ライム物語
第五話 火曜日に赤い姉が攻めてくる(1)
「なぜだ…」太陽に男は問うた。
「わしは確かに悪いことをして来た。ム所にもぶちこまれた…」
男はそっとシルクハットを取る。 燦然と輝く頭頂部が午後の陽光に照り映える。
「だが…このような仕打ちを受けるいわれはない…」
モーニング姿の禿親父、鶴透(50)は片手にシルクハット、片手に目元だけを隠す白い仮面を握り締め天に嘆いた。
「親分…親分はまだましですよ」美囲次郎が情けない声で鶴元組長の背後から声を掛けた。
彼の言うとおりだろう。
背後にずらりと並んだ『鶴組員ズ』は原色の長い髪のカツラをつけ、セーラー服で女装しているのだから。
「うーむ。実際に並べてみると見苦しい上に怪しいな」傍に立つ赤い女…スライム五姉妹の次女スカーレットが手を顎に当てて呟く。
「これが『こすぷれ』というものなのか?変な服を着たおっさんにしか見えないが…」
すると、ピンク色のカツラを付けた恵布六郎が胸を張って力説する。
「何をおっしゃいますか!コスプレは心です!気合です!心からそのキャラになり切れば、年、性別など問題ではありません!」
手に持ったバトンをスカーレットに突きつける。
「そ、そうなのか?…」気合負けして後ずさるスカーレット。
「恵布の野郎…コスプレ・オタクだったのかぁぁ」歯軋りする椎三郎「しかも真正だぞ」
「目立たん奴だと思っていたが…」
『鶴組員ズ』は宇宙人を見るような目つきで恵布六郎を見るが、当人は気にする様子も無くスカーレットに『演技指導』をする。
「さぁ、スカーレット様」恵布六郎がスカーレットに布のような物を差し出した。
「う、うん…」
恵布六郎からそれを受け取ると、スカーレットは首に黄色の蝶ネクタイ付チョーカを付けて胸を張った。
「いまから私をジャーマネンと呼ぶが良い!」
「キャラが違います!」恵布六郎から演技指導が入った。
−前日の夜、マダム・ブラックの部屋−
「お兄ちゃんはプロティーナにやさしかったもん!んでもって『女』にしてもらったもん!」
「なに?」マダム・ブラックは首を捻り、アクエリアを見た「いまのはどういう意味ですか?」
「はい」アクエリアは短く応え、プロティーナを連れて部屋の外に出た。
「?」
程なくして、プロティーナが戻って来た、見事なプロポーションとなって。
『おおーっ』 喜びのどよめきは『鶴組員ズ』
「おお、プロティーナ。立派な体になって…前にやったときは大きなピンク色の玉になってしまったと言うのに」
どうやらプロティーナは、前にも『水増し』をやったものの失敗していたらしい。
「お兄ちゃんに教えてもらったのー」嬉しげな声を上げ、ポーズなんか取るプロティーナ。
「この間『筋肉娘』になった時はどうなることかと思いましたが」黒い女体がどこからかハンカチを取り出し、眦を抑えて見せる。
もらい泣きする『鶴組員ズ』
シ…シャー!!!
鋭い叫び声を上げたのは部屋の隅に控えていた赤いスライム、スカーレットだった。
奔流の様に部屋の真ん中に流れだすと、渦を巻いて伸び上がり、一瞬のうちに赤い女体を形作った。
「おお、スカーレット」
「わー、お姉さまもできたのー…でもプロティーナが早かったのー」
「ふん。別に人間の真似なぞ簡単なものよ」
少し乱暴な口調で言うスカーレット。
ささやかな胸の膨らみ、細い腰、長い髪、ほっそりとした腕と足、その全てが半透明の真紅で統一されている。
プロティーナの体形がグラマーなハイティーンならば、スカーレットはスレンダーなモデルの様。
但し、その身長は人間の半分しかない。
「小さい…」思わず呟いた井伊五郎。
次の瞬間、スカーレットのハイキックがその顎にめり込んだ。
「うごっ?!」 無意識に柔らかな足を想像していた井伊は、鉄の足で蹴り上げられたような衝撃に驚いた。
スカーレットは手を腰に当てて軽蔑の眼差しを送る。
「無礼者が。私は姉妹の仲で唯一、体を硬化できるのだ」
「お母様。ライムが身を寄せている人間は危険です」
スカーレットはマダム・ブラックに向き直って語りだした。
「何故です」
「御覧なさい、あの凶暴無比なプロティーナが人間の男に飼いならされ、この有様です」
「ぷー!」むくれるプロティーナ。
「凶暴…」
「まぁ親分のあの有様を見れば間違っていないかも…」
ちなみに鶴元組長はプロティーナに両肩の関節を外され、別室で伸びている。
「ほっておけばライムもその男に飼いならされてしまうかも知れません」
「…」考え込むマダム・ブラック
”お母様”涼やかな声が響いた”スカーレットの言い分は極端かも知れませんが、私も少し心配です”
「アルテミス姉様までぇ」プロティーナは不服そうだ。
マダム・ブラックは手を顎に当てて少し考え、マント姿のアクエリアを見た。
「アクエリア。かの男と接触したお前の意見は?」
「はい…悪い男ではない様かと…ライムを助けたのは事実のようですし…」
「『洗脳』を仕掛けた時にそう見えましたか」
「はい…」
沈黙が流れた。
「プロティーナ、アクエリア」熟考の後、マダム・ブラックは口を開いた。
「はーい」「はい」
「貴方達の判断を信じない訳では有りませんが…やはりライムを人間の男に預けておくのは不安があります」
「お母様…」「むぅ…」
「ライムも大事な娘。スカーレットが連れ帰ってくれれば…しかしスカーレット」
「は」
「かの男とライムは文字通り『ベッタリ』くっついています。どうします?」
「考えがあります」
スカーレットはするすると進み出て、マダム・ブラックに耳打ちする。
「なんと!かの超能力者を『洗脳』して、『スカーレット・ジューモンジ』になると言うのですか」
「わー、真似っこ!」プロティーナがはやし立てる。
「おだまり!」プロティーナを一括する。
「ただ真似るだけではありません、『超能力者』と体を硬化できる私が一つになるのです」
「ライムを…『ライム・スター』を超えると?…」
「はい、そして…」スカーレットが頷く、勝利を確信して。
『鶴組員ズ』がため息を突く、また苦労するのは自分達だと確信して。
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