王子とスーチャン

Part2


 「何、何、何?」

 ハウスの扉を、外から何かが叩いてる。 エミは、スーちゃん達の傍を離れ、ハウスの扉に手をかけた。

 「飲みすぎで頭が痛いのよ、誰だか知らないけど大きな音を立てないで……」

 扉を開けると、サッカーボール程の塊が次々に飛び込んできた。

 「な、何……ヤシガニ?」

 ハウスに飛び込んできたのは、黒いツヤのあるヤシガニだった。 さらに灰色のヤシガニが数匹、続いて入ってきた。

 ”これはこれは、黒姫様ではありませんか。 ごぶさたしております”

 かしこまって家老『カニレーザ』が黒いヤシガニに挨拶をする。

 ”おお、ヤドカリ家老殿。 大過ないか……ではない! 我が君は何処!”

 クロヤシガニが鋏を振り上げた。 家老『カニレーザ』はクロヤシガニの前に周り、自分の殻で背後を隠しながらクロヤシ

ガニを押しとどめる。

 ”姫様、殿下は床修行の最中にてお会いになれません。 どうか、お引き取りを”


 エミは、ヤドカリとヤシガニが何やらゴソゴソと話し合っている脇を抜け、ハウスの居間に戻ってきた。

 「エーミちゃーん……」

 ソファの陰からミスティが情けない声を上げる。 エミの「ヤシガニ!」に驚いて隠れたらしい。

 「本来のお相手が怒鳴り込んできたみたいね」

 「なんでー? ヤドカリさんの方からお願いに来たのに」

 「ヤシガニさんは、何やら気に入らない事があったみたいね?」


 ”我が君の床修行の相手に、得体のしれぬ物の怪を選ぶとは何事ぞ!”

 ”お説ごもっともなれど、御寝所にひきこもった殿下を連れ出せるものは他におらず、成人の儀まで時がござりませぬゆえ”

 ”ええい! 埒があかんわ。 そこをどけぃ!”

 クロヤシガニことヤシガニ族の黒姫は、ヤドカリ家老を飛び越えて居間に乱入する。 そこでは、スーチャンがヤドカリの

ルウ王子相手に床修行の真っ最中。 黒姫の体から怒りのオーラが立ち上る。

 ”お、お、お、己ぇ! どこ馬の骨……いや骨はないか。 どこの物の怪かしらんが、我が君に迫るとは言語道断、盲亀の

浮木、うどんげの花ぁ!”

 「後ろ二つは、敵討ちの時の口上よ」 エミが突っ込む

 ”そ、そうか……ではない! おのれ物の怪、成敗してくれる!”

 ’すーちゃん。 物ノ怪ケ違ウ’

 ヤドカリのルウ王子の殻から、スーチャンが顔だけだして反論する。

 ’由緒正シキ、悪魔ノ使イ魔ダイ!’

 ”問答無用!”

 黒い鋏を振りかざし、黒姫がスーチャンめがけて飛び掛かる。 スーチャンも真珠色のルウ王子の殻から半身を出して

応戦する。


 「スーチャン、あれ? 人型やめて体を伸ばして……何をしてるの?」

 独り言のようなエミの呟きに、ミスティが応えた。

 「スライムタンズもそーだけどね、何かの形になっている時に、叩かれたり挟まれたりすると痛いの。 でも不定形になって

いれば、殴打されても痛くないんだー」

 傍観者を決め込んでいる間に、ヤドカリ家老と黒姫と一緒に来たヤシガニ達が居間に入ってきた。 すると一匹のヤシガニ

がトコトコとミスティの方に近寄ってきた。 昼間、痛い目に合っているミスティは、思わず後ずさる。

 「な、なによ」

 ”や、どーもどーも。 昼間は失礼しました。 わたくし黒姫さまお付のシークレットサービス、ヤシガニAと申します。”

 黒姫より一回り大きなヤシガニは、やたらに愛想よく自己紹介する。

 「へ? ということは……昼間のヤシガニ!?」

 ”左様でございます、はい。 どうも意思の疎通がうまくいかず、あのような騒ぎになってしまいましたが、私どもとしては、無用

の諍いは望むものではございません”

 そう言いながら、ヤシガニAは大きな包みを差し出した。

 ”これは『銘菓ヤシの実せんべい』でございます。 どうかお詫びのしるしとしてお納めください”

 「はぁ」

 受け取った箱を開けると、定番のゴーフレットのお菓子が入っている。

 「まぁ、そういうことなら」

 よく判らないが、含むところはなさそうである。 和解を受け入れることにしたが、欧州出身のミスティは意識せず握手を

求めた。 ヤシガニA氏はそれに応え、結果。

 「あだだだだだ!!」

 ”や、や、や。 重ね重ねの失礼を”

 またヤシガニAに指を挟まれたミスティだった。 


 ”えい、えい、えい……ぜいぜい。 おのれ物の怪! 正々堂々勝負せい”

 ’戦ワズシテ勝ツ。 コレヘーホーノ極意ナリ’

 ”兵法とは何か、知っているのか?”

 ’さぶチャンノ歌。 ヘーヘーホーホー’

 ”それは『与作』だ!”

 スーチャンが、粘体しているので黒姫はダメージを与えられない。 一方のスーチャンも、人型をとるとダメージを受ける

ので攻撃できない。 双方手詰まりになっていた。 黒姫の息が切れたため、睨み合いになった。

 「こほん、お二人さんちょっと」 エミが割って入った。

 ”何だ人間……違うな? 我らと話ができるのか?”

 「それはどうでもいいわ。 不毛な争いはやめたらどう? 貴方達には争う理由はないでしょう」

 ”我にはあるぞ。 我が君の床修行の相手がこのような……”

 「スーチャンが気に入らないと? この子はいい子よ。 ヤドカリ家老さんの頼みを聞いて、王子様が貴方の前で恥をかか

ないように、手ほどきをしてあげようというんだから」

 ”む……そうなのか?”

 ’ソーソー’

 うんうんと頷く、スーチャン。 ちなみにもう一人の当事者ルウ王子は、息をのんで成り行きを眺めている。

 「貴方がこの床修行を邪魔して、それで王子が恥をかいてもかまわないと?」

 ”そうではないが……いやなものはいやだ! 我が君が、こいつ……いや、この娘に手ほどきを受けて、我との儀におよぶ

のは”

 「感情的に許せないというのね。 判らないでもないけど……ではこういうのは? スーチャンは、王子様を殻から連れ出す

所まで、そこから後はお姫様が」

 ”うむ、我自身が床修行を施すのだな”

 ’ブーブー! ソレジャすーちゃん、ツカイッパシリ!’

 「スーチャンのプライドが許さないか……では、殻から出た後は、二人のどちらが王子様を大人にできるかの勝負を

すれば?」

 ”なに……よかろう”

 ’エー!……ウケテタトウ’

 ”カリッ!? カリーッ!”

 殻の中から悲鳴のような声が上がった。 『僕の意見は!?』しか言っているらしい。

 「やかーしぃ! 自分のことで女の子が争っている時、引きこもっているような男に発言権はない!」

 エミに言われて、ルウ王子、ヤドカリ家老、ヤシガニ・シークレットサービスは黙り込んだ。

 「よーし、じゃドアが叩かれたところから続けましょう」

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