ライム物語

第二話 土曜日に追いかけられて(1)


ライムは金雄に猫ミルクを飲ませてようやく気がすんだようだ。

改めてライムを前にして、金雄と十文字が事情を聞く。

「それでライム…さん、君はどこから来たのかな?帰る…行くあてとかあるのかい?

ミッ… ミミミミミッ!

「ふむ、家はあるけど書置きして出てきた…家出してきたのか!?」

ライムの言葉は金雄にしか判ら無ず十文字が会話に入れない。そこでライムの言葉を金雄が繰り返す事で十文字に伝える、三人で

会話するときはこの会話スタイルとする事となった。

ミミッ… ミミッミッ!

「なに?いちいち聞かなくなたって、そこの超能力者に調べさせればいいでしょうって?はは、それは無理なんだ」

ミッ? ライムが首をかしげた。

「こいつの超能力はな、生物としての特性と、その個体の特徴に限定されるんだ。対象の心はその範疇に入らないらしい」

金雄の言葉に十文字が少し嫌な顔をした。

ミミッ?

「つまり、こいつが俺に触ったとしてもだ、俺の人間としての特徴…つまり大脳が発達しているとか言葉が喋れるとかだな…それと個体の

特徴…そう怪我をしているとか、腹が痛いとかが判る程度らしいな」

「それだけだって、大したものだぞ」 ぶすっと十文字か言う。

「まあな。しかし、役に立つのはどんな場合だ?柔道部に頼まれて対外試合についていった時は、先鋒の身長、体重、座高、背筋力、握力を

列挙して…身体測定なら便利だろうけど…」 からかうように言う金雄。「その後、うちの大学の女の子はこいつを避けるようになったぞ…」

落ち込む十文字。


ミアーッ ライムが呆れた様な声を上げた。

「おっと、それで結局どうして家出を…」

ミギッ! ライムは背を向けてしまった。

「触れられたくないんじゃないか?」 十文字が言った。

「うーむ」 金雄は腕組みをして考え込んだ「まあ、事情はわからんが、行く宛がないのならここに居てもかまわないけど…」

「この寮はペット禁止だぞ」 十文字が突っ込む。

ミギギギギッ!! ペット扱いにライムが怒り、十文字にも通訳なしでも判ったようだ。


「ま、ばれなきゃいいだろう…ところで十文字。なんか用だったんじゃないか?」

「ん?おおそうだ。緑川教授の実験の手伝いに行くんじゃなかったか?」

「おお…そうだった…」 沈んだ声で金雄が応えた。「大丈夫だろうな…今日は」

「…噂には聞いているがそんなに…アレか?」 十文字の問いに、沈痛な表情で頷く金雄

ミッ? 二人の会話について行けず、首をかしげるライム。

「まぁ仕方が無いか…ライム…さん」

ミミミミッ

「呼び捨てでいいって?じゃあライム。留守番を…」

ミミッー?

「嫌だって?仕方が無いな…後を付いて…は無理か。肩にでも乗っかって行くか?」

「おい…」露骨に顔をしかめる十文字「ちょっと変に見えないか?」

「そうか?」ライムをひょっいと肩に乗せながら金雄が応じた「いまどきこんな格好珍しくも無いだろう」

気にする様子も無く、金雄はライムを肩に乗っけると部屋を出て行く。 十文字は首を横に振りながら後に続いた。


ミィ… 表に出た途端ライムが声を上げた。

「どした?」金雄の問いに、ライムはただ首を横に振る。 金雄はそれ以上詮索しようとはせず、歩き出した。

ライムは感動していた。 世の中が違って見える。

今までは、外に出ることもほとんど無く、外出しても文字通り地を這い回ることしかできなかった。 そして夕べの体験…

しかし今、ライムは人の高さの目線で物を見ている。 こんなに景色が違って見えるとは思いもよらなかったのだ…

ライムそっと金雄の耳に寄り添い、この新しい景色を堪能した。


寮は大学の傍に立っていて、10分ほどで二人と一スライム(匹で数えるとライムが怒るので)は大学構内に入った。

「えーと一号大教室と…あれ、何をしているんですか?」

廊下を歩いていた一行は、台車に乗せたダンボールの木の葉を詰めて運んでいる男性に出くわした。

若いという言葉がそろそろ使えなくなる年齢の男は振り向いて応える。

「緑川教授の実験に使うんだ。君らも参加するのかい」

「ああ、新しい手伝いの方でしたか、僕は須他です。こっちは十文字」

「俺は爺。爺七朗と言う名だ」 そう言って笑うと、爺はゴトゴトと台車を押し、金雄達は後に続いた。


「おっ」「へぇ」 ミッ!?

一号大教室についた一行はちょっと驚いた。 机と椅子は隅に片付けられ、教室一面に真っ赤にビニールシートが敷き詰められている。

部屋の中央では、胡麻塩頭の白衣の男が、銀色の人形二対を前に何やらハンディターミナルを操作している。

周りを数人の学生が取り巻き、銀色の人形を指差して笑っている。

「教授、丁度垣根を刈り込んでいたので、葉っぱのとこだけもらってきました」 爺が声を掛けた。

「おお爺君か。ふむ緑色…好都合じゃ。それをこのシートに撒いてくれ」

「はいはい」 応えて、爺はダンボールから葉っぱを取り出して、ぱーっと撒き散らす。

金雄と十文字も訳がわからないまま爺を手伝う。

やがて、ダンボールが空になり『実験』の準備が整った。


「さて諸君」学生達を前に教授が切り出した「ここにあるのは諸君らも知っておるじゃろう…この春発売された人型のロボットじゃ」

そう言って教授が示したのは、玩具メーカが売り出した女性型人型二足歩行ロボット…通称『メイドロン』だった。

全身56(?)箇所の関節がフル稼働、使い方はユーザー次第、オプション豊富などもうたい文句と裏腹に、二足歩行できるマネキンという

のが実態である。

新もの好きの好事家には結構人気らしいのだが、一体百万円の値段に値するかどうか…

それはさておき、学生連は教授の意図を図りかねて首を捻っていた。

「断っておくが実験対象なのはこれではない。この『メイドロン』に組み込んだプログラムと認識装置じゃ。ほれ寮で実験してもらったアレじゃ」

ああ… 寮生がげんなりした顔をする。

「さて、ロボットが人間の間で働く場合の問題点は幾つかあるが、その一つに物体の認識と対処がある」そう言って、教授はハンディターミナルを

操作した「この二体はメーカの協力を得て、わしが研究中の認識装置と新式の対人インタフェースを取り付け、この爺君のプログラムが

ロードしてある」

ブーン… ファンの回る音がして、学生達が見守る中『メイドロン』が起動する。 金属製のマスクのような顔の目の辺りにぎっしりと並べ

られたLEDが点滅し始めた。

やがて『メイドロン』のLEDがパッチリ開いた目のような形で点灯し、そのまま瞳にあたる光点が左右にふれる。

「このように探索中、作動中などの状態は目を見れば判る。目を閉じていれば充電中という訳だな」得意そうな教授。

と、『メイドロン』の一体が身をかがめ、足元においてあった掃除機を拾い上げた。 掃除機のスイッチを確かめて操作する。

フォーン… 掃除機が動き出し、学生達が感心する。

「この『メイドロン一号』は掃除用に、『メイドロン二号』は一号の後方支援用にプログラムした。何れは『メイドロン』同士が役割を自己判断

するのが目標じゃな」

「…後方支援?」金雄が呟いた「なにをやらせる気ですか?」


…ソージ 掃除機を持った『メイドロン』はそう言いながら、掃除機で赤いシートの上の緑色の葉を吸い込み始めた。

ソージ、ソージ… 呟きながら『メイドロン』は掃除を続ける。

「この様に、自分が何の仕事をしているかを回りに警告するようにプログラムしてある。さて君」 教授は爺にその辺りに寝そべらせた。

「寝ている人が居た場合、今までのロボット掃除機は障害物と認識して避けるか、ぶつかるかしておった。この『メイドロン一号』はそれを

『人』と認識しきちんと対処できる」

ソージ… 『メイドロン一号』は爺の手前で止まり、爺をじっと見つめる。 『メイドロン一号』の目が「??」となって点滅しだし、教授と学生達は

固唾をのんで見守る。

…ピッ 『メイドロン一号』の目が「!!」の形に変わり、掃除機の先を持ち上げて、爺の傍に歩み寄った。 そして…

オッサン、ジャマダ そう言って『メイドロン一号』は爺を思いっきり蹴飛ばした。

「どわわわっ!!」 ゴロゴロゴロゴロ!! 爺はそのまま転げていって壁にぶつかると目を回した。

思わぬ『対処』の仕方に唖然とする一行。 すると

ピッ… 電子音がして『メイドロン二号』が動き出し、目を回している爺に歩み寄ると、爺を肩に担ぎ上げて運んで行く。

ソダイゴミ、ソダイゴミ… 『メイドロン二号』が爺を担いだまま教室から出て行くのを呆然として見送っていた一行は、『二号』が見えなくなって

我に返った。

「と、止めないと」誰かがそう言ったのを合図に、それっと駆け出す一同。

彼らに続こうとして、金雄は肩にライムがいる事を思い出した。

「おっといけない。危ないからここに残っていてくれ」そういってライムを床に降ろす。

ミミッ ライムは手を振って金雄達を見送った。


ソージ… ライムの背後で『メイドロン一号』の声がした。 ライムが振り返ると『メイドロン一号』の目がライムを見て「??」で点滅している。

ミッ!? ライムははっとして気が付いた、床の上に散らばっている葉っぱとライムは同じ色だと言う事に。

ソージ! もう前途突進してくる『メイドロン一号』にライムは一目散に逃げ出した、ころんと転んだ拍子に人型から緑色のボール型に変わり、

床を転がって逃げ回る。

ミーッ!ミーッ! ライムの助けを呼ぶ声が大教室に響き渡る。

【<<】【>>】


【ライム物語:目次】

【小説の部屋:トップ】