ライム物語
第七話 木曜日に少女は戦う(4)
ジリッ…ジリッ… 獲物を狙う肉食獣の様に、V3は『ザ・ライム・スター』に迫って来る。
”どうしよう…”
”力比べするのー”
”いや、「ダブル・ナックル・ブレーカー」と言うのはどうだ”
”一号、二号とは格が違うような気がするんですけど…”
”…逃げましょう”
”…『えー!!』”
”金雄さん。教授さんとの争いは解決しました。今この強敵と戦う必要はないのでは?”
”そうですけど…ライム、教授にこれが止められないか、どのくらい動き続けるか尋ねてくれ”
”うん”
「教授。このメイドロンV3はどの位動き続けるのですか?」
「む…燃料電池内臓で…まぁ一時間は動くぞ」
「移動速度は?」
「…あんまり速くはないが…あーこら!やめろ!」
メイドロンV3は急に向きを変え、近くにあった椅子を分別回収し始めた。
止めようと駆け寄った教授は、メイドロンの腕にぶつかり、弾き飛ばされた。
”これは…”
”いけない、暴走している。アルテミスさん、僕らが逃げ出したら、まだ閉じ込められているアクエリアさんやマダムさんが危ない”
”うん、行くよ!”
「行くぞ!」 掛け声と共に、体当たりの勢いでメイドロンV3に突っ込む『ザ・ライム・スター』
ヴィー…スリャー!
メイドロンV3は猛禽類のように両腕を伸ばして掴みかかり、『ザ・ライム・スター』も両手を広げて応じる。
手と手ががっちり組あい、力比べになった。
”うにゅゅゅゅゅゅゅ!!” プロティーナが唸る。
”あがががががが…” 金雄が悲鳴をあげる。
「くぅ!?」 最初は互角に見えたが、すぐにメイドロンV3が圧倒し始めた。
しかも、両手首に固定された吸引ノズルが激しい渦を巻いて空気を吸い込み始め、ノズルに近いプロティーナと『ジャーマネン』が危機に
陥る。
”きゃぁぁぁ!引っ張られるのー!”
”うわわぁぁ!”
”いけない。ライム、下がりますよ!”
「とおっ!」 『ザ・ライム・スター』は体を捻ってメイドロンV3の体勢を崩す。 つんのめるメイドロンV3。
その隙に彼女はすばやく後退し、距離をとった。
”運動性はこちらが上だな。私が硬化して武器になろう。そしてヒット・アンドウェイ攻撃でかく乱するんだ”
”いえ…『ジャーマネン』さん…それは無理です…”
”何故だ、少年!”
”そろそろ『打ち止め』…あああああ…”
”こら、しっかりしろ、男だろう、立て!”
”あいゃぁぁ…今そんな事をされたら…”
”お兄ちゃん頑張るの…”
”ちょっとぉぉぉ…”
”二人とも乱暴にしてはいけません、もっとやさしく…”
”だめぇー!金雄はライムの!”
ブンベツ・カイシュー!!
ゴォォォォォ…
凄まじい吸引音を立てながら迫ってくる、メイドロンV3。
『ザ・ライム・スター』の注意がやっとそちらに戻った。
”と、とにかく。僕も、もうそんなに持ちそうもないんだ”
”うむ『妖刀スカーレット』ならば…しかし一撃であいつを切れる保証はない…まてよ、あの胸はどうだ?”
メイドロンV3の両胸は、そこだけが透明なドームになっていて、中でタービン・ブレードが高速回転しているのが見える。
”多分、アクリルかポリ・カーボネイトかと、それほど固くはないと思います”
”ならば、そこを突き通せば”
”危険ですよ!ドームは破れても、タービン・ブレードに巻き込まれます。あんな強力そうな吸引機に…まてよ”
金雄が何か考えているようだ。
”金雄?”
”『ジャーマネン』さん、『刀』ではなく『槍』になれますか?”
”何?”
”こんな感じで…”
ズシンッ、ズシンッ!
重々しい足音を響かせて迫ってくるメイドロンV3。
待ち受ける『ザ・ライム・スター』。
と、彼女が腕をクロスさせて叫ぶ。「ジャーマネン・ランサー!」
メイドロンV3に向けて伸ばした両腕の先、赤い手袋の部分が、工事現場の三角コーンを細長くしたようなでっかい槍に変わる。
その先端は、メイドロンV3の胸に向けられている。
マダム達を解放しようとコンソールを操作していた十文字がそれを見た。 (あれは…そうかあの太い槍で胸を狙うのか!)
ヴィー…スリャー?
メイドロンV3は歩みを止めると「??」マークを点滅させ、『ジャーマネン・ランサー』を分析し始めた。
ヴィー…エッチ… 目のLEDが「!!」マークに変わり、跳ね上がっていた胸部の金属カバーが元に戻る。
「くそ、気がつかれた!」十文字が拳を握り締めた。
「…」じっとメイドロンV3を睨みつける『ザ・ライム・スター』
両者が数歩の距離を置いて制止した。
ブンベツ…カイシュー!!
ガッガッガッガッ!! 激しく床を鳴らし、メイドロンV3がダッシュした。 両腕のノズル・ホーンが突き出される!
「たぁ!」 それを避けようとせず、まっすぐ腕を突き出す『ザ・ライム・スター』!
鈍い音がして、『ジャーマネン・ランサー』がノズル・ホーンにぴったりと収まる。
”少年、狙い通りだ!”
”『ジャーマネン』さん踏ん張って!プロティーナ捻って!”
”捻るの!!”
ゴキゴキゴキ… ギリギリギリ…ギチッ!
『ザ・ライム・スター』とメイドロンV3の両腕が嫌な音を立てた。
それは金雄の両腕が限界近くまで捻られた音、そしてメイドロンV3のノズル・ホーンの根元でフレキシブル・ホースが捻りつぶされた音
だった。
そのままの姿勢で動きを止める両者。
ヒュー… ウィィィィィン!! ブ…ブンベツカイシュー!?
メイドロンV3のボディが甲高い音を立てて軋み、破壊音がして背中から黒い煙が吹き上がる。
「そうか!ホーンを『ジャーマネン』さんが固定して、比較的脆いホースを捻って…」と十文字
「メイドロンV3の吸気口を塞いだのじゃ」と復活した教授「ポンプが強力あればあるほどに流れが滞った場合、ポンプへの負荷が大きくなる。
自壊するのは当然じゃった」
ズシッ… ズシッ… よろよろと後ろに下がっていくメイドロンV3。
ヴィー…スリャー… そのまま地響きを立てて後ろに倒れた。
Q〜… 両目が「@@」になり、機能を停止する。
「うむむ…見事!良くぞ我が試練に打ち勝った!」呑気に拍手などしている教授。 しかし、その背後から…
「そうですか…いでは今度は私が貴方に『愛の試練』を与えましょう…」
地の底から響いてくるような声に、教授は冷や汗を掻きながら振り返る。
十文字が解放したマダム・ブラックが教授の背後に迫っていた。
「あ…いや…まぁ…年寄りが若い者に試練を与えるというのは、わが国の風習というか…」身を翻してダッシュで逃げ出す教授。
その後を大きな体を蛇の様に伸ばしながら、マダムブラックが追いかける。
ちなみに、爺七郎は一足先にアクエリアに『愛の試練』を与えられ、奥の水槽の中で水攻めならぬアクエリア攻めにあっていた。
フゥゥゥゥ… 『ザ・ライム・スター』はゆっくりと息を吐いた。
精悍な姿が溶ける様に崩れ、一人の少年と四人のスライム娘に戻る。
「ふぅ、お疲れ様なのー」「いや全く」”お母様、何処まで行ったのですかぁ”
金雄の頭の上から『ジャーマネン』が、肩からプロティーナが降り、足にすがり付いていたアルテミスが静かに離れる。
ミー…
胸元からひょっこり顔を出すライム。 と、金雄がゆっくりと後ろに倒れていく。
ミッ!?
後頭部が床にぶつかる直前で、プロティーナと『ジャーマネン』が受け止めた。
”意識を失っています”
「きっと打ち止めなのー」
「よく頑張った」
ミーミー…
「金雄!生きてるか!?」十文字が駆け寄ってきた。
「息はしているぞ」
”このまま運びましょう。金雄さんには休息が必要です”
アルテミスの言葉に皆が頷き、力尽きたヒーローはヒロイン達に運ばれ、静かに退場して行った。
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