王子とスーチャン

Part4-06


 ”てぃ!てぃ!てゃー!”

 掛け声も勇ましく、黒姫がクリーチャに薙刀をふるい、白刃がきらめく度にクリーチャの体が切り裂かれる。 が、実体は……

 ティ、ティ、テャー

 黒いオオヤシガニが、ヒトデの塊にハサミを突っ込み、ポイポイと放り投げているだけだったりする。

 「ふむ、やる気が出て作業能率が上がったかしら」 エミが頷いて見せた。

 ’スケダチイタス! テャー!’

 「わぉ♪ スーチャン頑張れ♪」

 エミの作り出したイメージの中に、袴姿のスーチャンが現れ、黒姫と一緒になって薙刀をふるいはじめた。 こちらもイメージだけは

勇ましいが、実体は掃除用具ロッカーから持ち出したモップを振りかざして、ヒトデの塊を解体していたりする。

 「手伝いましょ」

 エミは、ヒトデは群れているだけで、大したことはないと見極め。 バケツを持って来るとバラバラにされたヒトデをバケツですくい上げ

排水溝から外に流し始めた。

 「バラバラにされてもまだ生きてる。 流石にしぶといわね」

 「ね、大丈夫〜?」

 ミスティが、エミのやる事を背後から見ている。

 「時間が立てば再生するかもしれないけど。 ま、大丈夫でしょ」

 「ヤドカリさん達は、こいつらにやられたんじゃないの〜?」

 「らしいけど……ああ、これね」

 エミは、ヒトデの山の下から這い出してきたクモヒトデを素早く捕まえた。 触手を活発に振り回して抵抗するが、エミは触手を器用に

結んで、バケツに放り込む。

 「これが集団で襲ってきたら、危なかったかも。 どうも、他のヒトデに圧し掛かられて、肝心のクモヒトデが動けなくなっていたようね」

 圧倒的な数で攻め寄せたヒトデ達だったが、ヤシガニ達、スーチャン、エミの前には大した敵でなかったようだ。 さしたる時間もかか

らずに、広間を埋め尽くしていたヒトデの大半が排除され、上の階への階段が現れてきた。 黒姫が飛び跳ねながら階段を上ったが、

扉が閉まっている。

 ゴンゴンゴン!!

 ハサミを振り上げて、扉に打ち付けるが、ヤシガニのハサミでは人間用の扉は開かない。

 ’スケダチー!’

 スーチャンが後から駆け上がり、扉を開いた。

 "突撃!"

 開いた扉の中に、黒姫とヤシガニ達が突入し、スーチャンが続く。 そして、エミとミスティが扉をくぐった。


 「いや……いや……ぁ」

 涙目でふるふると震える半裸の美少年に、黒いドレスの魔女が迫る。 黒いドレスは所々が口をあけ、妖しい女の肢体を見せ付け

て、少年を誘い込もうとしている。

 「さぁ……おいで。 邪魔が入る前に、お前の全てを奪ってやろう」

 少年は声も出なくなり、ただ震えるのみ。 もはや、自分に迫ってくる黒い魔の手を払いのける力も残っていなかった……


 ゴクリ……

 ジュルッ……

 ”はっ! 生唾を飲み込んでいる場合じゃなかった”

 ’ソーソー! アノ魔女ヲ退治シニキタンダ’


 「むむ? 急に濡れ場がリアルになったと思ったら……さては貴様ら何か妖術でも使ったか?」

 黒いドレスの魔女ことオニヒトデの魔女は、黒姫たちに向き直った。

 「ここまで来るとは、執念深い連中よの」

 『それは、あんただ』 エミ、ミスティ、黒姫、スーチャンがまとめて突っ込む。 

 「ふん、小娘どもが。 色気のかけらも無いくせによく言うわ」

 そう言って身をそらすオニヒトデの魔女、トウは立っていそうだが、見事なプロポーションと色気、というより妖気を纏っているかの

ような黒いドレス姿で、これが色気勝負であれば、対抗できそうなのはエミぐらい。 後のメンツでは勝負になりそうもない。

 「うーむ、横恋慕している年増の魔女と聞いていたけど……これは確かに……」

 ”妙なところに感心しないでください!” 黒姫がエミに抗議する。 ”だいたい、オニヒトデの魔女が、人に化けるなんて聞いた事

ありませんわ!!”

 黒姫に言われ、エミは改めてオニヒトデの魔女を見直した。 

 「そうなの? じゃあこれは?」

 「エーミちゃんの力じゃなーいの? ほら、イメージが投影される奴。 まだ続いているんじゃな〜い」

 ミスティの言葉に、全員の視線がエミに集中する。 エミは、自分を指差した。 全員が頷く。

 「えーと……イメージを止める……あれは人じゃない、人じゃなくて……あれはヒトデ、あれはヒトデなし……」

 「ヒトデでもないの?」

 「いや、違ったあれはヒトデ……」

 わけの判らない突っ込みを受けながら、エミはぶつぶつと呟く。 すると、魔女の姿がぼやけ始めた。

 ”おお、凄い”

 ’ショータイ見タリ、只ノおにひとで!……アリ?’

 魔女の姿が消え、オニヒトデの姿が現れると全員が黙り込んだ。 無理も無い、魔女はオニヒトデには違いないが大きさが尋常で

はなかった。 なにしろ、触手を広げた姿は軽く3mはあったのだ。 この大きさでは、立派に怪獣である。

 「エーミちゃん、ダメじゃない。 また化け物を想像しちゃ……」

 「いえ、今は……多分イメージしていないと……だから、あれは本物……本物の化け物……」

 ”あのれ、ひとを、いやヒトデを馬鹿にしおって” オニヒトデの魔女は、怒りのあまり触手と棘を震わせる。 ”こうなれば実力行使、

おのれら全員、我がエサにしてくれようぞ!”

 怒り狂ったオニヒトデの魔女、もといオオオニヒトデは、体の下に無数の管足を出すと、猛然とダッシュしてきた。

 「ヒ、ヒトデが走ってきた!?」

 ”おっと、これは大変。 ヤシガニ・シークレットサービス、一時退避”

 訓練を積んだヤシガニ・シークレットサービスは、号令と同時に、潮が引くように見事にいなくなった。 後に残ったのは、エミ達四人、

いや三人と一匹か。 それに肝心のヤドカリ王子。

 ”きゃー!?”

 ’タ、タイキャクー!’

 「ひぇー!!」

 「棘に気をつけて。 毒があるわ!」

 翼を広げ、エミは宙に飛び上がってオニヒトデの突進をかわした。

 「一人だけずるい!」

 ミスティは、エミに文句を言いながらオニヒトデを交わす。

 古びた観光施設が、大暴れするオニヒトデのせいで、ギシギシと不吉な音を立て始めた。

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