ライム物語
第六話 水曜日に月の姉が…?(4)
−− 少し前、アルテミスが出かけた直後のコーポコポ −−
ピンポーン…
「はて…お客様か?アクエリア」
「今日の、いえ昨日ご招待した方は昨日のうちに…」
「ふむ…」 マダム・ブラックは首を傾げ、鶴元組長に合図した。
彼は『鶴組員ズ』を見回し恵布六郎に命じ…ようとしたが、思い直して井伊五郎に応対するよう命じた。
なぜなら恵布六郎はまだピンク色のカツラを被り、セーラー服を着ていたからだ。
井伊五郎はぎしぎしと鳴る板張りの廊下から玄関に下り、引き戸を開けた。
金属製の女性の顔が二つ、不気味に此方を見つめている。
「…どちら様でやしょう…」
ソージィ…
ソダイゴミーィ…
井伊五郎は顎に手を当てて、たっぷり5秒間考え、一応まっとうと思われる結論を出した。
「おーい、恵布。友達が来ているぞ」
恵布六郎はぶつぶつ言いながら階段で井伊五郎とすれ違う。
「俺はコスプレ実践派でメカフェチじゃないのに…」
「やかーしい!他からみりゃ皆同じだ」
見も蓋も無いセリフを恵布六郎の背中に浴びせ、井伊五郎はマダム・ブラックの部屋の鶴元組長の所に戻る。
「こんな夜更けに…非常識な連中ですぜ」
「全くだ」重々しく頷く鶴元組長と『鶴組員ズ』。
と、彼らの耳に甲高い叫びが聞こえてきた。
モノノケー!! バケモノー!!
アクシュミー!! セケンノメイワクー!!
続いて、殴打音と誰かが倒れる音。
「…いや、恵布よりは常識があるんじゃねえか」ボソッと呟いた鶴元組長。
どたどたどた…
騒がしく階段を駆け下りてきた井伊五郎と出井四郎は、玄関まで来て足を止めた。
床に伸びた恵布六郎と傍らに立つ二体の金属少女。 そしてその背後に立つ白衣の初老の男。
「恵布!…手前何者だ!」出井四郎が誰何する。
「ふむ…」白衣の緑川教授は二人の柄の悪い男をじっと見ている。
「手前!…」かっとして前に出ようとする井伊五郎の眼前に、丁字型の金属の棒…掃除機が突き出された。
ソージィ…
掃除機を構えたメイドロン一号が井伊五郎を牽制する。
「おいそこの君ら、このアパートに…そうマントを被ったのや、赤い変な生き物が住み着いておらんか?」
「…いたら、何だってんだ!!」
「む…知っておるか…」緑川教授は少し考え込んだ「君、その生き物は少々危険な性癖を持っておる。捕獲したいのだが協力してくれんか」
「何だと!手前、舎弟を叩きのめした上におまんまの種に手を出そうってのか!許せねぇ!」
出井四郎が凄んで前に出る…がその前にメイドロン二号が立ちふさがる。
「…止むをえんか…まぁどうもまっとうな職業の人間ではないようだしの」
ぶつぶつ言いながら、緑川教授はハンディターミナルになにやらコマンドを打ち込む。
「それ、メイドロン。そいつらは『社会のクズ』じゃ!掃除してしまえ!」
「わっ、ひでぇ!」「差別的発言だぁ!」
ソージィィィ!! メイドロン一号が掃除機を振りかざして井伊五郎に打ちかかり。
ソダイゴミー!! メイドロン二号が出井四郎を抱え上げる。
ドスン!バタン! コーポコポの玄関が戦場と化した。
「なんだやかましい…英、お前が見て来い」
「全く、寸足らずどもが揃って…」
「ほんとに何事ですか、騒々しい」
英一郎とアクエリアが様子を見に行き、すぐに慌てて戻ってきた。
「お母様!!た、大変です、高額そうな戦闘用ロボットが2台、攻めて来ました!」
「親分!変な爺さんが金属製のダッチワイフで!恵布がやられて、出井と井伊もやられそうです!」
二人の支離滅裂な説明にあっけに取られる鶴元組長。
が、マダム・ブラックの反応は少し違っていた。
「アルテミスの留守に…」悔しげに口を噛む「止むを得ません、スカー…いえ『ジャーマネン』!」
「はい、お母様!」どこか嬉しげな様子で『ジャーマネン』が立ち上がる。
「アクエリア、プロティーナ。三人とも逃げるのです」
「え!」「逃げるのー」「はい。でもどこへ?」
不満げな『ジャーマネン』を宥めつつマダム・ブラックは続ける。
「アルテミスがライムの所に行っているはずです。アクエリアが場所を知っていますね」
三人のスライム娘はあたふたと動き、窓を開けて『ジャーマネン』とプロティーナがするすると下に流れ落ち、アクエリアが続く。
マダム・ブラックは、体の一部を太いロープのような形にして、アクエリアの車椅子を下ろす。
「お母様お早く!」アクエリアが叫んだが、マダム・ブラックは車椅子を放すと体を引き戻した。
「お母様!?」
「お前達は逃げなさい!ここから離れ、アメテミスと合流しなさい。後はアルテミスの指示に従うのです」
「お母様!」口々に言いながらもスライム娘達はその場から遠ざかって行く…マダム・ブラックら命じられた通りに。
「あんたは逃げないのか?」鶴元組長が聞いた。
「この体では目立ちすぎます。それに足も遅いのです」
いまのマダム・ブラックの体積は人間三人分はあり、移動速度も歩くより遅かった。
「それより、あれを何とかしてください」
「…」
オオオオオオオオ…オオソージィ!!!
部屋の真ん中で風車のごとく掃除機を振り回すメイドロン一号。
椎三郎が飛び掛ろうと隙を伺っているが、タイミングを計りかねている。
「椎!隙が無いように見えるが掃除機の吸い込み口は一本だけだ!それが行き過ぎた瞬間を狙え!」英一郎がもっともらしいアドバイス
を飛ばす「今だ!」
椎三郎はメイドロン一号に飛び掛り…横っ面を掃除機本体に叩かれて吹っ飛び、美囲次郎を巻き添えにして壁に叩きつけられた。
「…そーか、反対側には掃除機がついていたか」頭をかく英一郎。
ズン…ズン…
メイドロン一号、二号が迫ってくる。
「こうなれば…やられたぁぁ」やられたふりをする英一郎。
「あー、この野郎!」鶴元組長が怒鳴る。
やられたふりをしている英一郎の傍らにメイドロン二号が立つと、彼を肩に担いだ。
「?…うわぁぁぁ!?」
ソダイゴミー!!
メイドロン二号が窓から彼を放り出した。
地面に落ちた英一郎を、バンの運転席で待機していた爺七郎が見つけて驚く。
「あれは…英の兄貴!?なんでこんなところに…い、いかん今の俺は教授の助手…すんませんが成仏してください…」
爺七郎は薄情な決断を下した。
ソーージィィィ!!! ドスッ!!
「ぐぅ…」 喉に鋭い掃除機の突きを食らい、鶴元組長が目を回して倒れる。
ついにマダム・ブラックを守る者はいなくなった。
「ふむ…操られていたわけでもなさそうじゃが…」
ゆっくりマダム・ブラックの部屋に入って来る白衣の緑川教授。
「…何者です…」 無理に落ち着いた声を出すマダム・ブラック。
「話が出来るか…只の人間じゃよ」彼は眼鏡のフチを持ってマダム・ブラックを観察している。
「む…赤いのやマントを被っていた奴…確かピンクの奴もいた筈じゃが…逃げたか」
「…」
「乱暴するつもりはない」
「これで?」思いっきり疑わしそうな口調のマダム・ブラック。 鶴元組長と『鶴組員ズ』が倒れ付し、悲惨な状況だ。
「うむ…まぁちょっとした誤解じゃ…」言い訳する教授。
「信用できかねます」
言うや否や、マダム・ブラックはムチの様な触手を作り、教授を襲う。 しかし…
ゴォォォォォォォ… 物凄い音を立ててメイドロン二号の持ったバキューム・ホースが触手の端を吸い込んだ。
「きゃぁぁぁ!!」
ずるずると引き込まれていくマダム・ブラック。
「ふむ…高い知能を持っているならば、簡単に体を切り離すことは出来ないと考えておったが…当たったようじゃな」
教授の言うとおりなのか、マダム・ブラックはホースに引きずり込まれるままになり、そこを切り離して逃げる様子は無い。
やがて一際大きな悲鳴が上がり… コーポコポに静寂が訪れた。
教授はメイドロンを伴って降りてくると、メイドロンと爺七郎にホースを片付けさせ、バンに乗り込む。
教授達とマダム・ブラックを乗せたバンは、いずことも無く走り去って行った。
「…という事なのです」
「むー…」
「ひでえ目にあいやした」
話の前半はアクエリアが、後半は後からやって来た英一郎(受身を取ったのでたいした怪我はしていなかった)が話した。
「お母様が…」 ミーミー…
激しく動揺するアルテミスとライムを見ながら、金雄と十文字は難しい顔をしている。
「教授が…どうしてそんな事を」
「わからん…会って聞いてみるしかないな」
その部屋にいた全員の視線が金雄に集中した。
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