ライム物語

第四話 月曜日に妹が我侭を言う(1)


トテトテトテ…ピタッ、トントントン… 「おーい、金雄君、学校行こう」

ミーミミミミミッ(あら十文字ちゃん、あの子ったらまだ寝ているのよ) ドアの向こうからライムが返答した。

「…何を言っているのか何となく判るよ、ライムちゃん」 十文字は苦笑しながら扉を開けると、ライムと金雄が眠そうにしている「ありゃ?

寝不足…まさか」

「ちゃうちゃう」ぱたぱたと手を振る金雄「昨晩、横になってから相談を始めたら、思いのほか夜更かししてな」

「相談?」聞き返す十文字に頷く二人。


−昨夜、ベッドの中で−

「名前がいるな…」

ミッ?(名前?)

「うん、ヒーローやヒロインには本名とは別に…何か格好いい名前をつけて正体を隠しているものなんだ」

ミー…ミミミミミミッ?(うーん…芸名とかペンネームとかいうモノなの?)

「いや、そう言うのとはちょっと…」

ミッミミミ?…ミミミッ!ミミッミミミミミミミッ!(何でそんなことを?…判った!昼間みたいなことがあった時ソンガイバイショウとか言うのを

されない為ね!)

「…いや、まぁ…そうかも知れないけど…」


「…でずっと名前を考えていたのかよ?」あきれる十文字「またアレをやる気か?」

「ライムやアクエリアさん達の正体を隠すためにな」以外に真面目な口調で金雄。

「?」

「昨日みたいに、アクエリアさんが手段を選ばすライムを連れ帰ろうとしたらまずいだろう?で昨日の騒ぎは俺達のパフォーマンスだと

思われてるらしいから」

「おい…まさか、この先ずっとアトラクション好きの大学生のゲリラ・ショーだって誤魔化そうってのか!?」

昨日の騒ぎが商店街でどう思われたか、十文字が帰り道で二人に説明し、ショーのスーパー・ヒロインだと思われたと聞いて、ライムが

喜んでいた。

「其れだけじゃないがな…まぁ格好を付けたいというか…」

「能天気なやつらだ…」ため息を付く十文字。しかし、他にいい考えも無いしそう言う『ノリ』は嫌いではない「まぁ仕方ないか」

あっさり同意すると、次に何か起こったときの手順を打ち合わせながら大学に向かう。


さて、もう一組の能天気な連中はどうなったか…日曜の夜、アパート・コーポコポに話を戻す。

「アルテミス、表で騒いでいる方達を…」

”帰っていただきますか…”微かに笑いを含んだ声が響く。

「いいえ、ここに来ていただきなさい」

”え?”「お母様?」 姿の見えないアルテミスと黒マントのアクエリアが聞き返す。

マダム・ブラックは応えず、身振りでアルテミスを促した。


「そーれ、責任とって雇いやがれっと!」野太い声で怒鳴る鶴元組長。

「親分…」椎三郎が小声で尋ねる「賠償金を要求した方が簡単じゃないですか?」

鶴元組長はじろりと椎三郎に視線を送り、顎をしゃくって玄関の上を示した。。

「よく見ろ、マイク付き監視カメラだ。録音もされてるだろうよ」

『お』何人かが驚きの声を漏らす。

「最近は別に珍しくはねぇが…面倒を起こせば証拠が残る」太い眉をよせる「仮出所中の俺達が金なんぞ要求してみろ、脅迫行為とみな

されたちまちムショに逆戻りだ」

「ははぁ…それで」納得してみせる椎三郎。 もっとも、住宅街で大声で騒げはどのみち同じ事なのだが。

「よっしゃ!それ、責任とれぇ!」


カラカラカラ… 軽い音を立てて、いまどき珍しい飾りガラスの入った引き戸が開く。

「おお…お?」玄関には人の姿が無く、廊下の先が闇に消えている。

思わず奥を覗き込む七人の目の前に、和服姿の女がすうっと浮かび上がった。

『どうわっ!』揃って尻餅をつく七人。 黒髪だが彫りの深い顔立ちは日本人のようには見えない。

「どうぞ…お母様が話を聞くそうです」そう言って七人を招いた。

鶴元組長と子分達は顔を見合わせ、和服の女の招くままに玄関に靴を脱ぎ捨ててあがり込んだ。

女は彼らの先に立つと、妙に頼りない足取りで薄暗い階段を上っていく。

ギィィィギィィィ 女の足元で悲鳴をあげる階段の音にぎよっとする子分達。

「なんか…妙じゃないか」「親分…」「やかましい!」

不安げな子分達を一括し、鶴元組長はミシミシ音を立てて階段を上っていく。

階段を上がって最初の部屋の前で女が待っていた。

「お母様は中に…」

「おかしら…じゃなかった親分」と英一郎「本当に大丈夫ですか?ここの連中は普通じゃありませんぜ…」

「し、心配するな」不安を押し殺して応える鶴元組長を先頭に、勢いよくドアを開けて中に入る。

「おぅ、責任者はだれでぇ」

「私です」ぬらりと黒い女が前に立つ「貴方達ですか、雇われたいと言うのは。私の娘に手を上げ、足で蹴ってよくもそんなことが」

鶴元組長以下一同はどんぐり眼をぱちくりさせた。(…ば、化け物!!)

「…あー…すみません部屋を間違えました」そう言うなり七人全員が回れ右をして逃げ出した。

「アルテミス、逃がしてはいけません!」

”はい”

ドタドタドタ… 七人分の足音がやかましく部屋に響くのだが、なぜか彼らとマダム・ブラックの距離が変わらない。

「何故前に進めないんだ!」「見えない壁でもあるのかぁ!」「何にも無いぞぉ!」

十畳ほどの部屋の真ん中で、七人は全速力走っていのに前進できないでいた。


しばらくして、全員息が上がってへたり込んでしまった。

「さて、では話の続きをしましょうか」マダム・ブラックは上半身だけ人型にし、下は太い蛇のような形になって七人に迫ってきた。

「あー…えー…娘さんと言うのは、ひょっとしてあの緑の仮○ライダーもどきの…」そう言いながら後ずさる…が、背後の6人に突き当たった。

「大事な娘のライムです」ずいっと顔を近づける。

「いえ…まぁ…てっきりその娘さんに殴られたのかと」鶴元組長はしどろもどろになりながら、マダム・ブラックと『交渉』を始めた。


「なに?雇われていたところ首になった?」マダム・ブラックはアクエリアをちらりと見た「うちの娘達のせいで…それは悪いことをしましたね」

「そ、そう思うならせめて何がしかの賠償金をよこせ!」やけくそ半分で言ってみた。

彼は脅しているつもりなのだが、床にへたり込んでいるのでだからさっぱり怖くない。

マダム・ブラックは腕組みをして考え込む「お金…しかし私達も裕福と言う訳では……ん?」

マダム・ブラックが言葉を切り、部屋の片隅を見た。 つられてそちらを見る一同。

「なんでぃ?あのピンクの玉は」

鶴元組長が知る由もないが、プルプルと震えているそれはプロティーナ、マダム・ブラックの末娘だった。

彼の言うように色はピンク、と言っても人間の肌の色に近いそれだ。


プロッ…プロプロプロッ…プロッ!(ライム姉ちゃんにできるなら…ブロティーナにもできる…もん!)

不意にプロティーナがコロンと転がった。

部屋の真ん中で、丸い玉が膨れたり縮んだりくびれたりしている様を、あっけに取られてみている一同。

「なんか…学校でならった蛙の卵がおたまじゃくしになるところみたいですねぇ」と恵布六郎。

「そうかぁ…おたまじゃくしと言うより蛙じゃないか?手足が出てきて…」これは井伊五郎。

彼らの言うように、丸い卵だった物が生き物の形に変わっていくように見える。

プロロロッ! にゅっと足がでた。

プロッ!   今度は手が出る。

プロロロ…「よいしょ!」頭が出る、途端に声が明瞭になった。

プロティーナは皆の目の前で球状の体を『人間の女の子型』にする事に成功した。

「おおおっ!」「あらっ!」”まぁ…”「シャッ!」マダム・ブラック、アクエリア、アルテミス、スカーレットが歓声を上げた。

『げげっ!』妙な声を出したのは鶴元組長以下7人。 その訳はプロティーナの体形と色にあった。

プロティーナは10歳ぐらいの女の子の形になったのだ。 そして色は肌色。 髪も目も肌色なので、全身を見れば等身大の幼女フィギュアの

ようだが、首から下だけならば立派な(?)裸の幼女である。

視線を下げれば毛のないスリットが妙にリアル…つい赤面しもぞもぞと腰を引く七人。

「こ、これは…」「なんかやばいんじゃないの?」

「ああ…ついにお前も人型を…しかも『骨』抜きで」思わず目頭を押さえるマダム・ブラック「母は嬉しく思いますよ…」

「うん!プロティーナやった!」ペタンとした胸をぐいっと張るプロティーナ。 

ペチペチペチ… アクエリアとスカーレットが拍手でプロティーナを称える。


一方、事情が呑み込めない鶴元組長以下七人。

「なんかよく判らんがめでたいのか?」「そのようですが…」「親分…もう帰ったほうが良くないですか?」

プロティーナはこそこそ相談している七人をしばらく眺めていたが、何を思ったのかとことこと7人の傍に歩み寄り、鶴元組長の傍で立ち

止まってげじげじ眉毛の禿親父をじっと見つめる。

「な、なんでい…」気恥ずかしげな鶴元組長。

プロティーナは鶴元組長のズボンをわしっと小さい手で掴むと、マダム・ブラックの方を向いた。

「これがいい。これでプロティーナもライム姉ちゃんをするの〜」

「はぁ?」意味が判らず困惑する鶴元組長。 

マダム・ブラックも同様に困惑したものの、すぐにプロティーナの意図を理解した。

鶴元組長を骨組みにして『ライム』の真似をすると言っているのだ。

「これプロティーナ、よりにもよってそんな悪趣味なのでなくて他に手ごろなのがいるでしょう」

「何を言っているのか判らんが、何かひどい事を言われているような気がするぞ」 むっとする鶴元組長。

「やー!これがいいの!」床に転がって手足をばたばたさせて駄々をこねるプロティーナ。 


マダム・ブラックはしばらくプロティーナを宥めていたが、プロティーナはどうしても鶴元組長がいいと言い張った。

「しかたがありませんね…貴方達」マダム・ブラックは鶴元組長に顔を向けた「一括請負でなら雇いましょう」

「請負?」鶴元組長が首をかしげた「…仕事をくれると言うのか?で、何をやれば良いんだ」

「細かい内容は後で提示しますが…そう、お客様の勧誘、送迎、アパートの営繕…そして、子守」

「子守だぁ?」渋い顔の鶴元組長「いやだと言ったら?」

「いやなら別に構いませんよ」悠然とマダムが言う「貴方達が押しかけてきたのでしょう?困っているのでは?」

「くぅぅぅ…」悔しげに唸る鶴元組長「わあったよ」

「取り合えず、仕事ぶりを見させてもらいますよ。たった今から一週間。宜しいか?」

是非も無い。両手を挙げて降参した鶴元組長は立ち上がった。

「それで?まずはこの『お穣ちゃん』を寝かしつけるのか?」いいながらプロティーナを『いい子いい子』する。

「プロティーナ、これと『する』のー」無邪気に言うプロティーナに七人が目を剥く。

「ちょっと待てぇ!…いや、『お穣ちゃん』が…とんでもない事を口走って…いや意味を知らずに…」あたふたする鶴元組長に怪訝な顔を

するのマダム・ブラック。

「貴方…まさか不能なのですか?」

「ち、違っ…いや…おい、お前らも何とか言え!」最早パニック状態である。

業を煮やしたプロティーナが鶴元組長に抱きつきズボンに手を掛ける。

「これ、プロティーナ!」マダムの叱責に鶴元組長はほっとしたが、すぐに青ざめる「空き部屋に持っていってしなさい!」

プロティーナは嬉しそうに頷くと、鶴元組長の足首を掴んでいずるずると引きずっていく。

「わー、ちょっと待て!…なんて力だ!?あれぇー!」

悲鳴をあげる鶴元組長を引きずったまま、プロティーナは部屋を出て行き、後には青ざめた顔の子分達とマダム・ブラック、スカーレット、

アクエリアが残った。

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