王子とスーチャン

Part3-02


エミ達は、オオヤドカリ達を再びハウスの居間に迎え、さて話を聞こうとした時、玄関のドアが再び激しく叩かれた。 

エミが玄関のドアを開ける。

 「ま、予想はしてたけど」

 ドアの向こうには、黒姫率いるオオヤシガニ一行が顔を揃えていた。 鋏をさかんに振り回す黒姫を居間に招き入れる。


 「家老『カニレーザ』さん。 こうして同盟者の姫君がやってきてくれたのだから、彼らにお願いしてはどうかしら?」

 エミの本音は、『南の島まで来て、これ以上、面倒くさい事には関わりたくない』だが、それを表面に出すことはせず、一応の

筋論を述べた。

 ”そうです、我が君を救うは我らが務め! そうであろう皆の者”

 ”は、我らヤシガニ・シークレットサービス。 姫の為ならば、たとえ火の中、水の中”

 張り切る黒姫と、その背後で鋏を打ち鳴らすヤシガニ達に、家老『カニレーザ』が頭をさげる。

 ”志、有りがたく思います。 ですが、『ヒトデ一家』の根城は海底にございます。 皆様方は陸生にて、とてもそこまでは”

 ”何を言うか! やる気があればその程度、障害にはならぬ。 そうであろう皆の者” と気勢を上げる黒姫。

 ”あー、姫様。 恐れながら、海底となれば我らの力が及ばぬかと” 

 ”おのれ等! たった今、水の中と申したではないか!”

 ”えー、水というのは淡水の事でして、塩水はサービス対象外と言うことで”

 敵の根城が海底と聞き、ヤシガニ・シークレットサービスは急にトーンダウンし、どこぞの政治家か、企業のクレーム担当者

みたいな言い訳を始めた。 怒った黒姫が、鋏を振りかざし、シークレット・サービスを追い回す。


 「やれやれ……」

 エミはため息をつき、ソファに腰を落とす。 と、スーチャンがエミの前にやってきた。

 ’るう、ドーナルノ?’

 エミは瞬きをし、家老『カニレーザ』にルウがどうなるのか尋ねた。

 ”聞くところによれば、『ヒトデ一家』の長『オニヒトデの姉御』は、気に入った相手を手籠めにし、最後は骨も残さずしゃぶり

尽くすと……”

 「へー。 でもヒトデがヤドカリさんを食べるの?」 無邪気にミスティが聞く。

 「ヒトデはカニやヤドカリを食べるわよ、脱皮した直後の殻の柔らかい時期には」 エミが答えた。

 ’ヤー! るう、食ベラレチャウ!’ スーチャンが大声を上げた。 ’えみ! るうヲ助ケテ!’

 スーチャンはエミに取りすがって、懇願する。 (頼ってもらえないミスティは、ちょっとふくれていた)

 「助けると言っても……相手は深い海の底、いわば『深海の魔城』。 人間だって(サキュバスも)簡単には行けない場所よ」

 ’……’

 ”……”

 一同は黙り込んだ。 居間の空気が一気に重くなる。

 「仕方ない。 助けられるかどうかわからないけど、とにかく詳しい話を聞かせて」


 ”『ヒトデ一家』の根城は、あなた方が『港』と呼んでいる場所から、沖に出て……”

 「ふむふむ」

 ”左に折れて、まっすぐ行くと『岬』に突き当りにます。 その真下ですじゃ”

 「……『岬』の下?」

 家老『カニレーザ』は頷くと、南の方を指差した。

 ”だいたいあっちですな。 そこに、昔人間が作った『海中公園』とか言う円筒形の『金物』がありましてな、その中に巣くって

おりますじゃ”

 「ちょっと待って、じゃ『深海の魔城』じゃなくて、『近海の海中公園』? じゃあ話は簡単だわ。 人の作った建物なら、地上の

入り口から入ればいいじゃないの」

 ”いえ、建物はだいぶ前に使われなくなり、地上から人が入れなくなっております。 だからヒトデどもの巣窟になりましたのじゃ”

 「でもー。 そんな近くなら簡単だよー」 ミスティが口をはさむ。 「海岸からでも泳いでいけるよねー」

 「そうね……『海中公園』のある深さは?」

 「そうですな、こう体がギュッと締め付けられる感じがしますが、それが陸の3倍ぐらいになりますかな?」

 「んー」 エミは考え込んだ。 「その感覚が正確なら、水深20mぐらい? 素人の素潜りができる深さじゃないわね」

 ’えみ、プシュー、泡ボコボコ!’

 「何? スーチャン……ああ、アクアラングね。 あれも簡単には……」

 「エーミちゃん! あれ駄目、これ駄目って考えててもしょーがないじゃない!」 ミスティが怒り出した。 「高々ヒトデ! 

ドーッと行って! パーッとやっつければ!」 

 ”おお頼もしや!” 家老『カニレーザ』はミスティの手を握ろうとし……盛大に挟んだ。

 ”ヒトデの千や二千なぞ物の数ではないとは!”

 「え? 二千?」 エミが目を丸くし、ミスティが固まる。

 「えーと、やっぱ考えなしはよくないかと……」


 家老『カニレーザ』の話を一通り聞き終え、エミは立ち上がる。

 「取りあえず港に行ってみるわ。 ミスティ、あなたも来て」

 ”港に?”

 「船か何かを借り出して、ダイバーか漁師さんに『協力』を仰ぐの。 判るわね」

 「はーい、目玉グルグルで操るのねー」

 「ちと気の毒だけど、ほかに手段がなさそうだもの」

 二人は表に出ると、港町の酒場に向かう。

 「わお、ゲームみたい」

 はしゃぐミスティを横目に見ながら、表通りを歩くエミ。 彼女は夜の職業を生業にしており、漂う色気は隠しようもないため、

黙っていても男が声をかけてくる。 それを適当にあしらいつつ、目についたスナックに入った。

 「やぁ、エミさんではないですか」

 眼鏡をかけた若い男が、カウンターから声をかけてきた。 エミと一緒に島に来た、川上礼二の同僚だ。

 「谷さん? 川上さんと帰ったんじゃなかったの?」

 「いや、川上さんと途中でわかれて飲んでいたんですよ。 ほら、あのレプリカの潜水艦の船長さんと」

 「そう……ちょっと待って、潜水艦の船長さん?」

 「ええ」

 「紹介して!」

 エミに迫られ、谷はのけぞった。 

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