王子とスーチャン

Part3-01


 ”では皆様。 お世話になりました”

 家老『カニレーザ』が深々とお辞儀をし、ルウ王子と他の家来もそれに倣う。 もっとも、お辞儀をしているのは宙に浮いて

いるイメージで、本体の大ヤドカリ達は、さかんに鋏を振り回しているだけだが。

 ’サイナラ……’

 スーチャンが小さな声で応えた。 その視線は一皮むけたルウ王子に向けられ、ルウ王子もそちらを見て……いると思う

のだが、ヤドカリの目なので、どっちを見ているかよくわからない。

 ”では皆の衆、そろりと参ろう”

 サク、サク、サク……

 砂を踏みしめる音が次第に遠ざかっていく。 こうして、スーチャンと王子の別れは静かに終わった。


 ”では皆様。 世話になりましたわね”

 ヤシガニの黒姫か深々とお辞儀を……せずに、ふんとそっくり返る。 本体のヤシガニの方は、黒光りする鋏を振り回して

いるのだが、挨拶と言うより宣戦布告のようだ。

 ’サイナラ’

 スーチャンは特に表情を変えず、ただ手を振っていた。 二人とも、相手に対する感情を整理できていないようだ。

 ”では、いろいろと失礼もありましたが”

 妙に愛想のいいヤシガニA氏はミスティに別れの挨拶をし、その後でまたミスティの手を挟んでいた。

 ザッザッザッ……

 規則正しい足音を立て、ヤシガニ一族が去っていく。

 一同を見送ったミスティ、スーチャン、エミは、静かになったハウスに戻った。

 
 ヤドカリ一族は、細い月に照らされた浜辺を一列に進んでいた。 先頭を行く家老ヤドカリ(エミがいないのでイメージが

出ない)の大きな殻の上に、脱皮したてのルウ王子が乗っている。

 ”仮の住まいは用意してありましたが、今宵のうちに脱皮までいかれるとは思わなんだで、運んできておりませんでした。 

急ぎ戻りましょう”

 ”うん……” ルウ王子が生返事をした。

 ”元気がありませんな。 如何なされました?”

 ”二人とも……僕を軽蔑してた……”

 サク…… 家老ヤドカリが足を止めた。

 ”殿下、そのようなことは有りませぬぞ。 それならば、お二人とも殿下の床修行におつきあいなさりますまい”

 ”でも……僕は何もできなかったし……”

 ”ふむ……”

 家老ヤドカリがが返事を考えていたその時、あたりに次々と砂煙が上がった。

 ”ややや! 何事!”

 家老ヤドカリが叫んだのと、彼めがけて砂煙が降ってきたのが同時だった。

 ”何奴!”

 静かな浜辺がにわかに騒がしくなった。


 「大変、泥棒だぁ!」

 部屋に戻ったミスティが騒ぎ出し、エミがミスティの部屋にやってきた。

 「泥棒? 下着でもとられたの?」

 「違う! 同人誌!」

 「は?」

 「ここに入っていたのがゴッソリと!」

 鞄を開けてみせるミスティ。 ピンク色の鞄の中には、下着、水着の類が入っていたが、かなりのスペースが出来ている。 

エミは、鞄にシミがあるのに気が付いた。 触って、匂いをかぐ。

 「潮の匂いみたいね」

 ミスティが何か言おうとしたとき、ハウスの扉が激しく叩かれた。

 ”スーチャン殿!スーチャン殿!”

 「あら、家老『カニレーザ』さん?」

 スーチャンがハウスの玄関に行き、戸を開けた。

 ”おお、大変です。 殿下がわらわれました!”

 ’ハッハッハッ……ッテ?’

 ”何を笑っておられる! いや違った、さらわれました!”

 ’ガチャーン’

 ”違ーいますっ。 拉致されました!”

 ’スーチャン、ムツカシイコトバ、ワカンナーイ’

 「ルウ王子が、悪いやつらに連れて行かれたと言ってるのよ」 エミが通訳する。

 ’ドーシテ、ハヤクイワナイノッ!’ スーチャンが理不尽に家老『カニレーザ』を責める。

 「誰に? 漁師?」 冷静にエミが尋ねる。

 ”ち、違います。 ヒトデッ! 『ヒトデ一家』の乱波ですじゃ!”

 ’ラッパ? プァー’

 「忍者の事よ。 つまり『ヒトデ一家』の忍者がルウ王子をさらって行ったと」

 ”左様で!”

 「なるほど。 で、ここに来た理由は?」

 ”殿下を助けて下され!” 

 一斉に頭を下げるオオヤドカリを見て、エミはうんざりした様に呟いた。

 「貴方達は、自分で何かしようって考えはないの?」

【<<】【>>】


【王子とスーチャン:目次】

【小説の部屋:トップ】