ライム物語
第四話 月曜日に妹が我侭を言う(5)
パチパチパチパチ… 野次馬達が盛大な拍手を送ると『ライム・スター』が手を振ってそれに応える。
「むー」帽子のつばを両手で引っ張り、頬っぺたを膨らませて不満の意を表明するプロティーナ。
「プロティーナも…するもん!」そう言うと、とことこと歩いて鶴元組長の手を引っ張る。
「お?」
「するの!」
「する?…するぅ!?」目を丸くする鶴元組長。「ちょっと待てぇぇぇぇ!」
プロティーナは聞く耳持たない。 既にズボンに手を掛け、引き摺り下ろそうとしている。
それを必死に阻止しようとする鶴元組長。「おい、手前ら!止めねぇかぁ!」
しかし、彼の思いと裏腹に、その叫びが皆の注目を集めてしまう。
「おお、こっちは…『鬼畜親父と可憐な少女』でしょうか」「『獣と幼女』とか」「けしからん!なんと不健全な!」様々な感想が飛び交う。
そんな中で、緑川教授の後ろに立っていた爺七郎が、禿親父の顔を見て呟いた「…あっ…く、組長!?…じゃああの覆面ジャージは…
『鶴組員ズ』!?まずい…」
見つからないように身をかがめる爺七郎「見つかったら…また下っ端に逆戻りさせられるかも…」
その元『鶴組員ズ』も慌てていた。
「まずい!公然猥褻になるぞ!」と椎三郎。
「英さん!これを」美囲次郎が幕の様な物を取り出し、その端を英一郎に握らせる。「それ!みんなも!」
美囲次郎の指図に従い、元『鶴組員ズ』は幕を持ち上げると、プロティーナと鶴元組長を筒状に取り巻き、野次馬達の目から隠してしまっ
た。
「お前ら!ああぬやめっ…そこは…うひゃあ!」
「ふみゅう!プロッ!」興奮したプロティーナの声と共に、赤いワンピース、帽子、靴がぽいぽいっと幕の上に放り上げられる。
ドッタンバッタン! 幕の中が騒がしく、時折中から突き上げられているのが判る。
「ふんにゃぁぁぁぁぁ!」 一際大きな声が響き渡り、幕の中が静かになった。
…息を呑む一同の前で、幕が開きかけ、たくましい腕がぬっと突き出された。
美囲次郎が真紅の布のような物を取り出し、その手に渡しすと、手がそれを掴んで中に引っ込み、なかでごそごそと動き…そして幕が開
いた。
ズン …たくましい足が地を踏みしめ…
ズズン…赤いボディビルスーツはち切れそうな肉体が現れ…
ユッサ…胸筋の上に盛り上がった乳房が赤いスーツの下で揺れ…
「完成ー!」幼い顔が得意げな声を上げる…
「プロティーナ…」驚愕と鎮痛と困惑が混ざった声で『ライム・スター』が呻く。
幕の中から現れた『プロティーナ』は、筋肉隆々の女子プロレスラーのような体を赤いボディビル・スーツに包み、それでいて顔は幼い
プロティーナのままという姿であった。
「プロティーナ!凄い!」ガッッポーズを取るプロティーナに野次馬達はどう反応すればいいか困っている。
「むー…凄いもん!!」じたばたと暴れる『プロティーナ』
パ…チ、パチ、パチ、 仕方なく拍手する一同。
満足げに頷き、手を振る『プロティーナ』
しばらく手を振っていた『プロティーナ』は、くるりと『ライム・スター』を振り返った。
「それじゃ…挑戦するもん!」 ズン! 一歩前に出る。
「!」 『ライム・スター』は反射的に一歩下がり、手を上げて防御の構えを取った。
夕暮れが近い商店街に緊張した空気が流れる。
「お待ちなさい!」二人の緊張をアクエリアが破った「ライム!プロティーナ!喧嘩はいけません!」
二人は揃ってアクエリアを見た
「ライムは別に喧嘩なんて…」
「喧嘩じゃないもん、挑戦だもん!」
反論する二人をアクエリアは一喝した。
「言い訳はいりません!要するにプロティーナはライムより『強い』と皆に示したいのでしょう?」
アクエリアに対してこくこくと頷いてみせる『プロティーナ』
「ならば喧嘩しなくても…そう力比べで十分でしょう!」そう言ってフードの下の顔をあちこちに向ける「何か手ごろな物を持ち上げるとか…
あら?貴方は?」
アクエリアと元『鶴組員ズ』のところに、中年のおばさんが愛想笑いを浮かべながら近寄ってきた。 両手に重そうな物を持っている。
「あ、昼間瓦を買った建材店の店長さん」と美囲次郎が人物紹介をする。
「ええ、そうですよ。いえ、うちには欠けて使えなくなった古い瓦がいっぱいあるのよねぇ。普通は砕いて舗装に使ったりするんですけど…
それを提供させていただこうかと…」
「まぁ、それはご親切にどうも」深々と頭を下げるアクエリア「聴きましたねライム、プロティーナ。この瓦割り比べで優劣を競いなさい。
よろしいですね」
「瓦ぁー…むー…」不満げなプロティーナ
「ライムはそれでいいよ」 ライムの方は、本当にどうでもよさそうな態度だ。
「決まりね。えーでは…その…」
「東名建材、東名建材を宜しく!」『東名建材』のおかみ…お数さんはアクエリア…というより周りの野次馬に愛想を振りまくと、元『鶴組員ズ』に
瓦を運ばせ始めた。
「…」「むー」
黙って立つ二人の前にはうずたかく重ねられた瓦の山がいくつも作られていた。 一つの山でざっと20枚はあるだろう。
『ライム・スター』はちらりと『プロティーナ』を見て、すぐに視線を瓦に戻す。
大きく息を吸って、渾身の力で瓦の頂上に正拳を見舞った。
トオッ!! バムン!!
「あらっ?」「割れてない?」 ざわざわざわ…
ひどく威勢のいい大きな音はしたのだが、瓦に変化は無い。 当惑する『ライム・スター』と見物人一同。
そこに十文字の解説が入った。
『解説しよう!『ライム・スター』が殴られた時、体の一部を瞬間的に膨らませ、中の金雄と自分自身のダメージを拡散、減衰させた事を思い
出して欲しい!今『ライム・スター』は硬い瓦を殴りつけようとした!まさにその瞬間に金雄と自分の拳を守る為、『ライム・スター』の手は、
ボクシングのグローブ並に膨らんでいるのだ!』
「…えーと…そうすると…どうなるの…」
『つまり!『ライム・スター』のパンチやキックは物を壊す力が著しく小さいということになる。また人間相手の場合、相手を突き飛ばすことは
出来ても、拳や足を相手にめり込ませてダメージを与えることは出来ないのだぁぁぁ!』
「そんなぁぁぁ…」 十文字に文句を言っても始まらないのだが、思わず愚痴ってしまう『ライム・スター』だった。
「『ライム・スター』…0枚っと」美囲次郎が、割った瓦の枚数をわざとらしく紙に書く。「次、『プロティーナ』様ぁ」
「ふむっ!」『プロティーナ』は鼻息も荒く瓦の山に近寄ると、無造作に右手の手刀を叩き込んだ。
破壊的な音が当たりに響き、瓦の山が二つに割れる。
「ふむっ!ふむむむっ!」『プロティーナ』は次の山に歩み寄り、今度は左手の手刀を叩き込む。
再び響く破壊音、二つに割れる瓦の山。
「プロティーナ強い!」『プロティーナ』はさらに次の山に歩み寄り、今度は蹴りを入れた。
三度響く破壊音、粉々に吹っ飛ぶ瓦の山。 弾みでひっくり返る『プロティーナ』
「見た!?皆見た!?」ひっくり返ったまま勝ち誇る『プロティーナ』、悔しそうな『ライム・スター』
「勝負ありましたね」アクエリアが淡々と言った「誰か『プロティーナ』を立たせてあげて」
椎三郎が『プロティーナ』に歩み寄り、手を差し出す。 しかし『プロティーナ』は手をとろうとしない。
「んー…動かせない…?」
「えっ?…どうなさったんで?」
「んーと…」『プロティーナ』はちょっと考えていたが、すぐに形が崩れだす。
『変身』を解こうとしていると察した美囲次郎がワンピースを差し出し…固まった。
ピンク色の不定形の塊が動いた後に残っていた物…口から泡を吹いて痙攣する鶴元組長がそこにあった。
「げっ親分!?」「た、大変だい医者はどこだ!」慌てふためく元『鶴組員ズ』
「へえ、私が診やしょう」細い体に白い上っ張りを着た初老の男が進みでて、鶴元組長の体を調べる。
「あんた医者か?」
「あっしゃ、骨接ぎ屋でさぁ。ストレッチの柾たぁあっしの事で」さりげなく宣伝し、男は鶴元組長の診察を続ける。
「おおっこりゃひどい。両肩と右足の股関節が脱臼していまさぁ」
『なんだとぉぉぉ!!』と元『鶴組員ズ』
ずいっと進み出る十文字。
『解説しよう!プロティーナのパワーはスライム姉妹中最大!その彼女が人間を骨組みにし、全力を出せばどうなるか!中の人間は当然
こうなる!』
『判っていたなら止めろ!』悲痛な叫びの元『鶴組員ズ』。
「中の人間は耐えられない…と」あくまで冷静に記録する緑川教授だった。
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さて、突然ですがクイズです。 マジステール商店街の面々
(1)寝具店『ザ・シング』
(2)電気店「火の玉」
(3)『東名建材』のお数さん
(4)ストレッチの柾
は最近映画化されたあるアメコミ・ヒーローのもじりです。
暇つぶしに考えてみて下さい。 正解は次頁。
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