ライム物語
第七話 木曜日に少女は戦う(1)
ライムは膝を抱えたまま、机の上で動かなくなってしまい、その背中に『悲哀』の二文字がでんとのっている。
「…」金雄はしばらくその背中を見つめていた。
(ライムは悩んでいる…アルテミスさんの言いつけと…『お母さんを助けに行きたい』という自分の望みの板ばさみになって)
ミー…
(僕に出来ることは…)金雄はライムに呼びかける「ライム…」
ミッ? (なーに…)
「教授は間違っていると思う…だから僕はマダム・ブラックを自由にしてあげたいんだ」
ライムが振り返った。
「だけど僕だけじゃ力不足だ…」にっと笑う「手を貸してくれないか」
ライムが目を見開き…ニッコリ笑って立ち上がって、胸を張る。
ミミミミミミミッ…ミミミミミミミッ! (しょーがないな金雄君は…手を貸してやろう!)
プッ 背後で十文字が笑いを噛み殺す。
はっはっはっはっ
深夜の町並を二人の少年が走る。
「なぁ…タクシーにでも乗ればよかったんじゃ?」と十文字
「深夜料金だ」
「無駄に体力を消耗してるよなぁ…」
無駄口を叩いている間にマジステール大学につく。
午前一時を回っているのに、あちこちで明かりがついて人の気配がする。
「学祭準備の連中か…」
「騒ぎが大きくなればまずいかもな…」
金雄は荒くなった息を整え、あちこち明かりのついている教室を見ながら、どうやってマダムブラックを助けようか考える。
「アルテミスさん達と共同戦線をはるしかないな…待てよ、研究室の装置の操作は彼女達にはできないんじゃないか?」と金雄。
「うん…お!?」
前の方がなにやら騒がしい…と思ったら。
「どけどけどけどけ!!」
すごい勢いで、シルクハットにモーニング姿の鶴元組長&セーラー服姿の『鶴組員ズ』が走ってきて、金雄達の脇を走り抜ける。
続いて13号棟警備員ご一行様が駆け抜ける。
「待てー!!怪しい奴らめ」「悪ふざけにも程があるぞ!!」
「わははははははは!悔しかったら捕まえてみろー!」
通り過ぎた一行の背中を見送り、当然の疑問を口に出す。
「どーしてあの人たちはあんなに元気なんだ?」
「全くだ…それより急ごう」
ミッ!
13号棟の入り口には誰もいなかった。
「行くか」
ぐっと腹に力を入れ、二人は長い廊下を進んでいく。
タァー! トゥー!
きゃー!
悲鳴やら掛け声が奥の扉の向こうから聞こえて来る。
ソージィィィィ!!
ソダイゴミー!!
メイドロンも健在らしい。
二人は顔を見合わせ、扉を開ける。
「きおったか」
昼間と違い、煌々と明かりの点けられた部屋の中では壮絶(多分)な戦いが繰り広げられていた。
メイドロン一号がノズル付きのホースを持ってアクエリアを追い掛け回し、メイドロン二号は『ジャーマネン』、プロティーナの二人を相手に
している。
「アルテミスさんは?」
「あそこだ!」
メイドロン一号が時々振り返ってノズルを下に向け、その辺りがゆがんでいるのが見える。
「メイドロンに赤外線センサーを付けたんだ!それにこの明かり」
「それに、メイドロン二号もバキュームノズルを持っている」
『ジャーマネン』が文字通りの『手刀』を振り下ろすが、メイドロン二号は腕に付けたフレームで防ぎ、クロスカウンターぎみにノズルを突き
出す。
あわてて跳び下がる『ジャーマネン』と入れ替わりに、プロティーナが球形になって体当たりするが、メイドロン二号は微動だにしない。
「これほんとうに家事用ロボットなのか?」
「全く…いかん追い詰められた!」
金雄が言ったとおり、四人のスライム娘が部屋の一角に追い詰められてしまっている。
流動体になれば間を抜けられるが、その瞬間を狙って吸い込まれたらアウトだ。
ミー!!
ライムの叫びが部屋に響いた。
『ライム!?』「ライム姉なの!?」
ライムは金雄の懐から飛び出し、空中で一回転。
すかさず金雄が差し上げた右手に着地し、流動化して金雄を包み込む。
「ライム・スター!!参上!」 右手を高々と上げて決めポーズ。「お姉様、プロティーナ、ライムも戦います!」
ソージィィ…
ソダイゴミー…
メイドロン一号、二号がゆっくりと振り返り…猛然と襲い掛かってきた。
「ライム・パーンチ!!」
ボムン… メイドロン二号の胸で『安全第一』が売り物の『ライムパンチ』が空しくはじける。
メイドロン二号が、ノズルを装着した右手をずいっと突き出した。
耳障りな吸引音を立てながら、ノズルの先端が不気味に迫る。
『ライム・スター』はメイドロン二号の右手首を両手で掴み、上に持ち上げようとする…がじわじわと押し返される。
「くっ?」何とか左側に流したが、今度は下から突き上げてくる。
『ライム!』 他のスライム娘達が助けに入ろうとするが、メイドロン一号に阻まれて近寄れない。
(まずい…)十文字は辺りを見回した。
マダム・ブラックを解放するならコンソール、メイドロンを止めるなら教授のハンディ・ターミナルを操作しなければならない。
部屋にはもう一人、爺七郎がいるが、彼はマダム・ブラックのケースの傍に立っている。
(しめた、コンソールは無人だ)
コンソールに駆け寄る十文字。
しかし、寸前でメイドロン一号が割り込み、ノズルで殴りかかってきた。
ソージィィーノージャマー!
「なんて物騒なメイドなんだ!」
ソダイ…ゴミィィィ…
メイドロン二号のノズルが『ライム・スター』にじわじわと迫ってくる。
「くぅぅ…!!」 『ライム・スター』がノズルに吸い込まれる風を感じ始めたその時だった。
「ライムー!!」 アクエリアが車椅子ごとメイドロン二号に体当たりし、アルテミス、『ジャーマネン』、プロティーナが『ライム・スター』にぶ
つかる様にしてメイドロン二号から引き離した。
勢いがつきすぎて、ライム達は一塊になって3mほど跳んで倒れこんだ。
「きゃぁー!」 アクエリアの悲鳴が上がった。 メイドロン二号のノズルに捕まったのだ。
「ああ、アクエリアさーん!」
ドボドボと音を立てて、アクエリアはマダム・ブラックの隣のケース捕獲されてしまった。
「爺君」
「はっ、はい…異常ありません」爺七郎がアクエリアのケースをチェックする。
緑川教授はケースに目をやり、次に金雄達に視線を向ける。
ライム達は金雄を巻き込んだまま複雑な色の塊になってしまい、不規則に脈動している。
一方で十文字は、メイドロン一号にポカポカ叩かれている。
「メイドロン二号、残りをまとめて捕獲し須他君から引き離せ。メイドロン一号、牽制でだけでい。あまり乱暴するな」
ハンディーターミナルにコマンドを打ち込む。
ソダイゴミー…
アクエリアの捕獲を完了したメイドロン二号はノズルを構えたまま、重々しい足音を響かせてライム達に歩み寄り、ぐいっとノズルを突き出
した。
ケースの中で娘達の無事を祈っていたマダム・ブラックが顔を伏せる。
ズボッ!
湿った音を立てて『赤い手』が突き出され、メイドロン二号の手を掴んだ。
ソダイゴミー!?
メイドロン二号が反応する前に、その腕がすごい力で二号を振り回す。
ソダイゴミッミッミッミッー!?
ドッスーン!!
メイドロン二号は仰向けに倒れ、壁際まで床を滑っていってしまう。
「なんじゃ!?」
不定形だったライム達が一つの形にまとまり、ゆっくりと立ち上がる。
そのシルエットは『ライム・スター』とは明らかに違い、二回りほど大きい。
はっとしてマイクを取り出す十文字。
『きたきたきたきたきたー! 今『ライム・スター』に新しい力が加わった!』
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