ライム物語

第六話 水曜日に月の姉が…?(6)


ブ…ン 低い音が響く工学実験室の前に3人(+2スライム)はいた。

教授は鍵を開け、中に金雄と十文字を招き入れる。

「暗い…ですね」 

真っ暗闇ではないが、照明は常夜灯のみ。 金雄は不安になった。

「捕獲したとき部屋は暗かったのでな、明かりがどんな影響を与えるのか判らん」

”誰です…”

部屋の奥からくぐもった声がし、金雄ははっとしてそちらを見る。

天井まで届いた円筒形の透明なケースが並んでいて、その一つだけにパイロットランプが点灯している。 声はその中からだ。

「あれは?」

「メイドロンの耐環境性テスト用の、恒温恒湿装置じゃ」

教授が近くのコンソールを操作すると、ケースの中に弱めの照明が点く。

中には粘性の強そうな液体が満ちているように見えた。

「マダム・ブラック…」十文字が呟く。

”私を知っている?…そうか『超能力者』、貴方が…”

「違います」 つい否定する十文字。

”ふ…どうでもよい…人間達、好きにするが良い。しかし娘達は…”

”お母様!今お助けします” 玲瓏な声が響き渡る。

「誰じゃ!?」 

教授の誰何に応えるように、燐光を放つアルテミスの幻像が部屋の中央に現れる。

アルテミスの幻像は、両手を広げながら光の舞を踊る。

たちまち身動きできなくなる、教授、金雄、十文字。

「むう…体が?」「わわっ」「なんですか、これは?」

”アルテミス?”

”お母様…今助けます!!”

ドンドン!! 鈍い音がマダム・ブラックが捕らわれているケースを揺らし、ケースの下の方が奇妙にゆがんで見える。

「お…」教授が気が付いた「保護色か。透明なケースの前に立った不覚よの…むむむむ…」

教授がもがくうちに、コンソールの上にのっていたコーヒーカップが落ち、床に真っ黒い液体が流れ出す。

”きゃっ”

床に流れたコーヒが幻像を作り出していたアルテミスの体を覆い、アルテミスの幻像が消え、3人が呪縛から解放された。

教授は急いで照明を点け、部屋を明るくする。 結果としてアルテミスの催眠能力が完全に封じられてしまった。

”アルテミス!”

マダム・ブラックのケースの前に、床に蹲る女体が僅かに見える。

「メイドロン!」 

教授がハンディ・ターミナルを操作すると、ホースを抱えたメイドロン一号、二号が駆け寄ってきた。

ソージィィィ!!

ソダイゴミー!!

「わー!やめろやめろ!」 メイドロンを背後から羽交い絞めにして止めようとする金雄と十文字。

キャー!チカン!ヘンタイ!

「どーいうプログラムしてんですか!うわぁ!」

メイドロンはすごい力で二人を振り切り、アルテミスに駆け寄ってホースの先に付いた、細長い漏斗状のノズルをアルテミスに突きつける。

”くっ…”

アルテミスは悔しげな声を漏らし、ケースから離れると床に溶け込むように消えた。

ソージィィ?

メイドロンの目の部分を覆うLEDが「??」の形になった。 アルテミスを見失ったらしい。


ミー!ミミミミミミッ! (金雄!ライム・スターに!)

ライムが小さく、しかし力の篭った声で金雄を促す。

「今は駄目だ、アルテミスさんは…」金雄は辺りを見回す「逃げた…な」

ミー… (うん…)

金雄と十文字はズボンの埃を払って立ち上がり、教授に視線を向けた。

教授は顎に手を当てて、なにか考えているようだ。

「教授…」

「ライム君も来ているのか?」

金雄は、はっと懐を押さえた。

「そこか」 ずいっと一歩踏み出す教授。

金雄はくるっと背を向け、逃げ出した。

十文字は金雄と教授を見比べ、教授一つ頭を下げて金雄の後を追った。

「ふむ…」教授は腕組みをした「やりおるな…さて次はどうくるか…ふっふっふっ…」

何故か楽しそうに笑う教授。 

マダム・ブラックは不安そうな表情で教授の背中を見ていた。


夜、寮の金雄の部屋。

金雄達は逃げ出した後でアルテミスと合流するのに時間がかかり、帰り着いたときには夜になっていた。

「なんて人間だ!お母様を閉じ込めるなんて!きっとこの先口で言えないような事を…」

「きっと、お母様をおもちゃにするつもりなの!」

「いえ、見世物にして金儲けをするつもりでは…」

『ジャーマネン』、プロティーナ、アクエリアはそれぞれの性格のままに、母親の運命を想像して怒る。

「どうしたもんかのぅ」と…シルクハットにモーニング姿の鶴元組長…

「おっさん…なんであんたまでここに?」部屋の主、金雄が迷惑そうに言う「大体、なんでまたその格好を」

「コスプレの相談に来たと言ったら通してくれたぞ」 とこちらも不本意そうに鶴元組長。

ちなみに『鶴組員ズ』はセーラー服姿で庭にずらりと並んでいる。

「もう一度、じっくり話し合って…」と十文字。

「無駄じゃないんですかぁ。その教授さんは…確信犯な訳でしょう」と英一郎「それに取引材料もないし」

むー… 一同が唸り、そして黙った。


「教授に悪意はない…と思う。それだけに教授を翻意させるのは難しいけど…」金雄は言葉を切った。

「けど?」と十文字。

「なんか…試されているような気がする」

”試す?誰を?何の為に?” とアルテミス。

「判らないけど…なんとなく」

「話にならん」一言で切って捨てる『ジャーマネン』「我々は『宣戦布告』されたと考えるべきだろう。ならば力ずくで取り返すまでだ」

プロティーナ、アクエリアが頷いた。

”ごめんなさい…私が先走らなければ…その場に留まって、人間達が出て行った後でお母様を助けることも出来たのに…”

「お姉様が謝ることなどありません。私がお姉様の立場でも同じ事をしました」とアクエリアが慰める。

「そうそう、今度は皆で行ってお母様を助けるまでだ!!」『ジャーマネン』が赤い拳を突き上げる


「待ってください。13号棟は高価な機材が多いので、特別に警備員がおかれています」と金雄「アルテミスさん以外はこっそり侵入する

のは難しいでしょう」

「ならば正面から」

「警備員がいると言ったでしょう。奥にはメイドロンもいますよ」

メイドロンの名を聞いた途端、怯む様子の『鶴組員ズ』。

「あー、警備員はわしらが囮になって引き付ましょう」と鶴元組長。

”ならば、その後で私達が突入してお母様を助けます。メイドロンとやらは二体、皆でかかれば此方のほうが数が多い、勝てるはずです”

「…」黙り込む金雄と十文字。 明らかに気乗りしない様子だ。

ミー! (金雄!)

「判っている…協力するよ…」

”いえ、貴方達二人の協力は要りません。どうもいろいろと骨折って頂き有難うございました…” アルテミスがやや冷たい声で金雄達の

助勢を拒否し、さらに意外なことを言い出した。

”ライム、貴方もここに残りなさい”

ミー!? (お姉ちゃん!?)

驚くライムに構わず、アルテミスは金雄に言った。

”妹を…どうかよろしくお願いします…ライム、良いですね。絶対私達の手助けをしてはいけません”

ミッ… 

一声発して固まるライム。 しかし、アルテミスはそれ以上何も言おうとせず、窓から庭に出た。

そして、『ジャーマネン』、アクエリア、プロティーナ、そして鶴元組長&『鶴組員ズ』を率いて去っていく。


「ライム…アルテミスさんは、万一の事を…自分達が帰ってこれなかった場合考えて…」

ミッ…ミー…ミー…

ライムは蹲ったまま泣き出してしまう。

金雄は、そんなライムをどう慰めれば良いのか判らない。

時計の針は12時を回ろうとしていた。

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