王子とスーチャン

Part3-05


 Uボートはさほど大きな潜水艦ではなく、上部甲板は一直線になっている。 しかし艦の中央部に、司令塔と呼ばれる

構造物が設置されており、前甲板から後甲板、またはその逆の見通しはきかない。 エミは鶴船長達を後甲板に誘導し、

その隙に、前甲板のハッチからヤシガニ、ヤドカリ、スライムタンズを乗船させようと考えていた。

 (ミスティがうまくやりますように……)

 他に人がいないで、仕方なくだが(ミスティは悪魔だが)


 ’イヤーッ、トッテー!’

 港に走りこんできた等身大の『ヤシの木』達(スライムタンズの擬態)は、しがみ付いているヤシガニ達を振り落とそうと、

港の中を走り回リ。 しがみついているヤシガニ達は、食性に従ってヤシの実を捜して、葉をゴソゴソと掻き分けている。 

 「あらー、大騒ぎ」

 スライムタンズ達はUボートの近くに来ているのだが、パニック状態に陥っており、このままではこっそり船に載せるのは

無理だ。

 ’ソージューキー!’

 スライムタンズの悲鳴がエミに届くき、その声は鶴船長達の注意も引いた。

 「なんだぁ?」

 (まずい!)

 エミは、使い魔であるスライムタンズに意識を向け、ヤシの木に擬態した彼女たちが、ヤシガニにたかられてパニックって

いることを知る。

 (擬態を解除なさい!)

 ’へ? ア、ソーカ’

 走ってきた『ヤシの木』は一列に並んで止まる。 次の瞬間、その姿が溶けるよう崩れ、半透明の女性に変わった。

 ”あれ?……ヤシの実”

 背中に張り付いたヤシガニ達は、スライムタンズが元の姿に変わったことに気が付かず、スライムタンズの髪をめくってヤシの

実を捜している。

 ’フントニ、モー! ナニスンノヨ’

 スライムタンズとスーチャンは、互いの背中に張り付いたヤシガニを掴みあげ、ヤシガニ達に文句を言った。 その間に、

ヤドカリ達を連れたボンバーとプロンディが到着する。

 「着いたぞ」

 愛想の無いボンバーの一言に、リヤカーで揺られてバイク酔い気味のヤドカリ達は、よろよろと地面に降り立ってヤシガニ達

と合流した。

 「こっちこっち」

 Uボートの前部ハッチの所で、ミスティが手を振っている。 スライムタンズがヤシガニ達を抱えて乗船し、その後にヤドカリ達

が続く。

 「ボンバーちゃん、先に降りて。 カニカニさん達をキャッチね」

 開いたハッチからボンバーが艦内に入り、ハッチの所でブロンディとミスティが待機する。 黒姫を抱えたスーチャンがハッチ

の所にやってきて、黒姫をブロンディに渡そうとした。

 ”お手を煩わせる必要はありませんわ”

 黒姫はそう言って、スーチャンの手から抜け出し、ハッチの中に飛び込む。

 ’ワッ! 落チタ’

 スーチャンがハッチに駆け寄り、中を覗き込む。 すると黒姫は、鋏で器用に梯子を掴み、スルスルと滑り降りていく。

 ’やっどうもどうも’

 ’木登りには慣れておりますので’

 そう挨拶しながら、ヤシガニ・シークレットサービスが続く。

 「ふむ、手伝いは無用だな」

 ヤシガニに続いてブロンディが艦内に入り、続いてヤドカリを抱えたスライムタンズがぞろぞろとやって来た。


 そのころ、後甲板ではエミを相手に鶴船長が喋り捲っていた。

 「ずいぶん小さいのね、潜水艦って」

 「ああ、種類によっても違うが、一般的に同じ時期の日本イ号潜水艦と比べても一回りほど小さいかな。 大西洋で使用する

ことを前提に作られているせいもあるだろうが」

 「海ならどこでもいっしょじゃないの?」

 「いや、波の高さとかいろいろ違ってな。 短期間ならさほど問題にはならなくても、長期にわたって活動すると、具合の悪い

こともあるさ」

 あまり、女性が興味を持つような話題ではないが、エミは興味深そうに聞いていた。


 ヨイショー! ハイレー!

 ツカエター!


 「なんか前の方が騒がしいぞ?」

 「あれ、桃色娘がいませんぜ」

 乗『組員』の恵布がミスティが居ないことを指摘した。

 「前の方に残してきたのか」

 鶴船長が司令塔の方を見て、そのまま前甲板に向かおうとする。

 ドッポーン!

 派手な水しぶきがあがった。 前甲板ではない、エミが注意を引くために海に飛び込んだのだ。

 「落水事故発生!」

 「点呼!」

 「英!」 「美囲!」 「椎!」 「出井!」 「井伊!」 「恵布!」

 「乗組員欠員なし!」

 「乗客点呼!」

 「さっさと助けなさいー!」

 海の中からエミが文句を言い、鶴船長は謝罪しつつエミを助けあげた。 ずぶ濡れのドレスが体にまといつき、エミ体の線が

もろ見えになっている。

 「おお……や、すまねぇな。 おい恵布、お前は前の様子をみてこい」

 「えー、おれだけ」

 「娘っこが落水してたらどうする!」

 鶴船長に怒鳴られ、恵布が慌てて前甲板に向かった。

 (一人行った、なんとか誤魔化して!) エミは祈った。


 一方、前甲板ではミスティ達が汗だくでヤドカリ達をハッチに押し込んでいた。 ヤシガニ達と違い、木に登る必要のない

ヤドカリは梯子が使えない。 しかも大きな殻を背負っており、これがハッチから館内への通路で引っかかったりして、大変な

作業になっていた。

 「人が来る? スーチャン、スライムタンズ、誤魔化してねー♪」 ミスティはお気楽に言った。

 ’ゴ、誤魔化ス?’

 パタパタと右往左往するスライムタンズ、擬態、変身能力はあるスライムタンズだが、使い魔の悲しさで自分で判断して行動

する事が苦手だ。 とっさのことでうまい考えも浮かばず、横一列に並んでやってきた乗組員を通せんぼした。

 「……船長、へ、変なのがいっぱいいます」

 「変?」 鶴船長は、びしょ濡れで色気120%増しのエミに花の下を伸ばしまくり、恵布の言葉を背中で聞いている。

 「は、半透明の薄緑色のが……」

 「半透明? そりゃ幽霊かなんかだろ」

 「ゆ、幽霊ですか、これ」

 恵布が後ずさりする。 一方、二人の会話を聞いていたエミが、スライムタンズに心の中で指示を出した。

 (幽霊のふりをして! そう、船幽霊かなんかの)

 ’ユーレ? フナー? ……フナユーレー、フナユーレー’

 スライムタンズ&スーチャンは、合唱し始めた。

 「ふ、船幽霊です、そう主張してます!」

 「船幽霊……なら柄杓を渡せ。 ちょうど司令塔の物入れに、底の抜けたやつがあるだろ」

 「はぁ、なんでそんなものが……うわ、ボロボロだ。 こりゃ、蓄電池の酸か何かをすくったんだな」

 恵布はぶつぶつ言いながら、底抜け柄杓を差し出した。 代表でスーチャンがそれを受け取る。

 ’? ナニ、コレ’

 「柄杓だよ、ひ、しゃ、く。 判る? それで水をすくうの」

 ’ミズー……’

 スーチャンは柄杓を持って舷側に行き、柄杓で海水をすくう。 底が抜けているので、当然水はすくえない。 何度やっても

ダメだ。

 ’ウ、ウ、ウ、フェーン! エン!エン!エン!’

 大声を上げ、スーチャンが泣き出した。 予想外の反応に恵布が慌てる。

 「せ、船長。 子供の船幽霊が泣き出しました!」

 「子供? 子供ならアメでもやれ」

 「アメ? 飴……おおあった」

 恵布はポケットにあった飴玉を取り出し、スーチャンに差し出す。 スーチャンは、涙ぐんだ目でそれを見ていたが、おずおず

と手を伸ばし、それを口に入れた。

 ’アメ……アメー!’

 スーチャンが泣き止み、やれやれと汗を拭く恵布。 するとスライムタンズが彼を取り囲み、手をずいと突き出した。

 ’アメー!!’

 「わ、判った、判った……幽霊が飴を舐めるのか?」

 幸い彼のポケットにはまだ飴があり、スライムタンズは一人一個ずつ飴をもらえた。

 ’アメー!!’

 「アメー!」

 ミスティもちゃっかり飴をもらって、ご満悦。 その隙にヤドカリ達は、ボンバーとブロンディの手を借りて艦内に入ることに

成功していた。


 「よーし、出航するぞ」

 鶴船長は、ミスティ、エミと共に司令塔に上がり、艦内で配置についた乗『組員ズ』に指示をだす。

 「後進、びそーく(微速)」

 『後進、びそーく……ヨーソロ』

 Uボートはゆっくりと岸壁を離れた。
 
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