ライム物語

第三話 日曜日にはお買い物(1)


チュンチュンチュン… 雀達の鳴き声が金雄の鼓膜をくすぐる。

ギ…ギギギギ… まぶたが重い、油の切れた鉄の扉の様だ。

「どっこらしょ…うっぷ…」 金雄は上半身を起こし、口元を抑えた。

深酒をした土曜日の朝より気分が悪く、口の中に奇妙な味が溢れている。

重たい頭を巡らせば、辺りに散らばる大量の『赤マムシ』ドリンクが目に入る。

ミー…ミッミッミッミッ…

(ライム?) 声のするほうを見れば、布団の端にちょこんとライムの頭が見えている。 今のは寝息だったようだ。

(このビン…+ライム…答えは…) 気を失った自分の口に、せっせと『赤マムシ』ドリンクを流し込むライムの姿がありありと目の前に

浮かんでくる。 

(うーん…) 金雄は腕組みをしてしばし考えた。 アクエリアとライム、自分は二人に根こそぎ吸い取られてのびてしまった…からそれを

補給しようとライムが『アレ』をせっせと自分に飲ませたらしい。

「ライムなりの看病…しかしなぁ…待てよ…」 机に目をやれば、猫ミルクの空チューブが目に入る。

「あいこかな…」 金尾は苦笑し、すやすや寝ているライムにそっと声を掛けた「ありがとな」


トントン… 控えめに扉がノックされた。

「どうぞ」 

扉が静かに開いて十文字が中を覗き込み、金雄を見てほっとする。「よかった。無事か」

「随分な物言いだな」 金雄は再び苦笑し、十文字を中に入れた。

「すまん」十文字がいきなり頭を下げ、いぶかしむ金雄。

「本来なら救急車を呼ぶべきだったんだろうが…」十文字が口を濁す。

「俺の容態を説明できない…ライム達の事を抜きでは…」 ライムの顔を見たまま金雄が後を引き取る。

十文字は力なく頷き、顔をあげると金雄を見据えて言った。「…それで、これからどうする」

「…」 金雄は答えず、ライムをじっと見ている。

「昨日は無事だった…お前はな」十文字は一旦口を閉ざし、言葉を捜す「しかし、次は… どうなるか判らんぞ」

「超能力者の十文字君でもわからんのかね?」 ふざけた口調の金雄。 しかし十文字は軽口には乗ってこない。

「なぁ、ライムちゃんの事情は判らないが、アクエリア…さんはライムちゃんを心配して捜しに来ていた。それは間違いないだろう」

金雄は黙って頷く。

「だから、ライムちゃんを帰せば…丸く納まらないだろうか」

「そうだな」金雄はぼそりと言った「だが…ライムは家を出てきたといっていた。アクエリアさんがライムを連れて帰ったとして、その後は

どうなる?」

「?」首をかしげる十文字

「ライムがまた家出ををしたら?また行き倒れるかもしれん」

「むむ…」言葉に詰まる十文字「…しかし、それは彼女達で解決すべき問題ではないのか?」

「俺はな、ライムが猫だと思って拾った」金雄は呟く「ライムは猫じゃなかったが、拾ったからには最後まで面倒を見る覚悟が求められる…

と思う」

金雄は意外なくらい真面目な顔で十文字を振り返る「ライムが…自分の意思でここを出て行くまでは、多少のトラブルは覚悟しているよ」

「金雄…そこまで言うなら」十文字は立ち上がり、笑いながら言った「隣の部屋から暖かく見守らせてもらおう」

「このやろう…半分は本気だな」

「いや、七割は本気だ」

ミー… やかましい二人の会話にライムが目を覚ました。


「お母様、申し訳ありません」 アクエリアは悄然とした様子でマダム・ブラックに謝っている。

「アクエリア、お前が無事で何よりですよ。顔を上げなさい」黒い女神像の様なマダム・ブラックの言葉には、安堵、懸念、困惑が入り混じっ

ていた「ライムが人間の男に心奪われるとは…それとも何か事情があるのやら…」

考え込むマダムブラックとアクエリア。 アクエリアの背後には、赤い不定形な塊とピンク色の丸い玉に見えるスライムが控えており、フルフルと

震えている。

シャー!シャシャー!(まだるっこしい!私が行く!) 赤いスライムが鋭い叫びを上げた

「スカーレット、今度はお前が行くと言うの?駄目です、ライムが帰らないと言っている以上アクエリアと同じ結果になるでしょう」マダム

ブラックが赤い塊に諭すような口調で言う「大勢でいけば今度はお前達が危険です。ライムは大事ですがお前達も同じく大事なのですよ」

プロロロロロ?(ねぇ、プロティーナも人間を飼っていい?) 今度はピンクのスライムが問いかけるような響きの音を立てる。

「え?ライム姉さまみたいに人間を飼いたい?」唖然とするマダム「…プロティーナ。ライムは人間を飼っているわけではないのよ」

突然ピンクの塊が、床の上でじたばたと暴れだした。

プロプロプロプロプロ!!(やだやだやだやだやだやだ!!)

「これ、駄々をこねてはいけません」叱るというよりなだめるような口調のマダム。

「そうだ…お母様」アクエリアが顔を上げた「それです、他の人間を洗脳してライムを連れ帰らせましょう」

「え?」

「誰でも…いえあの人間より強そうな人間を洗脳して、あの人間を襲わせるのです」アクエリアが意気込んで話す「そしてライムを連れ帰ら

せるか、私がライムを連れ帰れば…」

『それではライムを助けてくれた人間にあまりな仕打ちなのでは…』 鈴を振るような声が響いたが、声の主の姿は見えない。

「アルテミス姉様、ライムが心配ではないのですか?」アクエリアがアルテミスをなじる。

「おやめなさい二人とも…」マダムはそう言って考え込んだ。

娘達はその様子をじって見守る。

「…仕方ありません。アクエリアの考えを取りましょう」マダム・ブラックが顔を上げた「アクエリア、ご苦労ですがもう一度ライムを迎えにいっ

てあげて」

シャー! プロロロッ!! 抗議の声を上げるスカーレットとプロティーナ。

「これはアクエリアでないと無理なのです」マダムは二人をなだめる「アクエリアよくお聞き。暴力的な人間が群れて行動していることがあります。

そういう連中はたいてい頭の中身も単純ですから比較的楽に洗脳できるはずです」

「はい」

「そう、6〜7人ぐらいの集団で、できるだけ頭の悪くて、力のありそうな人間を捜して洗脳し、ライムを連れ帰るのです」

「かの人間はどうしましょう。ライムと一緒に居る者達です」

「ライムを助けてくれたと言うのが本当ならば…」言葉を濁すマダム「わざわざ襲う必要はありません。でもライムを連れ帰るのを妨害する

ようならば容赦はいりません。しかしアクエリア、お前の身も大事です、危なくなったら逃げなさい」

「はい!」アクエリアは一礼すると、くるりと車椅子を回し、プロティーナが開けてくれた扉から廊下に飛び出した。

「階段に気をつけて…」

あれぇー!  ガシャン!!

「…」

なんとなく不安そうな一同だった。


「…と言われたものの、捜してみるとなかなか適当な人間がいないものね」

カラカラと車椅子で進みながら、通行人を物色する黒マントの女性(?)…怪しい事この上ない。

頭の悪そうなのはいくらでもいるが、これに『力のありそうな』と言う条件が加わると途端に数が減る。 それが集団でとなれば簡単には

見つからない。

さまようアクエリアは『屋内市民プール』の横を通り過ぎようとしていた。

『キュースーパー、キュースーパー、キューキュースースーパッパッパッ』

「?…なにやらおかしな声が聞こえて?」アクエリアは声のするほうを見た。

市民プールのプールサイドに並んだ子供達を前に、がっしりした体格の男達が準備運動らしきものを指導している。 変な声は、その掛

け声らしかった。

「いた…とっても頭が悪そう…」

【<<】【>>】


【ライム物語:目次】

【小説の部屋:トップ】