ライム物語

第五話 火曜日に赤い姉が攻めてくる(2)


「スカーレット、ライムにあまりひどい事をしてはいけませんよ」

「大事な妹です、好んで手は上げません。 ですが聞き訳がなければ力ずくで連れ帰ります」 断固とした口調で言うスカーレット。

辺りに不安げな空気が流れた。

スカーレットはくるりと振り向き『鶴組員ズ』に命じる。

「よしお前達。『超能力者』をここに連れて来い」

『げ!』 一同が叫ぶ。

「ちょ、ちょっとお待ちを」英一郎が慌てた様子で制止するように手を上げた。

「それは『犯罪行為』ですよ!契約違反です!」

「そうなのか?」スカーレットはアクエリアを振り返る。

アクエリアがフードを傾けて頷いた。

「そうか。ではアクエリア、お前が連れてきてくれ」

「はぁ…ですが、私が行くと何処かで『洗脳』して連れてくることに…それでは私の『洗脳』が解けるまで、お姉さまが『超能力者』を使えな

くなります」

「む…」スカーレットは唸った。

一度スライム娘達によって『洗脳』された人間を、他のスライム娘が『洗脳』する事は難しい。

アクエリアの『洗脳』は強力であり、これを超えるのはマダム・ブラックだったのだが…

「ライムはあの男の『洗脳』を破って見せたと聞くぞ?」からかう様な響きがある。

「それは…先にライムと関係を持っていたからではないかと…」声が僅かに震えた。

「おやめなさい」マダム・ブラックが静かに、しかし断固として言った。

スカーレットがマダム・ブラックを振り返る。

「スカーレット、妹と姉が互いを言葉で傷つけあうところなど、私は見たくありません」マダム・ブラックに諌められ、スカーレットはアクエリアに

詫びる。

「悪かったアクエリア。つまらないことを言った」

「いえ、気にしていませんわ」フードの下で微笑んでみせるアクエリア。

「それよりお姉さま。やはりお姉さまが自ら『超能力者』を捕まえなくては」

スカーレットが腕組みをして考え込む。

「捕まえる…どうやるのだ?」

「そうですね…暗い路地から色っぽい声で誘い…鼻の下を伸ばして入ってきたところで…」

「上から飛び掛って殴り倒す!」

「お姉さま」額を押さえるアクエリア「それでは通り魔です」

「では正々堂々と名乗りを上げて真正面から押し倒す!」

「わーい、果し合いなの」プロティーナが囃し立てる。

「いえ…こう横になっていれば」寝そべってみせるアクエリア「黙っていても向こうから引っかかって来ます」

「…受身過ぎていまいち気に入らんな」不満げなスカーレット「やはり攻めの要素が欲しい」

「では、私がおとりで姉さまが背後から襲い掛かって押し倒しては?」

「ちと卑怯だが…やむをえんか」しぶしぶと言った感じでスカーレットが応えた。


話がまとまりかけたその時、思わぬ人物が割って入った。

「差し出がましいようですが、その方法は危険ではないかと」

そう声を掛けたのは『鶴組員ズ』の中で、今現在最も若い恵布六郎だった。

「なんだと?」姉妹の会話に割り込まれ、不快げなスカーレット。

「いえ、『超能力者』を取り逃がしたらどうします?警戒させてしまいますよ。それに誰かに目撃されたら?第一最近の街灯にはたいてい

対人センサー付の警察カメラが組み込んでありますぜ」

「むむ…」「そうでしたの…」唸るスカーレットとアクエリア。

「それで?お前には何か良い考えがあるのか?」

「こういうのはどうでしょう」ひそひそと声を潜め、スカーレットとアクエリアになにやら耳打ちする恵布六郎。

「うーむ…しかしうまくいくのか?」首を捻るスカーレットに恵布六郎が胸を張って応える。

「大丈夫です、うまくいきますとも!」

こうして、企画:恵布六郎の手による『超能力者』捕獲作戦第一号が開始された。


−火曜日の朝、『マジステール通り』商店街の一角−


その朝、出勤するサラリーマンや登校途中の学生は通いなれた道に奇妙な物を見つけて首をかしげた。

電信柱の影に隠れるように、小さな黒い六角錐のテントが建っている。

一方の面が大きく口を開けており、中を覗けば真っ黒なマント姿の女性水晶玉を前にして座っているのが見える。

そこで皆は(ああ、占い師なのか)と納得し、興味をなくすと足早に去っていく。

「本当にこれでいいのかしら…」ぼそりと呟くマント姿のアクエリア…その時。

ハーァ、クッサメ!ハーァ、クッサメ! 伝統芸能のようなくしゃみが聞こえてきた。

「あの声は『超能力者』!」アクエリアは慌てて『変装セット』を取り出した。

『皺のよったお婆さんの手』手袋をつけ、『怪しげ老婆』マスクを被れば、立派な『怪しい占い師』の出来上がりである。

アクエリアは水晶玉を前にして、ぶつぶつと呟きだした。


クッサメ!! びしょぬれの十文字が激しいくしゃみをする。

「汚いなぁ」距離をとった金雄が無常な言葉をかける。

ミーッ… ライムも金雄の肩の上で十文字を避ける仕草をする。

「友達外の無い奴だなぁ…まったく、寮を出たら水溜りですべって、通りを歩けば生垣の向こうから水をかけられる、それも三回も!」

「ついてないなぁ」今度は笑いを含んだ声で金雄が応じる。

「まったく…今日は…」

『水難の相が出ておるぞえ』

「え?」「お?」 ミミッ?

突如響いた不気味な老婆(アクエリア)の声に三人は辺りを見回し、黒いテントに気が付いた。

「なんだ?これは」言いながら十文字が中を覗く。

『お主、水難の相が出ておる』しわがれた声が不気味に響く『良ければ占ってしんぜよう』

「水難の相…まぁ今のお前のをみれば、水難の相どころか頭から『水難』をかぶったのが判るよな」

「まったくだ」そう言ってテントから離れようとする十文字。

『まだじゃ、まだ水難は去っておらぬぞ…このままではさらなる水難が待ち受けていようぞ』

アクエリアの化けた老婆の予言(そいうより脅し)に十文字は顔を顰めた。

「嫌なことを言わないでください。そうやって客を脅すんですか」

『脅しではない…そこに座るが良い。占ってしんぜようぞ』

老婆の前には布のかかった小さな机があり、その上に水晶玉が乗っている。 その机の前に小さな腰掛が置いてあった。

十文字は老婆を見て、次に背後の金雄とライムを見る。 そして小さく首を横に振って腰掛に座った。

「座りましたよ」憮然として言う。

『もそっと前へ…』

「は?」

『もそっと前へ…』

十文字は眉を寄せ、言われる通りに腰掛ごと前に出た。 膝が机に掛けられた深い紫色の布に振れる。

『もそっと前へ…』

「まだですか…」文句を言いつつさらに前にでる十文字。

机の下に足が入り込んでしまった。

『見よ』水晶玉を指し示す老婆。 つられてそれを覗き込む十文字。

「?」なにやらもやもやとした赤い物が見える。

チッ… ジジジジジッ 

「いっ!?」 十文字は彼のズボンに何かが触れたのに気が付いた。

ついでジッパーが開けられ、冷たい手が潜り込んで彼の大事な物を引き出す感触。

「!」 慌てて下がろうとする十文字。 が、机の上にのせた両手を老婆の手が押さえた。

「今下がると、みんなの前にソレをさらけ出すことになりますよ」笑いを含んだ微かな声には聞き覚えがあった。

「ア…」叫びかけて気がついた。

背後には金雄達がいる、その後ろからは笑いながら通り過ぎていく女子高生やらOLやらの声が…

進退窮まった十文字、そのパンツの中に冷たい手が潜り込んで、縮こまったモノを揉み解す。

(こ、これは…スライム姉妹の中で最も危ないスライム、スカーレット…ああ、説明したい…)

「どした、十文字?そんなに悪い運勢が出たのか?」 事態を理解していない金雄が呑気に聞いてきた。

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