ライム物語

第三話 日曜日にはお買い物(5)


フゥゥゥゥゥゥーハッ!

両手を交差し、じわじわと広げながら深呼吸をする…ように見える『ライム』

鶴元組長は数歩の距離を置いてその動きをじっと睨む。

「小娘、体の具合でもおかしくなったか」歯を見せてぐふっと笑う。

今は只のはげ親父だが元はヤクザの組長、喧嘩の場数は踏んでいる。

うぉぉぉぉ! 吼えながら『ライム』に向かって突進する。


”このぉ!” パンチを出そうと右手を引く金雄。

’きゃー!’ 思わず手を前に出すライム。

『ライム』は右手を引いて殴りかかろうとする格好のまま固まり、そこに突っ込んでくる鶴元組長。

”わわっ!”金雄が慌てて手を突き出した。

ブンッ 溜め込まれたライムの力と金雄の動きが重なり、空気を裂いて『ライム』の張り手が鶴元組長めがけ突き出される!

ズムッ! 鶴元組長の厚い胸板に『ライム』の張り手がもろに決まり、その体をはじき飛ばしす。

「わぉわぉわぉわぉ!?」 微妙に音程変化させながら、鶴元組長は縦回転しながら飛んで行く、ガラスのショーウィンドゥめがけて。

「ああっ親分!」悲鳴をあげる英一郎。 そして金雄とライムも。

’危ない!’ ”このままじゃ大怪我だ!”

見守る一同の背筋に冷たいものが走った。


ザッ! バッフン!  おおー… 派手な音がして、一同が安堵のため息を漏らした。

幸いと言うべきだろう。 鶴元組長の太い足が地面に触れて軌道が変わり、彼の体は寝具店『ザ・シング』の店先に立てかけてあった

『お徳用、低反発マットレス付き布団セット』にめり込んだ。

「うう…」 目を回した鶴元組長は、マットレスに親父の形を残して地面にへたり込んだ。

「…た…退却ぅぅぅ!」 英一郎が叫び、鶴元組長を担ぎ上げる。

ヌラー! 地面に倒れていた他の連中が一声発して跳ね起き、あるものは英一郎を手伝い、またあるものはアクエリアの車椅子に駆け

寄る。

「え?ちょっ…ちょっと…まだライムが」アクエリアが静止する間も無く、一同は風のように去っていった…アクエリアを連れて。


後に残された『ライム』と十文字は顔を見合わせた。

「あー…ライ…いや…そうだ、君の勝利だ!」十文字はライムの肩を叩く

「…勝った…」『ライム』はゆっくりとガッッポーズを取る「勝ったー!」

わー!! ぱちぱちぱち… 訳もわからず歓声を上げる買い物客や野次馬の皆さん。

トントン 喜ぶ『ライム』の肩を誰かが叩いた。

上気した笑顔で振り返った『ライム』は怖い顔の町内会長と正面から向き合い、その笑顔が戸惑いの表情に変わる「…あの…何か?」


町内会長は『親父の型のついたマットレス』を指差して言った「うちの商品…どうしてくれる」

ぱちぱち… 拍手がだんだん静まっていき、気まずい静寂が訪れた。

「えーと…」『ライム』は困ったように視線をさ迷わせるた、そして。

ビュルルルルッ 一瞬で金雄を包んでいた『ライム』がライムに戻り、すばやく金雄の背中に隠れる。

「えっ?」 ぽかんとした顔の金雄に町内会長がずいと顔を突き出して来た「あ…その…(ライムゥ…)」

金雄の背中側に張り付いたライムがフルフル震えて謝る。

ミーッミミミミミッ…(ごめん、金雄)

金雄は十文字とマットレスに歩み寄り、ビニールの包装の上からパンパンと叩いて形を直し、二人で両手を左右に広げた。

「セーフ!」 上目遣いに町内会長を見上げ、愛想笑いをする。

町内会長はニタリと笑い、親指を立てた拳を突き出すと、それを下に向けて一言「アウトッ!!」

『買い取らせていただきます』 ぺこぺこ頭を下げる二人だった。

「うーむ」 三々五々と散っていく買い物客の中で、緑川教授は一人唸り続けていた「彼らから目を離すわけにはいかんな…」

教授の視線の先には、マットレスとセットの布団一式を抱えて帰って行く金雄と十文字の姿があった。


「…という訳でお母様」アクエリアは疲れた様子でマダム・ブラックに商店街での騒動を報告している「申し訳ありません。ライムを連れ

帰ることができませんでした」

深々と頭を下げるアクエリアにマダム・ブラックはねぎらいの言葉をかける。

「謝ることはありませんよアクエリア、貴方が無事でなによりです。それにライムがそんな力を身につけていたとは…喜ばしいことです」

黒い不定形の塊に腰をかけた漆黒の女神が嬉しそうに言う(どっちもマダムの体なのだが)

「人間を支配する力が弱く、体も小さかったあの子が…立派になって」そっと涙を拭う仕草をする。

”お母様、これからどうしましょう?” 宙に響く心配そうな声は姿無きアルテミス。

「無理にライムを連れ帰らないほうが良いようですね。しばらく好きにさせてみましょう」

「お母様?いえもう一度私がライムの所に」 プロロロロッ! シャシャー!

アクエリア、プロティーナ、スカーレットが声を上げるのをマダムが制する。

「ライムは大事ですが、お前達も大事です」そう言って、車椅子座ったアクエリアとピンク…というより肌色の塊のプロティーナ、透き通った

赤色の塊のスカーレットを順に見る「ライムはまだ帰るつもりが無いようです。無理をすればお前達が危険になるかもしれません」

それを聞いて静かになる娘達。 マダム・ブラックが自分達を大事に思っている事をいまさらながらかみ締める。


そこに表から騒々しい声が響いてきて、いい雰囲気をぶち壊す。

’おい、マント姉ちゃん!お前のせいで首になったぞ!!’ "そうだそうだ!!"

’責任とって職を世話しろ!!’             "世話しろー!!"

「アクエリア」 「は」

「あれは?」  「はぁ…それが成り行きでここまで着いて来て…」

小さくなったアクエリアが説明を始める…


「やれやれと」金雄と十文字が真新しい布団部屋に積み上げた。

「とんだ散在だな…しかしベッドはあるし、どうする?これ」

「うん。ライム用だな、大きすぎるが」

ミッ!?(ライムの!?) 金雄の肩の上でライムが聞いた。

「ああ…どした?」

ミーッ!ミッー! 金雄の肩の上でぴょんぴょんとはねるライム。 喜んでいるようだ。

ミミミミミミッ!ミミミミミミミッ!(いままでずっーと、皆で固まって寝ていたの!だから…ライムの…ライムのお布団!)

「あらあら」喜んで床を跳ね回るライムをほほえましく思う二人だった。


「じゃあ電気を消すよ」金雄がベッドの上から床に敷かれた布団に潜り込んでいるライムに声を掛けた。

ミッ! 布団の端っこからチョコンと顔を覗かせたライムが頷く。 人形が人間用の布団に寝かされている様だ。

照明を消灯・待機モードに切り替えると部屋が暗くなる。

「おやすみ…」

ミュー…


……………………チッ… 

微かな音にライムはそっと辺りを伺う。

ライムは真新しいシーツの大海に横たわり、羽ブトンの大波を見上げている。

ミミュー…

今までは眠るときは誰かが傍にいた…マダム、アクエリア、スカーレット、プロティーナ…そして金雄、でも今は右をみても左をみても自分

だけ…

ミッ! 自分の弱気を叱り飛ばし上を見る。 闇に慣れた目が天井の汚れを見つけた…それがライムを見ている。

ミヒャッ… 思わず羽布団を被った…つもりだったが、実際はマットレスと羽布団の隙間に潜り込んでいた。 そのまま白い闇の迷路を

さ迷うライム。


スサスサスサ… 微かに布が擦れ合う音に金雄はそっと横を見る。 ライムの頭が見えない。

「?」 目線を動かしライムの姿を布団に捜す… いた、小さな膨らみが滑らかに動いて行く。 それが端に到達すると、ライムが顔を覗か

せる。 

「…ぷっ…」 微かに笑う金雄。

ライムはしばしそこに留まっていたが、また顔を引っ込めた。 するすると移動していく小さな膨らみ。 どうにも落ち着ける場所が無いようだ。

金雄は少し考え、腕をベッドから落とした。

パサリ ライムの布団の端に触れた手が微かな音を立てる。

布団の小さな膨らみがピタリと止まり、一直線に金雄の手に迫って来た。

金雄の手が振れている布団の端から、ライムが顔を覗かせ金雄と目が合う。

ライムは一瞬躊躇し、すぐに金雄の腕を伝って上って来ると、そのまま金緒の胸元に滑り込んだ。

ミミッ?ミミミミミッ ミミミミミッ (さみしいのか?しょうがないな金雄君は。一緒に寝てやるぞ)

胸元からチョコンと顔を出したライムがそう言うのを聞いて、金雄は微かに笑う。

こうして騒々しい日曜日が終わった。

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