが首をかしげる。 教授の言いたいことが判らないようだ。

 「そうだな……多少脱線するが、一つ『言葉』について話をしよう。 まずこれを見たまえ」

 教授は教壇の上にあった白紙のA4の紙を取り上げた。

 「この紙に標準のプリンタで文字を印刷するとして……そう80x80文字の形式で、全ての文字の組み合わせを印刷するとしよう」

 「教授、そんなことをして何の意味がありますか?」

 「意味はあるぞ、考えてもみたまえ。 文章というものは文字の組み合わせでできている。 『全ての文字の組み合わせ』を印刷して紙の束は、『存在する

 すべての文章』を印刷したことになる。 つまりだ、過去に執筆された、そして今後執筆されるかもしれない全ての著作物、そのの1ぺージが必ずその中に

 含まれていることになる」

 『おぉ』

 半分ほどの学生が声をあげた。 残り半分の学生は、『それがどうした』か『それりゃ無理だ』が半分だった。

 「ふむ。 もちろんほとんどの紙が無意味な文字の羅列になるし、物理的に印刷できる量ではない事は、すでに気が付いているだろう。 では、どの程度の

 量になるか、それをちと計算してみよう」

 教授が卓上のキーボードを叩くと、彼の背後のスクリーンに数式が表示される。

 「文字の数はアルファベッドの小文字26に、数字と記号を加え、大文字は無視するとして……ざっくり50文字としようか。 なに? 少ない? うむ、とりあえず

 概算で、文字は少なめにして……こうなる」


  文字数:80x80=6,400
  50文字の組み合わせ:50の=6,400乗


 「ちとわかりにくいので,5x5x5=125だから……ちと乱暴だが、少ない方にまとめてと」


  50x50x50 = 125,000 ≒ 100,000 = 10の5乗
  50の6,400乗 ≒ (50の3乗)の2100乗 = (10の5乗)の2100乗 = 10の10500乗


 「すごい数になったが、どの程度か判るかね? む? 銀河系より大きい? ふむ……では、A4の紙が1mm当たり1000枚として…なに? そこまで薄くない?

 まぁみておれ。 見えている宇宙は130億光年先だから……これを秒に換算する」


  13,000,000,000(光年) x 365(日) x 24(時) x 60(分1) x 60(秒) = 4,099,680,000,000,000 ≒ 4x(10の15乗)(光秒)


 「真空の光の速度は30万km/秒だから……見えている宇宙の端までの距離から、紙の枚数を計算すると……」


  4x(10の15乗)(光秒) x 300,000(km) x 1,000(m/km) x 1,000(mm/m) x 1,000(枚/mm) =12 x (10の30乗)枚


 「比べてみよう」


  目に見える範囲の宇宙の半径 :          12 x (10の30乗)枚
  全ての文字の組み合わせを書いたA4紙の数 :    10の10500乗 枚


 「となる。 10の乗数で1つ違えば10倍違うことになる。 つまり、A4の紙で宇宙を埋め尽くしたとしても、全ての組み合わせを印刷することなど及びもつかぬ

 先ほど文字を少なめに見積もったが、その程度ではとても追いつかぬわけだ」

 ひょうひょうとした態度の教授と対照的に、学生の9割ほどは目を白黒させて必死に電卓を叩いていた。 しかし、残りの1割はこの結果を予想していたようで 

 それがどうしたという表情を変えない。 と、その中の一人が手を上げて発言を求めた。

 「文字の組み合わせが膨大な数になるのは判りました。 ですが、教授が何を言いたいのか今一つ判らないのですが……」

 「ふむ、数の組み合わせが膨大であると言うことが判ればそれで良いのだ」

 『は?』

 「たった今、わずかな言葉を費やしただけで、私は君たちにこの小さな紙から言葉があふれ、宇宙を埋め尽くす様を伝えることができた。 こんなことが

 『言葉を使った対話』以外に可能かね?」

 「あ……」

 「『対話』ができるとはそういう事だ。 『人類』以外に対話をできる相手がいれば、彼らととことん語り合うことができれば、どれほど素晴らしい成果が得ら

 れることか、見当もつかん」

 教授は、ぐるりと学生たちを見回した。

 「さて、少々脱線してしまったが講義に戻るとしよう。 諸君、わたしは先頃、中央アジアのある地方で『鳥葬』の習慣を持つ村を訪れた……

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 ランデルハウス教授は、ゴットン助手と現地で雇った通訳、ポーターをつれて、厳しい山道を徒歩で登っていた。 細い山道は、人がすれ違うのがやっとの

 幅しかない。

 「教授、『鳥葬』とはなんですか?」

 「知らないのかゴットン君。 『鳥葬』は葬儀の一形態でな。 死者の遺体を葬るのに、鳥の食事とする方法を採用している」

 教授の後ろを歩いていたゴットンが目をむいた。

 「い、遺体を鳥に食べさせるのですか。 なんと言うことを……」

 「ゴットン君、自分の基準でものを考えてはいかん。 我々は遺体を土に埋め、結果として虫の餌にしているではないか」

 「それはそうですが……」

 「おお、見えてきた」

 二人がやってきたのは、中央アジアにある山村で、住民は狭い田畑を耕し、家畜を飼って日々の糧を得ていた。 電気も引いていない様な村かと思ったら

 ソーラーパネルが設置されており、村長の家ではインターネットもできる。

 「秘境なんてもうどこにもないんですね」

 なんとなくつまらなそうなゴットン助手を尻目に、教授は通訳を介して村長と話をしている。

 「ふむ。 どうやら老人がなくなり、葬儀がすんだばかりらしいぞ」

 「葬儀がすんでのですか? では……」

 「いや、家族との別れが終わったと言うことで、今夜、遺体は『天の使者』が迎えに来るらしい」

 「『天の使者』が……」


 『天の使者』、それこそが、今回教授が調査の対象としている『何か』だった。 実はこの村の『鳥葬』は他の場所と異なり、鳥に捧げられた遺体が跡形も

 なく消えてしまう特徴があった。 さらに調べてみると、そもそも遺体を持ち去っているものを目撃した者がおらず、鳥葬と呼ぶべきなのかすら疑問だという

 ことが判った。

 「遺体を跡形もなく持ち去る鳥など聞いたことがない」

 教授の事前調査では、この辺りの葬儀はもともと鳥葬ではなく、遺体を特定の場所に野ざらしにして土に帰すというものだったらしい。 それがいつの頃

 からか、野ざらしにされた遺体が消えてしまうようになり、それが今日まで続いているらしい。

 またこの村には、近くの山に『天の使者』が棲んでいたという伝説があり、それと野ざらしにされた遺体が消えるという現象が結び付けられ、鳥葬の習慣

 ありということになったらしい。

 「その『天の使者』とやらに会ってみたい」そう言って、教授はこの村までやってきたのだった。


 「ですが、どこのだれが人間の遺体なんかを持ち去るんですか? 鳥でなくても獣かもしれないじゃないですか」

 「獣との意見には賛同しかねるな。 跡形もなく持ち去るのは難しいし、その場合、家畜や生きた村人にも被害が出るだろう」

 「それはそうですが」

 「根拠が薄いのは判っている。 ただ……」 

 「ただ、なんです?」

 「君が最初に言った疑問、どこの誰が遺体なんか持ち去ると言うのか、それを知りたい。 その行為自体に、なにか人間的なものがある様に思えるのだ」

 教授は葬られた遺体の付き添いたいと村長にもちかけたが、村長は、葬儀の後は遺体のそばには誰もいてはならぬと言うのが決まりと首を縦に振らない。

 「だめですか、どうします?」

 「うーん」

 教授が考え込んでいると、村長が、なにやら意味ありげな目くばせをし、電卓なにやら叩いている。 それを見たゴットン助手がなにやら頷くと、通訳を

 介して何やら話し始めた。

 「教授、許可が出そうです」

 「何?ほんとうか?」

 「はい、1,000ドル出せと、そうすれば『お前の葬儀をやってやる』、そう言っていますが」

 「は?……」

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