王子とスーチャン

Part3-03


 エミとミスティは、谷の案内で船長がいる酒場に向かう事にした。 夜のエミは、さしずめ闇の淑女。 谷の視線はエミに

くぎ付けだ。

「しかしなんだ、川上さんが君みたいな女(ひと)と知り合いとはね」

 「けなされているのかしら」

 エミに見つめられ、谷は目線を外して咳払いをする。

 「いやまぁ。 ほら、僕らの職業だといろいろとね」

 「ふぅん?」

 エミは微かに頷くと、谷と腕を組む。 もちろん二の腕が胸に触れるように、である。

 「……」

 赤くなる谷を見て、エミが一言。

 「飲みすぎじゃない?」

 罪な女である。


 5分もたたずに目的地に着く。 看板には、バー『ゼー・シュルテン』とあった。

 「変な名前」

 「ドイツ語だろ? 『海の星』ならロマンチックじゃ……」

 「ヒトデの事よ、確か」

 谷が扉を開け、エミ、ミステイが中に入る。


 薄暗いバーの中は、そこそこ雰囲気があった。 しかし日本の酒場につきものの『カラオケ』が、空気をぶち壊し

にしている。


 飛んでゆくけどロケットじゃない〜 戻ってくるけどブーメランじゃない〜

 ああ〜それは何かと尋ねたら〜

 はっ! ビッグバルーン! ビッグバルーン!


 「……なんて曲なの」 エミが渋面を作る。

 「何かのCMソングかなぁ」

 カウンターについた谷の右にエミ、ミスティが座る。

 「ブラッディマリ」

 「ギムレット」

 「黒霧島のお湯割り」

 てんでに勝手なものを頼む。

 「で、船長さんはどの人?」

 「今カラオケで歌っている人だよ」

 「ふーん……?」

 カラオケに背を向けているので、三人からは船長が見えない。 しかし、エミはそのだみ声に聞き覚えがあった。

 「あのー……エーミちゃーん……この声」

 「言わないで」

 ミスティが何か言いたそうにしたが、エミが制止した。

 「そんなはずはない。 そんなはずはないのよ……」

 エミとミスティが何やら話しているうちに、カラオケが終わった。

 「船長! ちょっと」 谷が振り向いて声をかけた。

 「おや、谷さん。 先ほどはどうも。 なにかご用ですかな。 がっはっはっ」

 「いや、僕じゃなくて。 こちらの御嬢さんたちが船長に紹介してくれと」

 「おお、それはそれは」

 ドスドスと背後に足音がし、すぐ後ろで止まる。 エミは覚悟を決めて振り返った。

 「始めまして、『U−512』の船長をしります鶴です。 お見知りおきを」

 つるっばげにマドロス帽をのせた小太りの親父がそこに立っていた。 刑務所に居るはずの、鶴透 組長だった。


 『鶴透 組長』とは、警察からの逃亡中にエミ、ミスティと出会い、手下の『組員ズ』と共に二人を拉致した悪党である。 

その後、エミ、ミスティに足腰立たないようにされ、動けなくなったところで逮捕され、今は組員ズ共々塀の向こうに居る

はずなのだ。


 「あ、あんた! まさか脱獄してきたの……」

 エミは声を上げかけ、途中でトーンを落とした。 バーの中には他の人もいる、騒ぎになってはまずいからだ。

 「脱獄? なんのこと……ひょっとしてあんた、『透』の?」

 鶴船長は、最初いぶかしげな顔し、次に思い出したといった顔になった。

 「『透』?……鶴船長、あなた鶴透じゃないの?」

 「わしは、鶴徹。 透のいとこだ」

 自己紹介する鶴船長に、エミは疑惑の眼差しを向ける。 

 「ほんとうに?」

 「うむ、わしらは皆よく似ておるからな。 よく間違えられるのだ……写真を見せよう」

 そう言って懐からパスケースのようなものを取り出し、開いて見せた。 エミ、ミスティ、谷はその写真を覗き込み……

目を向いた。

 「こ、これは」

 「合成写真じゃないの?」

 「よ、妖怪」

 そこには、『鶴透組長』と『鶴徹』船長が肩を組んで写っている。 が、写っているのは二人だけではない。 西洋甲冑を

来た男、神父のような服を来た男、風呂屋の親父のような男……等々数人の男が写っていて、それが全員同じ顔、同じ

体格の禿親父なのだ。

 「よく似ておるじゃろうて、がっはっはっ」

 妖怪に、いや豪快に笑って見せる鶴船長を、三人は不気味なものを見るような目つきで見ている。 ミスティがエミに

小声で呟く。

 (……エーミちゃん、こんなのの船に乗るの?)

 (他をあたろうか) 

 「しかし、透のやつ。 いつのまにこんな美人の嫁さんと娘さんを……」

 『違ーう!!』

 エミとミスティは、全力で否定した。

 
 「ふむ? 海底魔女に王子がさらわれ、それを助けに行くために船を捜していたと……」

 (いいの? そんな話をして)

 (この方がいいのよ)

 人選の誤りを悟ったエミだったが、紹介の労を取ってくれた谷の手前、こちらから断るのは憚られた。 そこで本当の話を

して、鶴船長から断らせるようにしたのだ。 さすがに王子がヤドカリだとは言わなかったが。

 「なるほど、それならば潜水艦が必要になるわけだ! よし、任せておけ!」

 「え?」

 「わしも男、鶴徹。 手を貸そう!」

 「あ、いえ。ご迷惑でしたら別に。 第一、鶴船長はUボートのオーナに雇われているとか、勝手に船を動かすなんて

できませんわよね」

 「心配なさるな、御嬢さん方。 なーに、オーナには黙っておけば判りませんて。 善は急げ! 港まで参りましょう!」

 鶴船長は、カウンターの上のラム酒を一気に飲み干すと、勘定を払ってバーから飛び出す。 あっけにとられるエミと

ミスティ。

 「エーミちゃん……」

 「仕方ないでしょ。 他の船ならこうはいかない。 手間が省けただけでも良しとしましょう」

 投げやりに言って、エミは勘定を済ませる。 その間にミスティはピンクの携帯を取り出して電話を始めた。

 「ボンバーちゃん、ブロンディちゃん。 ヤシガニさん、ヤドカリさんを連れて港まで来て。 スーチャンとスライムタンズも

一緒に」

 『承った』

 無愛想なボンバーの声が返ってきた。

 「行くわよ」

 バーの入り口からエミが声をかけ、ミスティはその後を追う。


 バーは港の傍にあり、100m行かずに港に着いた。 Uボートは、港の端、ふだんは使われていない荷揚げ用の岸壁に

舫ってあった。

 「おい!野郎ども出てこい!」 Uボートに向かって鶴船長がどなる。 すると、前部のハッチが開いて若い船員がぞろぞろ

と甲板に出てきた。

 「点呼!」

 「英!」

 「美囲!」

 「椎!」

 「出井!」

 「井伊!」

 「恵布!」

 『我ら! 乗『組員ズ』!』6人が唱和した。

 「あの〜、ほんとに脱獄してない?」 エミが尋ねた。 

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