王子とスーチャン

Part4-01


 闇より暗い夜の海。 波飛沫の先端が、夜光虫の放つ光で緑に光り、二つ目の星空を海に作り出している。 その海の星空を

切り裂く一つの流れ星が、海底の魔城を目指していた。

 「水か温かいせいかな、やけに夜光虫が光ってます」 乗組員・英が潜望鏡を除いて報告する。

 「ああ。 見張りが立ってりゃ、丸わかりだろうな」

 鶴船長がエミを振り返った。 エミはしかめ面をして応じる。

 「緑の航跡が、潜水艦の潜望鏡のせいなんて気がつくものですか。 それよりこの音と匂いと……」

 エミが口を開きかけたとき、ガーンと音がして耳が痛くなった。

 「つっ! これ、何とかなんないの!?」

 耳の痛みはすぐ直ったが、今度は酷い騒音がエミを襲う。 そして、ひっきりなしに襲ってくる油くさい機械の匂い、車に弱い人

ならばお手洗いから一歩も出られないだろう。 ちなみに、ミスティは『電脳小悪魔』改め『トイレの小悪魔』と化している。

 「それが潜水艦の実体だ、ディーゼル臭とエンジン音、そしてシュノーケルが波を被ったときの気圧の急低下……」

 「どーして水中でディーゼルエンジン動かすのよ! 水中では電池駆動じゃないの!?」

 「バッテリーがオシャカになっていてな。 交換しようにも値段が高くて、本来の1/3しか搭載して無いんだ」

 二次大戦後からつい最近まで、原子力以外の潜水艦は水上ではディーゼル、水中では電池駆動であった。 しかし、電池に

蓄えた電力で走れる距離は、ディーゼル駆動よりずっと短い。 ほぼ、電池の持続時間=潜水可能時間という公式が成り立つ。

 「インゴリンは? 液体酸素はだってあるでしょうに」

 「そんな特別な推進機関、バッテリーより高くつくぜ」

 そう言いながら、鶴船長はモニタの画像を次々切り替えている。 本物のUボートには外部カメラはないが、このレプリカは映画

撮影用に高精度のデジタルカメラを艦外に幾つも取り付けてある。 当然、潜望鏡で見た景色もモニタに映し出せる。

 「どれも真っ暗だ」

 「ライトは無いの?」


 「あることはあるが……」

 鶴船長がスイッチを入れると、水中を移している映像の一つが黒から茶色に変わった。

 「見ての通りだ。 陸に近いから、雨で赤土が流されて濁っているんだ……こんな場所に水中展望施設を作っても、一年の

半分は営業できないんじゃないか?」

 「同感ね……困ったわね、これじゃ偵察にもならない……もっと近づけないの?」

 「無茶いいなさんな。 みろや」

 鶴船長は海図を広げて見せた。

 「この船はこの辺にいる、はずだ。 外が見えないから推測するしかねぇ」

 「探知機は?」

 「音波探知機はあるけどな、そうそう世の中便利にはいかねぇ」

 鶴船長は、真新しい液晶ディスプレイを示した。 波線と白い筋が地形を表しているようだが、素人のエミには見方がわからない。

 「これは普通の魚群探知機だ。 海底までの距離は一応測れるが、映画みたいに手に取るように判るとは行かねぇ。 それに

俺達は陸の、それも崖のそばにいる。 近づきすぎれば、崖にぶつかる」

 「うーん……」

 「第一、その海底魔女にどこかの王子様がさらわれたなんて……ほんとなんですかい?」 潜望鏡を覗きながら英が尋ねた。 

「王子様でなくても、子供が誘拐されたなら大事件ですぜ。 なのに、行方不明のニュースすら流れない」

 「そういやそうだな。 魔女が身代金を要求する訳もあるまいから、報道規制もないだろうし」

 (まずい……) 鶴船長達が以外に鋭い所を突いてきたので、エミは言い訳を考え始めた。


 「エーミちゃーん……まだ着かないの?」

 赤紫色の顔(本当は青くなっているが、地の色がピンクなので混じった)をしたミスティが、発令室にヨロヨロと入ってきた。

その時、Uボートが大きく揺れた。

 「キャッ!?」

 「何だ! ぶつけたか!?」

 ヘッドホンを付けた美囲が、ヘッドホンに手を当てて何かを聞いている。

 「ぶつけたんじゃありません。 何かが外にいて、それがぶつかって来た……また来ます!」

 再び衝撃があり、椅子に座っていなかった者は床に転がった。 エミははいつくばってミスティのところに行く、その時である。

 ナンダー!!!!

 外から叫び声のようなものが聞こえてきた。

 「なんだ! 今のは」

 鶴船長が尋ねたが、美囲は首を横に振った。 彼らはモニタや潜望鏡を使って、外にいる何かを確認しようとするが、視界が

狭いうえに海が濁っていて、何も判らない。

 「ミスティ! 魔女が何か仕掛けてきたのかも!」

 「そ、そーなの?」

 「外の様子、判らない?」

 ミスティは頷くと、星のタトゥーに人差し指を当てた。

 「グリーンタトゥーは透視力〜♪」

 彼女の言葉どおり、タトゥーの色が緑色に変わる。

 「おおっ!」

 「何」

 「オリオン座が見える!」

 エミはミスティの頭を平手ではたいた。

 「バカモノ! 何をみているの! もっと近くよ近く!」

 「判っているって、まーかせて」

 ミスティは、星のタトゥの頂点の一つに指を当て、くるくると指先で円を描く。 すると、指先の動きに合わせて、星のタトゥーが

回転するではないか。

 「距離を近くに……っと……」

 「どーいう仕掛けなの、それは」 エミは額を押さえた。


 ナンダー!!!!!

 「おおっ!これは……何だ?」

 「どーしたの、何が見えるの!?」

 「んーとね、えーとね……そう、これはニンジャだ!」

 「は?」 以外な報告にエミの目が点になる。 「忍者? 海中に?」

 「あれ? 違ったかな……じゃあジンジャだ!」

 「神社? 鳥居でも立っているの?」

 「あれ? これも違う?」

 じれったくなったエミは、ミスティの頭に生えている角に、自分の頭をこつんと合わせた。 ミスティの角は一種のアンテナで、

スーチャンと交信する事ができる。 一方、今はしまってあるがエミにも角があり、同様にアンテナの役割がある。 接触させれば、

ミスティの見ているものを自分も見れないかと思ったのだが、大当たりだった。

 「これは……『妖怪濡れ女』?」

 濡れ女は、江戸時代の書物にその名前と絵姿が出てくる妖怪である。 その書物によれば、海辺に現れて、人をさらったり

生き血をすすったりし、その姿は女の上半身に蛇のような下半身がある妖怪として描かれている。 今エミとミスティが見ているのは、

それに似てなくも無い。

 (でも、印象が大分違うわね)

 相違点は、肌の色と質感だ。 全身が青黒い色一色であり、上半身、下半身を通じて鱗は全く無い。 イルカかクジラの皮膚の様な

感じがする。

 (『濡れ女』というより『海蛇女』ね……ああそうか『人蛇』を連想して、読み方がわからなくて、ニンジャ、ジンジャになった訳か)

 エミが言うところの『海蛇女』は、長さが数十メートルはありそうで、上半身の人の部分も相当大きく、そこだけで7、8mはありそうだ。

それがUボートに体当たりをかけて来ていたのだ。

 ナンナンダー!!!

 外から聞こえてきたのは、『海蛇女』の雄たけびだったのだ。

 「んむー……命名! 『ナンナンダ』!!」

 ナンナンダー!!!

 一声ほえた『海蛇女』は、Uボートに突進してくる。  

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