ライム物語

第三話 日曜日にはお買い物(2)


ずらりと並んだ6人の男達、彼らを従えるようにその前に立つ一人の中年の男、それが声の主らしい。

禿頭に太い眉、一度見たら忘れられず、泣く子も泡を吹いてひっくり返るという迫力満点の風貌、その男がずらりと並んだ子供達を相手に

準備体操の指導をしている。

「はい、お手々ぶらぶらキュースーパー」 当人は作り笑いをしているらしいのだが、歯をむき出したゴリラが相手を威嚇しているようにしか

見えない。

もっとも子供にとってはただのうるさいおじさんにしか見えていない様で、まじめに体操をやっているのは半分もおらず、あとはふざけて話を

したり、プールから水をすくってかけたりしている。

「はい、坊や。ちゃんと体操しないと心臓麻痺を起こすよ。キュースーパー」

「うっせえや。バーカ」 

『禿親父』の顔が引きつり、額の辺りで太い血管がピクピクと脈打っている。

(このガキどもが…いかんいかん、今は我慢だ…我慢我慢我慢)


一方、『禿親父』の背後で体操の実演をしている男達も、ひそひそと話をしていた。

「やれやれ…爺みたいに手に職があればなぁ」

「ったく…何が『再生人間…』、あれ『人間再生法』だっけ?なあ恵布?」

「『人間再生支援法』ですよ。俺達みたいに刑務所で立てとかで職がもらえない人間に、自治体が優先して職を割り当てる…でプールの

指導員だなんて」

「大の男が七人がかりでやる仕事か?」

ぶつぶつと文句を言っている。

この男達は、元非指定暴力団鶴亀組の組長とその構成員達であり、『禿親父』が元組長で鶴透、後ろに並んでいるのが構成員の英一郎、

美囲次郎、椎三郎、出井四郎、井伊五郎、恵布六郎である。

数年前に、組ぐるみでATMにVTRカメラを仕掛けようとして失敗し、8人全員が刑務所に入っていて先日出所したばかりであった。

8人のうち爺七郎という男だけは、組み込み制御プログラムの経験があったため大学教授の研究手伝いの職が得られたのだが…

「ム所で仕事を覚えられるたって…需要が無けりゃなんにもならねぇぞ」と英がぼやく。

「全く…あれ?」 端の方で手を上げ下げしていた恵布がプールの反対側を指差した。 

他の5人がそちらを見て驚く。 車椅子に乗ったフード付きマント姿のアクエリアがプールに足…というかマントの端を浸そうとしている。

「ちょっと、そこの…身障者の方!服を着たままプールに入ってはいけませんよ!」

「伊井、そういう問題じゃねぇだろう。あのう、身障者の方は補助が必要なので事前申請が…」

「それこそ違うだろう」

「ごちゃごちゃうるせぇ!」 背後の騒動に、鶴元組長が振り返って怒鳴り、次にアクエリアに声を掛ける「ちょいとあんた!常識のない

真似をしないでくれ!」

鶴元組長の言葉にアクエリアが呆然とする「え?あ…ごめんなさい」

アクエリアはびっくりした様子で鶴元組長に謝り、車椅子を回すとどこかに行ってしまった。

「なんでい?あれは?」 その様子を見て、太い首を傾げる鶴元組長達だった。


「うーん…水に入れれば」『屋内プール』の通路を行ったりきたりしているアクエリア。

怪しいことこの上ないが、幸い辺りに人はいない。 

しばらくそこで考えていると女性の声でアナウンスが入った。

『お昼になりました。お昼休みは厳守して下さい…おらおら、そこのバイト親父どももとっとと休め。あたしらが休めないじゃないか…って

キャー!スイッチ切れてない!』

アクエリアが振り返るとプールの中から人が上がってきて、ゾロゾロと奥の扉に向かって行くではないか。

「『シャワー室』…そうですわ…」

カラカラカラーッと車輪の音を響かせて、アクエリアは外に出て行った。


一般客がシャワー室から出て行くと、入れ替わりに鶴元組長以下七名がシャワー室に入って来た。

「ちっくしょー、言いたい放題言いやがって」と英一郎がはき捨てた。

「親分…じゃなかった『臨時雇い代表』」これは美囲次郎。

「なんでい」渋い顔の鶴元組長。

「もっと割りのいい仕事を探しましょうよ」

「そんなもんあるか」そう言って美囲をねめつける「お前らは爺みたいにいい会社に入って奴が身を持ち崩したって訳じゃねえだろう」

そう言いながらシャワーを浴び始め、他の者も鶴元組長にならう。

「お前ら、その『ゴムシャッポ』と『潜水眼鏡』は取らんかい…む?」 不審げに上を見上げる鶴元組長「妙に粘る…うおおっ!?」

鶴元組長の浴びていた水が粘性を増し、体に纏い付き自由を奪い、ムチのような水の流れが水泳パンツに滑り込んでくるではないか。

「やめれ、このスケベ水!?」「うわっ?」「ひえっ!?」

見れば全員同じような目に会っている。

「なななな…ここここここ…これはぁぁぁぁぁ!!」一際けたたましい反応を示しているのは英一郎「やややや山小屋で出会った化け物の

ようなぁぁぁ!!」

「なんだと!手前の知り合いか!」「何とかして下さい!」事態が把握できずに英一郎を責める一堂。

実は彼らが刑務所行きになる直前、隠れ家にしたログハウスでスライム状の化け物の襲来を受けていたのだ。 

但し、その時正気だったのは英一郎だけだったので、彼以外に『これ』の記憶は無い。

もがく七人を、無数の透明触手と化したシャワーが襲う。


「むっ!」『市民プール』の前で立ち止まりマイクを取り出す十文字「来たっ!」

「なにが?…」一緒に歩いていた金雄と肩の上のライムが怪訝な顔をする。 はっとした金雄が慌てて小走りに走り出した。

『アクエリアの特殊能力!水に体を混ぜて巨大化することができる!最大でプール一つ分程にまで大きくなり、一度に大勢の人間を『洗脳』

できる!しかし代わりに粘性が落ち、巨大化している間はその場から動けない!』

一気にまくし立てた十文字ははっと正気に戻る。 通行人が彼を遠巻きにし、痛ましそうな視線を注いでいる者もいる。

金雄達を捜すと、はるか離れた所を小走りに去っているではないか。

「薄情者ーっ!」慌てて去っていく『友』を追いかける十文字。


あぁぁ… 陶然とした顔で呻く七人の男達と、それぞれに寄り添う七体…いやそれ以上の『水の美女』達。

屋上の水タンクにアクエリアが入り、七人がシャワーを浴び始めるのと同時に『アクエリア・シャワー』を浴びせかけたのだ。

逃げようとする男達の足を『水の触手』が絡めとって床に転がすと、浴びせかけられる水がアクエリアの『唇』『舌』『乳』そして『秘所』と

なって男達を責めなぶる。

「助け…へっ」妙な声を上げて恵布が固まった。 

体にのしかかる透明な塊が騎乗位で跨るアクエリアの形になったと思った瞬間、恵布六郎の頭が真っ白になる。

腹ばいになって逃げようとする井伊五郎は、背中に冷たい乳の感触に驚いて振り向いたと思ったら、股間を女の手の形の水に掴まれ、

二揉みされるともうぼぅっとしてされるがままになる。

拳闘の構えでアクエリアにパンチを食わせた出井四郎は、アクエリアの体にもろに突っ込み包まれたと思ったらあっけなく放って呆けてしまう。

椎三郎はシャワーを止めようとバルブに手を掛けたが、そこにアクエリアの手が重ねられ、振り向いたと思ったら冷たいディープキッス。 

あっさり魂が抜けた様な状態に。

美囲次郎は体を重ねてくるアクエリアを逆に愛撫して落とそうとした…がアクエリアが三人にふえて、お尻、口、男性自身の三所攻めに

会って降参した。

パニックに陥った英一郎は大事なところを抑えて逃げ回っていたが、足を取られてひっくり返ったところに69の体制でアクエリアが覆い

かぶされられ、冷たい水の舌で陰嚢を内から舐められて昇天した。

「やりおるな、小娘ども」まとわり付くアクエリア達を振り払い仁王立ちになる鶴元組長。

腰を落とし、拳を握り締めてガードを固める。 しかし…

「はにゃ?」 床の水溜りから生えたアクエリアが水泳パンツをずりおろしして、太いモノを咥えてねぶっている。

「ひ…ひきょ…ょょょょょょ」 あっさり白目を剥いてしまった。

幸せそうな顔で床に倒れた七人の上を、水そのものと化したアクエリアが滑りフィルムを逆転させたような動きでシャワーに戻っていった。

少ししてマントに車椅子の姿に戻ったアクエリアがシャワー室の入り口から入って来て声を掛ける。

「立ちなさい」

アクエリアに命じられるまま、呆けた表情でのろのろと立ち上がる鶴元組長以下七名。

「お前達はしばらく私の命じるままに動くのよ。いいわね」

七人は一斉に右手を斜め前に突き出して叫んだ。

ヌラー!!


「こらこらこら、お前ら仕事はどうした!」アクエリアの車椅子を押してプールから出て行こうとする七人を『市民プール』の責任者が詰問する。

しかし、七人はそちらを見ようともしない。

「貴様ら首だ!」 最後通告を投げつけられても、七人は表情一つ変えない(当たり前だが)。


「さて、ライムの所に…あれ?」アクエリは通りのずっと先に、ライムを肩に乗せた金雄が背中を見せて歩いているのを見つけた。 ライムが

何か着ている様なので買い物は終わったらしいがアクエリアはそんなことは知らない。

「うーん…後をつけて人目につかない場所でライムを取り返しましょうか…」アクエリアは鶴元組長以下に指示する「それ、目立たないように

後をつけるのですよ」

ヌラー!! 大きな声で一同は応え、アクエリアの車椅子を鶴元組長が押し、残りの者が後に続いて金雄達の後をつけ始める。


ところで、アクエリアはずっとマント姿でいても気にしていないが、これは彼女が人間のファションについてよく理解していない為である。

そのため彼女は気がつかなかった、鶴元組長以下全員が公道上で海水パンツ一丁で水泳帽をかぶって水中眼鏡をかけて歩いている事が

どれほど変かという事に。

目立つの目立たないのという問題ではなかった。

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