王子とスーチャン

Part3-05


 「わおぅ!」

 ミスティが司令塔で歓声を上げた。 Uボートはまだ港を出たばかりで、ゆっくりと進んでいる。 しかし一段高い司令塔の

上からの眺める、波頭が緑色に光って後ろに流れ去り、どこか他の世界へ向かっているかのようだ。

 「素敵ね」

 エミも珍しくミスティに同意した。 しかし、鶴船長はそわそわと落ち着かない。

 「ちと考えなしだったかな……オーナにばれなきゃいいが」

 今頃になって、勝手に潜水艦を動かしたことが、ばれるのが怖くなってきたらしい。

 「そろそろ潜るぞ」

 「もう?」 エミが振り向いて尋ねる 「港を出たばかりよ? 潜れるほど深いの?」

 「Uボートは小さいからな。 それに探知機は新しいものばかりだ」

 鶴船長はそう言うと、司令塔のハッチに小太りの体を潜りこませた。

 「すぐに降りて来い。 最後の奴はハッチを閉めろよ」

 エミが顔を上ると、ミスティは司令塔から身を乗り出して遠くを見ている。

 「ミスティ、潜るそうよ。 下に降りるわ」

 「えー、もう?」

 「先に降りるわ。 降りるときに、ハッチを閉めてきてね」

 「あ、エミちゃ……」

 エミは構わず、司令塔のはしごを慎重に下りる。

 「狭っ!」

 司令塔の下には、発令所と呼ばれる潜水艦の発令室があった。 狭っ苦しい空間に機械が所狭しと並び、乗『組員ズ』と

鶴船長がそれを相手に忙しく働いている。

 「よくこんな狭いところで我慢できるわね」

 「昔の船だからな、まぁ、いろいろと新しい機械も入れているから、これでね大分ましになった方だが」

 言われてみると、古風な機械式のメータの間に、液晶ディスプレイのモニタや、LEDランプが点在しているし、真っ黒に汚れた

ケーブルに、真新しい結束バンドで色とりどりの電線が括り付けられている。

 「わー、ほんとに狭い」

 天井から声がして、ピンク色の悪魔がストンと降りてきた。

 「よし、潜航するぞ! 下げ舵五度、速度このまま、動力潜航で5mまで潜航!」

 「下げかーじ五度、微速前進、ヨーソロ」

 操舵席の英が復唱し、転把を慎重に前に倒す。

 「動力潜航? 何それ」

 「ああ、造語だけどな。 潜水艦は本来、注排水して比重を変えて潜航するんだが、この操作は普通の船員は経験がない

から難しい。 それでこの船の場合は、潜舵って横に着いた舵をこう下に向けて……」

 鶴船長は、手のひらを水平にし、次に指先を下に向けてみせる。

 「前進する勢いの一部を下向きの力に変えて潜る。 これなら浮力を持ったまま潜航するから、万一事故でエンジンがいか

れたりしても、自然に浮き上がるから安全だ」

 「あのー……」 ミスティが何か言いかけた。

 「へー、そうなんだ。 結構考えてるのね」

 「安全第一。 この船はレプリカだし、映画の撮影が終わったら、観光船にするつもりらしいからな」

 「あれ何て名前だっけ……」 ミスティが口を挟もうとする。

 「観光船ねぇ。 でも上に乗るならともかく、中に乗りたがるかしら」

 「モノ好きはどこにでもいる。 潜水艦に乗り込んで、梯子をおり、ハッチを閉める。 そう言うことをやってみたがる奴は

ごまんといるだろうさ」

 「あ、それだ!」

 ミスティが大きな声をだし、やっとみんながミスティに注目した。

 「動力潜航開始。 秒速30cmで沈降中」 静まり返った発令室に美囲の声が響いた。

 「そのまま沈降。 どうした、桃色娘。 なんか質問か?」 鶴船長が聞いた。

 「はーい、質問。 ハッチてなーに?」

 発令室の空気が凍りつく。 次の瞬間、轟音と共にミスティの頭上から海水が滝のように流れ落ちてきた。


 ドホドボ……

 緊急浮上した潜水艦の上で、右舷にずらりと並んだ乗『組員ズ』がポンプで水をかいだしている。 ちなみに左舷側では、

浸水に驚いて目を回したヤシガニ・シークレットサービスを、ヤドカリ一同が介抱していたりする。

 「し、死ぬかと思った。 怖いのねぇ潜水艦って」 服を絞りながらミスティが言った。

 「あーんたねぇ」 エミが怖い顔つきで、ミスティを睨む。 「まぁ、貴方に最後を任せた私が迂闊だったけど」   

 「あ。 でもほら、船やヒコーキに悪魔の名前を付けると縁起が悪いって言うじゃない。 悪魔が乗りこんでいるんだから、

事故の一つや二つ……」

 「運じゃなくて、事故の原因が悪魔そのものでしょうが! まして悪魔のドジの巻き添えじゃ、死んでも浮かばれないわよ!!」

 「潜水艦だもの、沈む一方で……」

 エミがミスティを蹴り飛ばし、盛大な水しぶきが上がった。


 「やれやれ……とんだ災難だ。 微速前進、進路このまま」

 微速前進、ヨーソロ……

 英の復唱を背中で聞きながら、エミとミスティは艦首の魚雷発射管室に向かった。 スーチャン&スライムタンズとヤドカリ、

ヤシガニ一行はそこに隠れている。

 「ここー?」

 「そうだと思う」

 突き当りに、スチール製の細長い棚が並んだ部屋があった。 部屋の奥の壁には、やや小さな4つのハッチがあり、それが

魚雷発射管らしかった。

 「スーチャン、スライムタン、いる?」

 ’ソージューキ?’

 「その呼び方やめなさい。 みんな無事?」

 ”無事ではありません! 溺れ死ぬかと思いました”

 黒姫が文句を言った。 発令室より狭い魚雷発射管室だが、今は魚雷が積まれていないので余裕がある。 

 「事故よ事故。 それより、1時間もすれば『オニヒトデの根城』の辺りに着くと思うわ」

 ”意外に時間がかかりますな” と『家老カニレーザ』が応じた。

 「海中を進むと時間がかかるのよ」

 ”それで、ついた後はどうやって『オニヒトデの根城』に乗りこむのですか?”

 「まず偵察しないと。 スライムタンズ、ミスティから聞いたけど、貴方達は水中でも活動できるそうね」

 ’エ? ソーナノ?’

 「……ミスティ」 エミがミスティを振り返る。

 「心配ない、心配ない。 ミレーヌちゃんがそう言ってたから」

 「大丈夫なのね」 念押しするエミ。

 「『水濡れ可』 ちゃんと教えれば泳ぎも覚えるって」

 「……」 

 エミは首を横に振り、スライムタンズに振り返った。

 「貴方達泳ぎは……何、浮き袋膨らましているの」

 ’ダッテ……’

 ’海水浴ーッ!’

 一人、スーチャンだけがはしゃいでいる。

 「まぁミレーヌが保証しているなら大丈夫でしょう。 『オニヒトデの根城』まで近づいたら、スライムタンズはその『魚雷発射管』

から海中に出て、突入できそうなところを探して」

 ’ココカラ?’ スライムタンズが、ハッチを指差す。

 「そう、適当な入り口が見つかればよし。 見つからないときは浮上して、海上から入れる場所を探しましょう」

 「船長さん達が言うこと聞くかな〜?」

 「その時は貴方の出番。 『目の玉グールグル』の」

 「あれ、最近失敗続きだからな〜」


 その頃、『オニヒトデの根城』では、ヤドカリ王子にオニヒトデの魔の手が迫りつつあった。

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