ライム物語

第五話 火曜日に赤い姉が攻めてくる(5)


十文字が拘束されているベッドが斜めに立ち上がり、彼は鏡に映る己の姿を見せ付けられた。

あ…

彼は七割がた赤く染まった己の姿に奇妙な感動を覚える。

足先から腹にかけては女性、そこから胸にかけては不思議な曲線を描いて自分の胸に続く体。

その胸に顔を埋める赤い女性が舌を彼の胸に突き刺して… ツ、ツ… チ、チ… 「うっく…」

胸の中で刻まれる疼くようなリズムにいつしか心臓…いや心が同じリズムを打ち始める。

ヒク…ヒク… 一打ちごとに自分が自分でなくなっていくようだ。

事実『女』の部分はじわじわとセリ上がり、『十文字』は次第に『スカーレット』に侵食されていく様だ。

ズルン 

音を立ててスカーレットが伸び上がり、ヌラリとした女の胸が十文字の胸に摺り寄せられた。

細い腕が彼の首に巻きつき、赤い整った女の顔が視界を遮る。

そして真紅の唇が十文字の唇に吸い付いき、舌がそこを這いずる。

(ナメクジ…) 

人の舌は違い、異様に粘りつく舌がその生き物を連想させた。

それが二度三度と唇の上を往復するのを感じるうち、『舌』の望みを理解する。

(ああ…)

かすかに唇を開くと、待ちかねたように滑る感触が滑り込んで来た。

口の中で粘着性を取り戻すと、怯えるように縮こまる十文字の舌に絡みつき、糸を引いて粘り這う。

グチャグチャと水音が頭蓋の中で反響し、彼は何かに溺れかけている様な錯覚に陥った。

キュゥッ…

胸を締め上げられる圧迫感と冷たい喪失感が彼を襲う。

スカーレットの背後に見えた己が像は、赤い女体に自分の顔がのっていた。

(奪われる…)

思考も切れ切れになってきた、スカーレットに奪われている部分と自分を保っている部分が鬩ぎあっているのだろうか。

(赤…)

スカーレットが顔を寄せてきた。 次の瞬間視界が真っ赤に染まり、元に戻る。

(…)

目に入るのは赤い人影…等身大のスカーレットのみ。

ゆるゆるし『ベッド』が変形し、拘束が解かれた。

(う…)

突然気が付く、体を侵食していた冷たい感触に。

あ…ぁぁぁぁぁぁ…

意識した途端にこみ上げてくる快感、こらえ切れずに体を折り曲げ、己が体を抱きしめる『十文字』

細い女の体を意識しながら、彼の心は透き通る赤く冷たいワインのような酩酊感に溺れ…沈んだ。


…スカーレット?

誰かの声が蹲った赤い人影を呼んだ。

『スカーレット』はゆっくりと立ち上がる。

ほっそりした体はモデルのよう。 体の曲線は見まごう事なき『女』だが、裸体ではなくレオタードか水着の様な様な体にぴったりとした物

をまとっているように見え、足はハイヒールを履いているような形だ。

刃物の鋭さと危険な雰囲気を漂わせた赤い女がそこにいた。

「うまくいきましたね」とマダムブラック。

スカーレットは鏡に己が姿を映して確認している。

「は」短く答えて軽く体を動かしてみる「これでライムを迎えにいけます」


アクエリアが扉を開くと鶴元組長&鶴組員ズが入って来た。

「おお、カッコイイ」

「うーむしかし色気が…あ、いえなんでも」

がやがやと勝手なことを言い合う男達をじろりと睨みつける『スカーレット』

「ごほん」鶴元組長が咳払い「で、これからどうしますか?水撒き(十文字に水をかけた)設営、撤去(占い師のテント)は終わりましたぜ、

午後は『スカーレット』様のお供をすればいいので?」

言外に過重労働だと抗議している。

「うむ…この時間だと」スカーレットは取り込んだ『十文字』の記憶を探りながら考える「まだ大学だな」

「大学ですか?じゃぁ中には入れ無いでしょう」と鶴元組長

「いや大丈夫です」恵布六郎が嬉しそうに応える「大学構内には入れます。関係者以外立ち入り禁止の場所以外は」

「ほう、そうなのか?」と鶴元組長。

「いや、待て」とスカーレット「お前達、昨日『寮』で管理人ともめたろうが、あれで大学の方まで手配が回っているはずだ」

「え…そうなんですか?」と恵布六郎ががっかりした様子で言う。

「高校が併設されているからな、普通の大学より『不審者』チェックが厳しくなっているのだ」

「それでは寮に行くのも無理ですね、今度は帰り道で待ち伏せます?」とアクエリア。

「『超能力者』の精力が持ちそうも無い。やはり大学に…ん?大学祭が近いので一般人も?催し物がある…コスプレとか?」

「こ、コスプレ!!それです!」恵布六郎が大声をだす「マジステール大学祭のコスプレと言えば、世間との交流を名目に外国からも人が

やってくるお祭り騒ぎ!仮装して潜り込むのに不都合はありません!」

あっけに取られる一堂を前に恵布六郎が『コスプレ潜入作戦』を力説する。

「馬鹿野郎!そんな恥ずかしい真似ができるか!」一括する鶴元組長。

「いえ、我々だけではありません!スカーレット様を潜入させるのにも都合が良いのです」いつもならここで引き下がる恵布六郎が今日

はしぶとい。

部屋の隅にあったネットTVをONにして、自分のドメイン・アカウントでアニメ・アーカイブからなにやらロードした。

「ご覧ください」得意げに画面を示す。

TV画面の中で、椅子に腰掛けた女が手に持ったグラスに何か話しかけている。

すると赤い液体が渦を巻いて吹き上がり女の姿となった。

「これは…私そっくり」驚くスカーレット

「わー、ずるいのスカーレット姉様いつTVに出たの」とプロティーナがはやしたてる。

「は、昔広く海外まで人気のあったアニメーションで、特にこの『ジャーマネン』は絶大な人気がありまして」

「ほう」まんざらでもない様子のスカーレット「なるほど、私は『ジャーマネン』のコスプレをしているふりをすれば良いのだな」

「はい、注目を集めること間違い無しです!」力説する恵布六郎。

「おい、潜入するのに注目を集めちゃまずいだろう」と英一郎が突っ込む。

「何を言います!注目を集めないコスプレなどコスプレでは有りません!!」

「うむ、『超能力者』もそう言っている」スカーレットが頷く「奇襲攻撃には敵の意表をつく事が肝要だ。よし、それ行こう」

「は!では直ちに我々の衣装を準備します!」携帯端末を取り出し、猛烈な勢いメールを打ち、電話をかける。

「いや、目的と関係ないところで意表だけついても…」ぶつぶつ言う英一郎にスカーレットも恵布六郎も耳を貸さない。


「えーと…宜しいんで?アクエリア様」と鶴元組長。 こちらもついていけない様子だ。

「スカーレット姉様が乗り気ですから」そっけなく応えるアクエリア。

「へぇ…まぁまたやばい事になりそうだし、どっちにしても変装しなきゃならないか…」

鶴元組長は間違っていた。 コスプレは『変装』ではなく『仮装』なのだ。

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