ライム物語

第五話 火曜日に赤い姉が攻めてくる(7)


「お姉ちゃん…」

「ライム…」

対峙する赤と緑のスライム少女。

ライムとスカーレット…いや『ライム・スター』と『ジャーマネン』は、ちょっとだけ血が騒ぐのを感じていた。

両手を挙げガードの姿勢を取る『ライム・スター』

「ライム、お前はエア・バッグの原理で相手の打撃を軽減し痛みを感じなくする技があるそうだな…」

『ジャーマネン』は微かに笑い、右手を一振りする。

ヒュン…ビシッ!

赤い閃光が宙を裂き、鋭い音が響いた。

思わず身をすくませる『ライム・スター』

『ジャーマネン』の右手にムチが握られ…いや、伸びた右手がそのままムチになっている。

「しかし狭い範囲に打撃を集中させればそれも効くまい…」

ピシッ! 再び赤いムチが鋭い音を立てる。

「くっ…」恐怖を感じ、かすかに震える『ライム・スター』


「女王様だ…」「女王様が降臨なされた…」一部の趣味人達の目の色が変わる。

「えーと、特別コースでしたら『ジャーマネン』様のハイヒールとムチのサービスの特別セットが…」


「ゆくぞ…」

無造作に右手を振る『ジャーマネン』 

赤いムチが蛇の様に『ライム・スター』に襲い掛かり、思わず手を上げてムチを振り払う。

ビシッ!! 激しい音と共に鋭い痛みを感じ、右手を押さえる『ライム・スター』。

「痛っ!…痛いじゃないのお姉ちゃん!」

「どうだ!痛いだろう!」ムチを引き戻し、先端に息を吹きかけながら勝ち誇る『ジャーマネン』「私もとーっても痛いんだから!」

「…」

(おいこら『超能力者』!この技は痛いではないか!)取り込んでいる十文字に文句を言う『ジャーマネン』。 どうやら『ライム・スター』の

情報を聞き出すだけでなく、戦い方まで考えさせていたようだ。

(はぁ…そこまでは…考えていませんで…)

(ばかものー!)

と、そんなやり取りは『ライム・スター』には判らなかったが、そちらでも似たようなやり取りが始まっていた。

(…ライム…)

(金雄?起きちゃ駄目…)

(大丈夫だよ…慣れてきた…それより今のうちに反撃を…十文字の目をさまさせるんだ…)

『ライム・スター』は大きく頷くと『ジャーマネン』に殴りかかった。

ボムン…ボムボムボム。 今ひとつ勢いに欠ける音が響きわたる。

安全第一のライム・パンチは命中直前に拳が膨れて敵味方双方のダメージを軽減させる。 アトラクションには向いていても、実戦向きで

はない。

「おのれ、姉を殴るとは!」

「先に叩いたのお姉ちゃんでしょ!」

威力は無いが、『ライム・スター』の連打に『ジャーマネン』は押され気味だ。

(うぬー…おい『超能力者』!打開策は無いのか!)

(全身を硬化させれば…防御できるかと…)

(おおそうか!)

今度は『ジャーマネン』がガード姿勢を取った。

「硬化防御!」一声叫んで『ジャーマネン』の動きが止まり、ポムポムポム…パンチの響きが変わる。

(ライム…ストップ)

金雄の指示に従い『ライム・スター』が攻撃を中断するが、『ジャーマネン』はガード姿勢を取ったまま動こうとしない。

『ライム・スター』は『ジャーマネン』をつんつんしてみる。

「固まってる…お姉ちゃん?」

”ふははは…これでお前の攻撃は無効だ” どこから声を出しているのか、固まったままで『ジャーマネン』が笑う。

「…」戸惑う『ライム・スター』

(ライム…)

(?)

(逃げよう…)

「…そうよね…」

『ライム・スター』はくるりと振り返り、そのまま走って逃げ出した。

”あっこら、待て…こ、硬化が…全身硬化したから戻らない!”

「ああっ『ジャーマネン』様…大丈夫ですかぁ」と『モーニング仮面』こと鶴元組長が棒読み口調で聞く。

”お前達!『ライム・スター』を捕まえろ!”

「えー…請負契約では『掃除、住宅補修、買い物、要人警護、作業手伝い…』と…追跡、捕獲は私らの業務では…」

”私を襲った暴漢の追跡、捕縛だ!『要人警護』の一環だろうが!”

「襲ったの『ジャーマネン』様で…第一拡大解釈もいいところですぜ」

”つべこべ言うな!!”

「だから請負契約はいやだって…契約書以外の仕事も『契約の内だ!』でやらされるんだから…」ぶつぶつと言いながら黄色いカツラの
英一郎が真っ先に駆け出し、他の者がそれに続く。


『ライム・スター』は校舎の角を曲がって姿を消し、英一郎がその後に続く。

「のがっ!」英一郎が叫びながら跳ね飛ばされ、その場に倒れた。

「おおっ!待ち伏せか!?」血の気の多い椎三郎が、警戒しながら校舎の角を曲がる…が誰もいない。

「おりょ?」首をかしげで後ろを見ると…倒れたままの英一郎が何やら目配せしている。

「…おお、そうか!」椎三郎は頷くと

「うわぁ…やられたぁぁ!!」大げさに叫びながらその場に倒れた。

後から来た連中もすぐに二人の意図に気づき、大げさな『演技』でやられて見せた。

やっと硬化が解けた『ジャーマネン』が駆けつけて来ると、鶴元組長&『鶴組員ズ』全員がその場で失神(?)しているではないか。

「なんと!これだけの人間をあっという間に…強くなったなライム…」感動する『ジャーマネン』

「家出も無駄ではなかったのか…しかし、母を悲しませるのは許せん。なんとしても連れて帰るぞ」

独白すると『ライム・スター』を追って再び駆け出す『ジャーマネン』

その後からついて来た学生達は、倒れている鶴元組長&『鶴組員ズ』の周りに集まっていた。

「これは…おい救急車…あれ?」

『ジャーマネン』の姿が見えなくなった途端に立ち上がる鶴元組長&『鶴組員ズ』

「えー皆様、本日の出し物はここまででして、続きはこちらで…」とビラを配り始める。

「いいんですか?ほっといて」と恵布六郎。 心なしか残念そうだ。

「これ以上付き合えるか。第一このビラを配るのが今回の仕事だろうがよ」

と言うわけで、結果的に鶴元組長&『鶴組員ズ』は『ライム・スター』と『ジャーマネン』の戦いから邪魔者を排除したのであった。


はっはっはっはっ… 

『ライム・スター』は小走りに校舎を抜け、運動場を横切って体育館に向かっていた。

「こっち?」

(そう…体育館は…学祭の準備中だから…昼時はみんないないはず…)

「で?裏手のお風呂場に?」

(うん…)

金雄の誘導で『ライム・スター』は人気の無い場所に向かっており、『ジャーマネン』はその後に着いて来ていた。

「でも、どうやって十文字さんを取り返すの?」

(僕らと同じなら…先に変身したあっちが…『打ち止め』になるはず…)

「そっか…」頷いた『ライム・スター』は体育館の裏手に回り、裏口から中に入った。


「うっわー…大きなお風呂…」

(大学と高校の…運動部が皆で汗を流すためだから…)

『ライム・スター』はマジステール大学体育館に併設されている、大浴場に入り込んでいた。

湯がはられていないが、ちょっとしたホテルの大浴場なみの広さがある。

「見つけたぞライム」『ジャーマネン』の声が響いた。

振り向けば赤い人影が入ってくる…が肩で息をしている。

「くっ…力が入らん?」

(うう…) 苦しげな十文字の声が漏れた。

「どうやら『打ち止め』が近いみたい…」呟いて『ライム・スター』は『ジャーマネン』に向き直る。

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