王子とスーチャン

Part3-04


 さてこちらは、ヤシガニ、ヤドカリ一行が待機しているハウスの居間。 ボンバーがミスティからの電話を受ける。

 『ボンバーちゃん、ブロンディちゃん。 ヤシガニさん、ヤドカリさんを連れて港まで来て。 スーチャンとスライムタンズも一緒に』

 「承った」

 無愛想に応えたボンバーは携帯を切り、居間に待機している甲殻類の皆様へ振り向いた。

 「港ヘ行ク」 無機質な声で言うボンバー。

 ”は? 急ですな……何がどうなったのですかな”

 家老ヤドカリ(エミが居ないのでイメージが見えない)の問いかけに、ボンバーは応えず表に出る。

 ”……あの”

 ’キニシナイ、キニシナイ’

 スーチャンはそう言って、家老ヤドカリの殻をポンポンと叩く。

 ’みすてぃガイナイト、白黒こんびハ、愛想ナクナルノ’

 ”はぁ……”

 釈然としない様子の家老ヤドカリだったが、スーチャンに促されて表に出る。 黒姫一行と大ヤドカリ一行もそれに続いた。


 「すらいむたんず。 港ヘ行クゾ」

 ブロンディが、ハウスの脇に立っているヤシの木に話しかけた。 するとヤシの木がグニャリと歪み、緑色の粘体に変わった。 

さらに粘体が分裂し、複数の人型になる。

 ”わっ、ヤシの木が化けた” 黒姫が驚きの声を上げた。

 ’アレハ、すーちゃんノ、オ姉チャン達’

 スーチャンが黒姫にスライムタンズを紹介している間に、ボンバーとブロンディは大排気量のバイクを車庫から出し、バイクの

後ろにリヤカーを無理やり繋いだ。 

 「変ワレ」
 ボンバーは、そっけない一言をスライムタンズに投げかけるた。 するとスライムタンズは、近くに重ねてあった植木鉢を一つ

ずつ持ちだして地面に置き、中に両足を入れて『気を付け』の姿勢を取った。

 ’オット、スーチャンモ’

 スーチャンは、とことこと駆けていくと、スライムタンズと同じように植木鉢を置いて、中に足を入れる。

 ”何?……あっ!”

 黒姫が驚きの声を漏らした。 緑色の半透明の体が茶色っぽく変色し、体が変形する。 あっという間にスライムタンズ&

スーチャンは、等身大のヤシの木に化けてしまった。 これこそ、スライムタンズの変身能力。 様々な植物に姿を変え、身を隠す

ことができる。 また、このまま根っこで歩くことも可能なのだ。 もっとも、ヤシの木に化けたまま歩いて見せても、目立つだけで

意味はないが。

 「乗レ」
 無愛想にブロンディがリヤカーを示した。 スライムタンズ&スーチャンは、植木鉢の下から根っこをだし(底が抜いてあった)。 

ワサワサと歩き出した。

 ゴソゴソゴソ……

 ’ハレ?’

 スーチャンは、背中に重いものが這い上ってくるのを感じた。 そーっと振り返ると、ヤシガニの黒姫のドアップ。

 ”……ヤシの実”

 呟いて涎を垂らす黒姫、ほとんどエイリアンである。

 ’ヒェェー!?’

 スーチャンは飛び上がって走りだし、黒姫を振り落とそうとする。 しかし、黒姫はスーチャンの幹(背中)にしっかり爪を立てて

離れない。 

 ’ヒェー!’

 見ればスライムタンズの背中にも、ヤシガニ達が取りついている。 どうやら、手ごろなヤシの木に化けたスライムタンズに、

ヤシガニの本能(主に食欲)が目覚めたらしい。 スライムタンズはパニックに陥り、スーチャンの後を追う様に走って逃げ出した。

 「オイ、ドコニ行ク」

 ”黒姫様、どちらに行かれますか”

 家老ヤドカリは途方に暮れ、ボンバーを見た。 ボンバーは無表情に見返すと、黙って彼を持ち上げてリヤカーに積み、他の

オオヤドカリに顎をしゃくって見せた。

 ”追いますか”

 オオヤドカリ達は、てきぱきとブロンディとボンバーのバイクに繋がれたリヤカーに乗りこむ。 ボンバーは、後ろを一瞥すると

アクセルをふかし、スライムタンズの後を追った。


 「みてみて。 船にマンホールが付いてる」

 「マンホールはねぇだろ……まぁ、下水管に例えられることもあるから、あながち間違ってもいねぇがな」

 エミとミスティは、鶴船長の案内で潜水艦の甲板を見学していた。 二人とも潜水艦は初めてなので、好奇心丸出しでいろいろ

尋ねている。 他人が自分の仕事に興味を持ってくれるのは、誰にとっても嬉しいものであり、鶴船長と乗『組員ズ』は親切に

説明してくれていた。

 「おやっ?」  

 「うんっ?」

 エミとミスティがそろって妙な顔をした。

 「おお、どうした?」

 「いえ、ちょっと……(この感じは)」

 「うん、ちょっと……(エーミちゃん、スーチャン達、何か慌ててるみたい)」

 スーチャンはミスティの、スライムタンズはエミの使い魔のような存在であり、離れていても心が通じ合う。 そして、二人は

互いの使い魔が、何かに慌てている、というよりパニックに陥っていることを感じとっていた。

 (すごい勢いで、こっちに向かっているみたいね)

 エミは焦った。 スライムタンズを呼びはしたが、人目を忍んでこっそり来てもらうつもりだったのだ。 それがどうも、何かまずい

ことが起こり、人目を憚らずにこっちに向かっているらしい。

 (使い魔だから、ミスティや私の居所が判るんでしょうけど……)

 「夜風が寒いかな? 上の案内は切り上げて中に入るか?」

 「あ、私は大丈夫よ。 ねぇ、後ろの方も説明してくださらない?」

 そういいながら、鶴船長の腕を取るエミ。 そして、二の腕に胸を押し当て、ついでに胸元を大きく開けてみせる。

 「お、おお。 おおおお」

 カクカクと頷くと、鶴船長はゆでダコの様に真っ赤になって、ずんずん大股で歩き出した。 うらやましそうな『組員ズ』がそれに

続く。 エミは艶然と笑いながら、背後のミスティに目くばせする。

 「エミちゃん、目にゴミでも入ったの」

 ボケるミスティに、エミは牙をむき出した。

 「?」

 全然判っていない。 そこでエミは非常手段に出た。 彼女のロングドレスの裾が持ち上がり、黒い尻尾がのぞく。 船長たち

は、エミの顔と胸に視線が集中し、気が付いていない。

 「お」

 ミスティが尻尾に気が付いたのを確認し、尻尾の先でミスティが『マンホール』と呼んだ、前部ハッチを示し、次にスライムタンズ

達を感じる方向を示した。

 「あー、なるほど。 おっさん達に気が付かれないように、みんなを中に入れろって言うことね」

 大声で言うミスティに、エミは頭を押さえた。 幸いにと言うべきか、『おっさん』達はエミに気を取られ、全然ミスティの声に

気が付いていなかった。

 (頼んだわよ)

 エミは、船長たちを伴って、セイル(潜水艦の司令塔)の脇を抜けて後甲板に向かう。

 ’キャー!!’

 入れ違いに、港につながる道路の向こうに珍妙な一団が現れた。 走る『ヤシの木』(ヤシガニ付)と、それを追う二台のバイク

(リヤカー、ヤドカリ付)だ。

 「やっほー、こっちこっち」

 ドヤドヤドタドタと港が騒がしくなる。


 「なんか騒がしいな?」

 「あーら、船長さん、これは何?」

 エミが足元を指しながら、ロングドレスのスリットから白い足を覗かせ、船長さんの男の所に腿を押し当て……

 「そ、それはだなぁ〜」

 鼻息を荒くする船長に笑顔を返しつつ、エミは心で呟く。

 (つ、疲れる)

【<<】【>>】


【王子とスーチャン:目次】

【小説の部屋:トップ】