ライム物語
第四話 月曜日に妹が我侭を言う(3)
月曜日の昼過ぎ、コーポ・コポ。
トンカントンカン、ギコギコギコギコ… 釘を打ち、鋸を引く音が辺りに響く。
「建て替えた方が早いんじゃねぇか?」 椎三郎は、墨で引いた線にあわせて合板(どこからかくすねてきた廃材らしい)
を切りながらぼやく。
「そんなお金は有りません」
直射日光を避けて玄関から監督をしているアクエリアが応じる。
他のメンバーもボロアパートを外と内から手分けして修繕している。
作業着が用意できなかったので、色違いのジャージを着ているから日曜大工をしているお兄さん達といった風情だ。
「まぁ、土台はしっかりしているみたいですが」と恵布六郎が廊下の具合を調べながら言った。
「廊下と階段の傷み方が変ですねぇ?…なにか重い物が通ったような…」
「引越しの時の傷だろう」
「いや、傷は付いていないんだが…そう、床全体に重みがかかったような…それもしょっちゅう」
ギシッ… 床がきしみ姿無きアルテミスの声が響く。
”その事は詮索しないで…床はしっかり補強してください”
「…へぇ」 あいまいに恵布六郎が頷く。
そこにレンタカーの軽トラに乗って鶴元組長、英一郎、美囲次郎が帰ってきた。
荷台にはブロックやら瓦やらが山と積まれていて、彼らはそれを手際よくおろし始めた。
「なんか古くないです?この瓦」
「不良在庫を安く手に入れてきたんだよ、欠けて無いのを選るのに時間がかかってな…」
わいわいと騒いでいると、玄関の奥からプロティーナが駆けて来て、鶴元組長の足てを引っ張る。
「帰ってきたー。行くのー、昨日のアレでライム姉さまに挑戦するのー」
ぎょっとする鶴元組長以外の六人、そこにアクエリアの制止の声がかかる。
「プロティーナ!人型のときに裸で表に出てはいけません!」 彼女が黒い布切れを差し出す。
プロティーナはそれを受け取って広げた見る…アクエリアの着ている物を小振りにした黒いフード付きマントだった。
「やー!こんな黒い『てーてーぼーず』みたいなのはやー!」
”それを言うなら『テルテル坊主』でしょう…プロティーナ、裸で表に出るのはお行儀が良くありませんよ” 嗜めるような
アルテミスの声。
しかしプロティーナは手をパタパタさせて拒否の意を示す。
「まあまあ」と美囲次郎がしゃしゃり出てきた「ではこれで如何でしょうか?」
彼が取り出したのは赤いつば広の帽子と赤いワンピース、そして可愛い赤い靴。
「…それがいいのー!」プロティーナは喜んでそれを受け取り、その場で着始める。
アクエリアは、ため息をつきながらプロティーナをコーポ・コポの中に引っ張っていく。
すぐに帽子を被りワンピースを着て靴を履いたプロティーナが表に飛び出して来た。
『おー』 歓声を上げる一同の前でくるっと回ってみせるプロティーナ。
赤い服がピンクの肌に良く似合っている。
「さすがスケコマシの美囲の見立て」と鶴元組長が感心する。
「じゃぁ行くのー」
そう言って鶴元組長を引っ張っていくプロティーナ。
「これ、プロティーナ!人目につくような真似をしては…待ちなさい!」
仕方なく着いて行く六人とアルテミス。
「いいのかなぁ…また騒ぎになるぞ?」
「うむ、一応準備はしてあるが」そう言う美囲は、いくつかの紙袋を下げていて、中から何か取り出と顔に被る…それは
覆面だった。「これで顔は隠せる」
「あっずるい!」「俺も!」「慌てなさんな、全員分用意してある」
そう言って六人は覆面を被ってしまい、若手レスラーの団体さんみたいになった。
丁度その頃、金雄、ライム、十文字は大学からの帰途にあった。
「十文字、それは?」「なあに、ちょっと遊んでみただけさ」
十文字はいわく有りげにメモリ・カードを示す。
ミミッ… (ねぇ、あの人…) ライムが金雄の耳を引っ張って、背後を示した。
「ああ…判ってる」頷く金雄。
彼らの後をつけてくる二人の男…緑川教授と爺七郎である。
「あの…教授?」
「しっ!爺君、彼らに気取られる」
「はぁ…」
「あの緑の少女…あれは生き物だ!ひょっとして…宇宙から?いや、それは無理があるな…うーむ」
ぶつぶつ言いながら歩く教授、その後を仕方なく着いて行く爺七郎、その前を行く三人組、彼らが『マジステール通り』
商店街に差し掛かった時、大きな声が彼らの足を止めさせた。
「あー!いたのー!」
頭に鉢巻をした大工の棟梁の様な禿親父…鶴元組長を従えた赤い服の少女が金雄達を…金雄の肩のライムを指差し
ている。
「うん?…アクエリアさん!?」 金雄は少女の背後の覆面集団の中心に、すっかりお馴染みになった車椅子の黒マントを
見つけた。
(おや?あの子は誰だ?)金雄の頭に沸いた疑問が、選択の機会を奪うことになる。
「まぁ!昨日のお兄さん達!?」と買い物のおばさんたち。
「おっ!今日もやるのか!?」 とマジステール大学の学生達。
あっという間に野次馬が集まって人垣を作る。
「あー」 辺りを見回してため息をつく金雄。 いきなり注目の的になってしまった。(恥ずかしいなぁ…どうしよう)
もっとも、思わぬ展開にまごついていたのはアクエリア達も同じではあったが。
「ライムねーちゃん!」赤い服の少女がライムを指差して叫ぶ「プロティーナも凄い事ができるもん!だから挑戦する
もん!」
ミッ? (はぁ?) あっけにとられるライム?
「ライムねーちゃん…じゃあ、あれはライムの妹か?」
皆の疑問をよそに、プロティーナはきょろきょろと辺りを見回し、叫んだ。
「解説!解説の人はどこー!」
「あーはいはい」仕方ないなと十文字が出て来て、プロティーナに手を出すと彼女がその手にタッチする。
『来た来た来た来た!彼女の名はプロティーナ!マダム・ブラックの末娘にして最強力のスライム!』
「なに!最強!?」
『いや、最強じゃなくて最強力。つまり最も力の強いスライム!なぜなら、彼女は体の殆どが筋繊維で出来ている
筋肉スライムなのだ!』
「プロティーナ、強い!」ガッッポーズを取るプロティーナ。
『その体は流動性に乏しいものの、五人姉妹の中で最も粘性が高い!ゆえに骨組み無しで人型を取ることが出来る!』
「プロティーナ、えらい!」
『但し粘性が高く、繊維質が多い分、変形に手間と時間がかかる』
「むー…」むくれるプロティーナ。
「はいご苦労様」とアクエリアは十文字の解説を止めさせるとライム見た。
ライムは金雄の頭に寄り添って身を硬くする。
アクエリアは金雄と同じように辺りを見回してため息をついた(仕方ありませんね)。
彼女は頭を上げると、ライムに話しかける。
「ライム、今日は貴方を連れ戻しに来たわけではありません」
ミミッ? (じゃあなにしに来たの?)
「プロティーナが貴方に挑戦したいと言っています…その、昨日のアレで」
ミッ? (アレ?)
頷くアクエリア。
金雄は十文字と顔を見合わせた。
「どうやら、昨日のアレをやれ…ということらしい」
「アレ…アレを?…なんでだ?」
「さぁ…まぁいいか」(恥のかきついで…開き直るとするか!)
金雄がライムに手を差し出すと、彼女は手のひらの上に移る。
「ライム、夕べ考えたのをやるぞ!」
ミミッ! (OK!)
金雄が両手を斜め左上に向けて構え、右手の上で蹲るライム。
「粘着!」 ミミッ!
ポーズを決めた二人の声が辺りに響く!
「スポンサーは接着剤の会社かぁ?」
野次馬の突っ込みに金雄がこけた。
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