ライム物語

第六話 水曜日に月の姉が…?(5)


水曜日の昼過ぎ、マジステール大学。

トンテンカンテン… 金曜日に迫ったマジステール大学祭の準備がそこかしこで進められていて、辺りには浮かれた雰囲気が満ちている。

金雄と十文字は、奇妙な張りぼてや立て看板を横目で見ながら、浮かない顔で歩いていく。

”教授は何処に居るのですか…”

足元からアルテミスの声がする。

「午前中は大学に来ていない、午後からは自分の実験室…第13号実験棟に居る事になっているが」

金雄は固い声で応えた。


昨夜は大騒ぎだった。 

『ジャーマネン』がマダム・ブラックを助け出しに行くと主張し、譲らないのを、連れて行かれた先が判らないと金雄達が宥め、翌日教授に

会いに行くことにしたのだった。

しかし、誰が同行するかでまた一揉めあり、姿を隠せるアルテミスと小さなライム、そして十文字が同行する事になった。

『ジャーマネン』、アクエリア、プロティーナは金雄の部屋で留守番し、英一郎は鶴元組長&『鶴組員ズ』を『ストレッチの柾』の所に連れて

行き、治療を受けさせている。


「第13号実験棟…『マジステール大学七大怪奇伝説』の三番目だったっけ」 ぽつりと呟く金雄。

「ああ…昔、考古学部の解析室であった『ミイラ復活事件』…」 前を見たまま応じる十文字。

ミギッ? (なにそれ?)

「うん…伝説ではある年のクリスマス直前に起こった事件で、解析室で調べていた棺から悪魔のミイラ…いや夢魔だったかな?そいつ

が現れて…」

「クリスマスの町は大騒ぎになったとか…」

ミミミッ? (ふーん?)


第13号実験棟、建物は古いが手入れは行き届いていると見え、中に入ると清潔な廊下が何処までも続いている。

「…えーと…ここだ」

四人が立ち止まった部屋のプレートには『教官控え室:緑川』とある。

金雄がノックすると、中から「誰かね?」

「…学生の須他金雄、十文字です」

「…そうか…入りたまえ」

金雄達はノブを回して部屋に入った。


静かな部屋にペンの音が単調なリズムを刻んでいる。

音声認識装置の口述筆記装置もあるが、論文の清書以外の時ににはまず使われず、研究や授業においては教授や助手、学生に至る

まで文章は手書きを奨励されている。

教授はドアに背を向けてなにやら書いていたが、金雄達が入って来ると手を休め、椅子を回して振り向き、落ち着いた眼差しで金雄と十

文字を交互に見やった。

アルテミスは床に広がって色を変え、ライムは金雄の懐に隠れているので教授からは見えないはずである。


「掛けたまえ」

教授はドアとライティングデスクの間に置かれている古ぼけた応接セットのソアァに座るよう促した。

金雄と十文字は視線を交わし、ソファに腰を下ろす。

「何の用かね?」

金雄どう話を切り出したものか迷う。

「教授…昨日…いや今日の早朝かな?どこに行かれました?」

「ふむ…やはりその話か」教授は遠い目をした。

教授と金雄達の間に奇妙な沈黙が流れる。


教授は軽く膝を叩いて話し始めた。

「私はこの数日君達と、奇妙な生き物があちこちで騒ぎを起こすのを見て…いや観察していた」

「…」

「おそらく、彼ら…いや彼女達かな?…に詳しいのは君達の方だろう。何を見て何を聞いたのか、正確に話して欲しい」

「教授、僕らは…」

「まぁ待て、とにかく話してくれまいか?それからわしが何を考え、何をしたか話そう」

金雄と十文字は顔を見合わせ、十文字が目で促す。

金雄は頷いて話し始めた。

ライムを拾った事、アクエリアの事、プロティーナの事、『ジャーマネン』の事…がアルテミスの事は話さなかった。

(時間的に見て、教授はアルテミスさんと会っていないはずだ…)

教授は時折頷いたり、考え込んだりしながら金雄の話を聞いていた。

金雄が話し終えると二人に尋ねた。

「君達は彼女達とかなり長く接触している。彼女達は『何』だと思う?」

「判りません」金雄は答えた「それよりも教授、貴方はライム達の母…保護者を拉致…いえ当人の意思を無視して連れ去ったのではない

ですか」

金雄は慎重に言葉を選んで聞いた。

「そのとおりじゃ」あっさり答える教授。

”!” ッ!…

アルテミスとライムが動揺する気配がしたが、幸い教授は気が付かなかったようだ。

「何故です…」金雄の口調が固い「まさか地球を侵略しに来た宇宙生物の疑いがあるとか言うんじゃないでしょうね」

教授の口元が綻んだ「その可能性も否定できんな」

「教授!」

「慌てなさんな、どんな可能性でも否定できんというだけじゃよ」

教授は椅子から立ち上がった金雄を手で制止し、椅子に座るよう促した。


「須他君、彼女達は君や君の友人に大して危害を加えようとしたな」

「教授…それは違います。彼女達はライムを…そう仲間を救おうとしただけです」

「手段を選ばなかった。十文字君は巻き添えにならなかったのかね?脱臼して泡を吹いていた男もいたようだが」

「それは…」

「彼女達は同胞を保護するために、異種族よりも同胞の安全を優先した、違うかね」

「…」

「私も同胞の…人間の安全を優先し、同胞に危害を加えていた正体不明の生物を捕獲した…同じことじゃよ」

(あ…そういうことになるのかな)と十文字。

「あの…一部の同胞が、より深刻な被害を受けたと主張していますが…」

気まずい沈黙が落ちる。

「同胞に…見えなかったのでな」背中に冷や汗を掻きながら教授が応えた。

(きっと…昨日の仮装で出てきたんだ…)


「では教授、彼女…ライムのお母さんを捕獲したのは彼女が危険だからとだと?」

「どちらにとってもな」

「は?」

「この一週間の騒ぎは、学生の馬鹿騒ぎと思われておる。しかし、この調子で騒ぎが続けば、何れ真実は公になるじゃろう」

「ええ…」金雄と十文字が頷いた。

「その時、彼女達はどうなると思うね?ちょと変わった生き物として保護されるか?それとも人間を操る危険な生き物として抹殺されるか」

金雄は息を呑んだ。 彼が考えていなかった可能性だ。

「それは…じゃあそうなる事を防ぐために彼女を拉致したと」

「今人間の社会から『隔離』すれば…存在を隠すことも、あるいは『危険な能力』を隠すことも可能じゃろう。彼女達の為にもそうすべきと

判断したのじゃ」

「そんな…」金雄が立ち上がった「それが最善だとでも?」

「いいや」教授は首を横に振った「立場違えば見方が変わる。人間にとっての最善だとしても、彼女達にとっては最悪じゃろうな」

教授は机の上にあった茶を啜った。

「わしはまず人間に取っての最善を、次に彼女達の命を守るにはと考えて行動した…とぃっても独りよがりな老人の独善にすぎんがの」

「…」 きゅっと口を結んで金雄は緑川教授を見据える

「納得できんという顔じゃな。まぁわしの言いたいことは言った…」教授はその後の言葉を呑み込んだ (後は君らが考えて、自分なりの

結論をだしてみい…)


少しして金雄は口を開いた。

「教授…彼女に…ライムのお母さんに会わせて…話をさせて貰えますか?」

「うむ…君達がもっとも深く関わってきておる、当然じゃな、しかし、君の話だと十文字君しか会っておらんようだが、話が通じるかね?」

金雄は頷いた。 

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