ライム物語

第一話 金曜日に拾われて(3)


ライムと呼ばれた緑の少女は金雄を見上げ、小首を傾げる。 瞳の無い目が瞬きをしたような気がした。

金雄は意識せず一歩前に出た。

トッ… ライムは怯える様に一歩下がり、そこで止まる。

二人は互いを探るように見つめる。


最初に動いたのはライムだった。 小さな手を返して金雄に差出し小さく叫ぶ。

ミッ!(お手っ!)

その声に金雄は反射的に手を出していた。 ライムの手のひらに金雄の人差し指が触れる。

ライムは目を丸くして金雄の手を見つめ、小さな体がフルフルと震える。 そして…

ミーッ!!(やったー!!) 両手を挙げて万歳をしてぴょんぴょん机の上で飛び跳ねる。

金雄は唖然として立ち尽くしていた。


ピタリ 突然ライムは立ち止まり、金雄に向き直ると再び手を出して鋭く叫ぶ。

ミッ!(お座り!)

「えーと…」 さすがに今度は反応できず、戸惑う金雄。

ライムは金雄が言うことを聞かないのでいらだち、再び叫ぶ。

ミッ!ミミッ!!(お座り!お座りっ!!)

「と言われても…」 どう反応すべきか決めかね頭をかく金雄。

金雄が言うことを聞かないと、ライムはがっかりしてその場に座り込んだ。

ミー…(…やっぱり駄目なの…)

金雄は、小さい女の子ががっかりした様子になったのを見て罪悪感を覚えた。

「あー…なんかがっかりさせたようでごめんよ。で、君は誰だい?」

ミー…ミーミッ(あたしは…ライム…)

「ライム…じゃあ君は夕べの…」金雄は昨夜のあの妖しい緑の女を思い出し…ライムを見て首を傾げた。「…なのかな?」

ライムは金雄の呟きの意味が判らず、金雄を見上げて首を傾げた。


「おい金雄。起きたか」扉の外で声がして、返事も待たずに扉が開いて十文字が入ってきた。

二人とも昨夜は相当に飲んでいたはずなのに、二日酔いになっている様子はない。

「なんだ、それは?見たこと無いフィギュアだな」十文字はライムを見てフィギュアだと思ったようだ。

「いや、これは…そうだ!」

ミッ!?

「しゃ、しゃべった!?」

突然叫んだ金雄にライムが驚き、それに十文字が驚く。

そんな二人にかまわず、金雄は十文字の手を掴んだ。

「喜べ十文字。お前の超能力が役に立つときがきたぞ」そう言うと、十文字の手をライムに触れさせた。

ミヒャッ?(きゃっ?) 身を硬くするライム。 そして十文字は…目を見開いて硬直している。 そして。

「…きたきたきた、きたぞっ!!」 十文字はそう言うと懐に手を突っ込み、マイクを取り出しも口元に持っていくと喋り出した。

『彼女の名はライム!マダム・ブラックの四番目の娘のグリーン・スライム!』

ハミッ?(な…なんなのこの人?) 戸惑うライムに金雄が答えた。

「こいつはな、超能力者なんだ。こうやって生き物に触るとその能力…というよりカタログスぺックを読み取れるらしい」ちょっと得意げな

金雄。

ミミッ!?ミッミー!!(えっ、超能力!?凄ーい!!)

「そいつはどうかな…」今度は苦笑する金雄。 

彼が友達を勝手に持ち上げたり下げたりしている間も、当のご本人は熱弁を続けている。

『その体は繊維が豊富でとても丈夫!伸びて広がり、薄くも長くも自由自在!』

ミッ(えっへん)

『しかしマダム・ブラックの5人の娘の中で体が最も小さい!!』

ムミッ!!(悪かったわねっ!!)

『粘度は中くらい、体積は500ml丁度のスライム少女!!…』

「はい、そこまで」まだまだ続きそうな十文字の口上を金雄が遮った。「大体判った」


ぜーぜーと肩で息をしている十文字の背中をさすってやりながら、金雄はライムに向き直った。

「それで、ライム…ちゃん」

ミッ(なによ)

「君は何故ここに居るんだ?」

ミーミッミミミミッ…(気がついたら…ここに居たのよ。何か飲まされたのと…精気を吸ったのような気がするけど)

「何か飲まされ…精気を吸った…」金雄はベッドの布団をめくる。 そこには中身の無くなった毛玉が一塊。「やっぱり…」

『彼女達は男性の精気を吸って力をつけ、精気を吸った相手の精神に干渉し、自分達の意思を伝える洗脳力を持つ。力が強ければ相手を

支配することも可能だ。しかしライムはその力が最も弱い』

息を整えた十文字がまくし立てた。

「それって洗脳と言うのかな?しかし…俺はなんとも無いぞ?」首を捻る金雄に十文字が、

「お前、彼女と普通に話しているじゃないか」

「いや、それはライムが話しているから」

「俺には猫の子の鳴き声にしか聞こえないぞ」

「えっ?」言われてライムを見る「…そうなのか?」

ミー? (そうなの?)

「…」金雄は十文字の言うとおりだと気がついた。 ライムの言葉は猫の鳴き声みたいなのに自分にはそれが判る。


「すると…やっぱり夕べのあれはこのライム…この子が夜になると大きくなって…」妖しく迫ってくる緑色のスライム女、その様に金雄の

心に恐怖と共にある種の期待が湧き起こった、しかし。

『大きく…そんな能力はライムには無いぞ』超能力者モードで答える十文字。

「え?でも昨晩…」金雄は昨夜の事を十文字に話した。 猫娘がライムに転じ、自分を押し倒して洗脳しようとしたことを。

ミミッ?ミー!?(ライムが大きくなったの?本当!?) 大喜びするライムに十文字は冷たく宣告する。

『残念だが…君が本能的に金雄の精気を求め、彼の心に干渉した。それが彼の妄想を刺激し淫らな夢を見せた…というのが真相だ』

ミーッ…(そんなぁ…) がっくりするライム、そして金雄も。

「そんなぁ…あのボン、キュッ、バンは俺の夢で現実は…」ちらりとライムを見る。 整った体形だが、スレンダーボディ。何より着せ替え人形

サイズ。 がっくりと首を垂れる。

ムミミッ…(むぅなによぉ…) 金雄の態度にむくれるライム。 と、その時ライムは机の上にあったスティツク上のパッケージに気がついた

なにやら覚えがある。

ミミッ?(これは?)

「ん…ああ、夕べ君に飲ませた猫用のミルクの予備だよ…また飲むかい?」何の気なしに言う金雄。

ミッ…ミミミミミミッ…(猫用…猫用ミルクをライムに…猫用…) ライムの体がブルブルと震えだした。

「お、おい金雄。猫用はまずかったんじゃないか?怒っているみたいだぞ」

「え」金雄はライムを見た。猫用ミルクを腕に抱えて、金雄を睨みつけている。

「あーいや。てっきり子猫だと思ったもんで…おい!ちょっと!」後ずさりする金雄の顔めがけてライムが飛び掛った。

ミミッ ミミミミミミッ!(いえいえ。怒ってなんていないわよ。結構なものを頂いた時はお返しをしなければ行けないと常々お母様がおっしゃって

いたから)
金雄の目の前でひきつった笑顔を浮かべたライムは、猫用ミルクを金雄の口にねじ込んだ。

ミーッ!ミーッ!(さぁ!たっぷり召し上がれ!)

「どおおっ!ごほっ!」猫用ミルクにむせて逃げ出す金雄、それを追い掛け回すライム。

それを見ながら十文字は呆れたように呟いた。

「仲のよろしいことで…」

こうしてライムは金雄のところに居候する事となった…ところで。

「ライムー…どこに行ったのー」

アクエリアはまだライムを探していた。

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