王子とスーチャン

Part4-08


 墨を流したような夜の海にゴボゴボと白い泡が吹き上がり、その泡を押し上げるように海面が盛り上がる。

 「浮上しました」

 「よーし、操舵以外は甲板に出て損害を調べろ」

 鶴船長の命令に従い、乗『組員』ズの半数が甲板に上がり、鶴船長とエミ、ミスティは司令塔に上がった。


 「こいつは……凄いな」

 甲板に出た一同が目にしたものは、波間に漂う大海蛇女『ナンナンダー』の巨体だった。

 「どうやって退治したんだ、これ」

 「いやまぁ、何と言うか……」

 ナンナンダーは、スライムタンズの人間魚雷ならぬ人外魚雷攻撃の直撃で失神したのだが、本当のことを言うわけにも行かない。

 「まぁ、船長さんたちが気絶したんで、私たちで船を動かしているうちに、衝突したみたいで……」

 適当な事を言っているうちに、甲板のが騒がしくなってきた。

 「せ、船長! また船幽霊が出ました!」

 「何!?」

 騒ぎが起こっている方に目をやると、船幽霊ならぬスライムタンズが次々にUボートにあがって来るところだ。 彼女達は、丸木に

化けてナンナンダーに体当たりした後、ナンナンダー同様に失神してしまい、そのままになっていた。

 「お、おい。 柄杓だ柄杓」

 鶴船長が命じると、乗『組員ズ』が慌てて底抜け柄杓を持ってきて、一番手前にいたスライムタンズ・リーダにそれを渡した。

 「……」

 彼女はしばらくそれを見ていたが、何を思ったのか柄杓を後ろにいた別のスライムタンに渡し、自分は乗『組員ズ』に手を差し出した。

 「え?えーと……」

 「もっとよこせと言うことかな」

 船幽霊ならぬスライムタンズを見ると、なにやら目が据わっている。 ここはおとなしく言うとおりにしたほうが良いと、乗『組員ズ』は

ありったけの底抜け柄杓を持ってきた。

 「何で底抜け柄杓ばかりこんなにあるのよ」

 「いや、バッテリーの液漏れが結構あってな……」

 エミと船長が会話している間に、スライムタンズ全員に柄杓が行き渡った。 と、スライムタンズはそれを持ったままペタペタと甲板を

進み、ミスティを取り囲む。

 「え?」

 フナユーレ! フナユーレ!

 スライムタンズは、なにやら呟きながら、底抜け柄杓でミスティをポカポカ叩き始めた。

 「アタ、アタ……アイダダアイダ、アイダダアイダ〜♪」

 妙な節をつけながらミスティが逃げ出し、スライムタンズがソレを追いかける。 突然の事に、エミ達はあっけに取られて立ち尽くした。

 「おい、あの娘っ子、なんぞ船幽霊の恨みでも買ったのか?」

 「どうして……あ(ミスティが魚雷を撃ったから、あの子達はナンナンダーに頭突きをかます結果になったんだっけ)」

 狭いUボートの甲板の上では逃げようが無い。 ミスティは追い詰められ、海に落ちてしまった。

 フナユーレ! フナユーレ!

 スライムタンズは勝ち誇ると、律儀に柄杓を乗『組員ズ』にかえし、海に戻っていった(フリをするだけで、反対側から上がってUボート

の中に戻るのだが)。

 「やれやれ、何をやっているんだか」

 エミは肩をすくめた。


 ナンナンダー!!

 突然、咆哮が響き、皆が振り返る。 ナンナンダーが意識を取り戻し、胸をはって吼えている。

 「いけねぇ! 中に戻れ!」 鶴船長が叫ぶ。

 「待って、その必要はなさそうよ」

 エミが船長を止めた。 ナンナンダーの胸の上に、オオオニヒトデが貼り付いている。 と、その上に黒い服の魔女(のイメージ)が

姿を現した。

 「ややや! あ、あれが魔女か」

 「いやー、始めて見たぞ」

 騒ぐ乗『組員ズ』を尻目に、魔女はエミの方を見ると、軽く頭を下げた。

 ”我の負けじゃ……城も無くなったし、ここは大人しく退こう。 さらばじゃ”

 胸の上に魔女のイメージを乗せたまま、ナンナンダーは静かに波間に消えていく。

 「……なんだぁ? なんで逃げ出すんだ?」

 「多分、住処にしていた展望施設が壊れたからよ」

 「壊れたからって……おいおい、さらわれた王子様はどうなったんでぇ!?」

 「話せば長くなるけど……それよりあの子を助けてもらえないかしら?」

 とエミが指差す先では、海に落ちたミスティが溺れて沈みかけていた。


 チュンチュン……

 「んー……うん?」

 エミは目を細め、ベッドの上に起き上がった。 高く上った南の島の日差しが目に痛い。

 「頭いたい……」

 地酒を飲みすぎたらしく、二日酔い気味だ。 頭は痛いし、胃がもたれている。

 「……ヤドカリにヤシガニにヒトデ……変な夢みちゃった……」

 ベッドを後にしたエミは、バスルームで熱いシャワーを浴び、バスローブを身に纏ってリビングに行く。

 「スーチャン、ミスティ、おはよう……」

 挨拶の声が途中で途切れた。 リビングには、スーチャンと向かい会って漆黒ヤシガニが座り、互いの手とハサミを打ち合わせて

おり、その向うでオオヤドカリが日の丸センスを開き、二人を応援していた。

 「あー、お寝坊エミちゃんだ。 聞いて聞いて、黒姫ちゃんが『ルウ王子を助けたのは、スーチャン殿のお手柄、まだ勝負はついて

おりません。 決着をつけましょう』と言ってきて……エーミちゃん聞いてる?」

 「……もう一度寝る」

 エミは、ミスティの声を背中で受け止めながら、ベッドルームに戻った。


 (余談) ロシア出身の映画監督、スーベケビッチ・オーナンスキー監督の特撮映画『電光艇 対 海の三大怪獣 大海蛇、大ヒトデ

船幽霊』は、Uボートのレプリカとそれに搭載した自動撮影システム、破天荒なシナリオと妙に生々しい怪獣が評判になり、一部

マニアの間で高い評価を受けた。

 ただ、肝心の特撮撮影スタッフがテロップに無かった為、特撮パートの映像を誰が取ったのか、その後長い間ファンに議論の場を

提供する事になった。

<ミスティ・6 【王子とスーチャン】 終> (2013/08/08)

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