王子とスーチャン

Part1-03


 ”我らはヤドカリ一族はこの辺りの海を、そしてヤシガニ一族は陸を縄張りとしております”


 「ヤ、ヤシガニ!」

 ’カーニィ!’

 ソファの向こう側から、ミスティとスーチャンが声を上げた。 二人は、家老『カニレーザ』が話を始める直前に目を覚まし

その姿(イメージ)に驚いてソファの向こう側に身を隠したのだ。 今はソファの背もたれの上に顔だけを出し、話を聞いている。


 ”住む世界こそ異なりますが、祖は同じ。 一族の次代の長は、成人前に互いを伴侶として婚姻の儀を結び、固い同盟を

築いてきました”

 「あのー、ヤドカリとヤシガニが婚姻を?」 エミが困惑と混乱の入り混じった表情を見せた。 


 「生まれてくるのはヤドカニ?それともヤシカリ?」

 ’カリカーリ?’

 ミスティとスーチャンがボケを入れる。


 ”いえ、婚姻と言ってもさすがに子孫は無理でして。 交尾は行いますが”


 ’コービ?’

 「あのね……」 ミスティがスーチャンに耳打ちする

 ’エー……!’ スーチャンが、家老『カニレーザ』をジト目で睨んだ。 ’スケベ’


 「ミスティ、話が進まないから。 あーすみません、どうか続きを」

 家老『カニレーザ』は咳払いをすると、気を取り直して話を続けた。

 ”つい最近のことですが、ヤドカリ一族、ヤシガニ一族の長があいついで死去し、一時的ではあるが縁戚関係が途切れて

しまいましてな。いや、すぐに争いが起きるとかそういうわけではないのですが……”

 「長の死と相まって、一族に動揺するものがいると?」

 家老『カニレーザ』は得たりとばかりに頷いた。

 ”幸い、ヤシガニ一族の長には娘が、ヤドカリ一族の長には息子がおり、婚姻の儀式を行えば、両一族の関係は元に戻ります。 

ヤシガニ族の姫はその気なのですが……”

 「あなたの一族の長の息子……その、王子様が嫌がっていると?」

 ”いえ、怯えておりまして……成人したがらんのです”

 「は? 成人したがらない?」

 ”あー、これはあなた方には判りませんかな。 我々は成長する為に、特定の時期に『脱皮』する必要があります”

 「はい」

 ”我らが王子は、成人する為にあと一回は脱皮せねばなりませんが……それを嫌がっているのです”

 「それはまた、なぜ?」

 ”最近、この辺りで勢力を増しているヒトデ一家がおりましてな……”

 エミは額を押さえ、片手を上げて話を止めた。

 「すみません。 話の腰を折るようですが、今なんと」

 ”ヒトデ一家。 ご存知ありませんか、ヒトデを。 星形やら、トゲトゲのあるのやら、海底を這い回って、貝を食べる”

 「いえ、ヒトデは知っていますが……判りました、続けてください」

 エミは理解する事をあきらめ、とにかく話を聞くことにした。 

 ”ヒトデ一家の長……『姉御』と呼ばれているようですが、それが我が王子に横恋慕しまして。 このあいだ王子が遊んで

いるときに、隙を見て襲い掛かりまして。 王子の貞操は無事でしたが、すっかり怯えてしまいまして。 それいらい自分の

殻に閉じこもって、引きこもり状態なのです”

 自分の殻に引きこもるのは、ヤドカリの生態でしょうとエミは心の中で突っ込んだ。

 ”脱皮するには殻からでなければなりません。 それでこちらにお願いにあがった次第で”

 「事情は判りました」 エミは、いろいろ突っ込みたいのを押さえ、要点を整理して、根本的な所を尋ねる。 「で、具体的には

何をお望みなのです」

 ”は、王子を男にしていただきたい”

 『……』 部屋に沈黙が流れた。

 「あの、もう少し具体的に」

 ”おほん、引きこもった王子に、女を教えていただきたい。 もう少し直接的に言い直しましょうか?”

 「いえ、判りました……」

 飲みすぎで頭が痛むエミには限度を超えた話だった。 が、気づかないのか、家老『カニレーザ』の口調が熱を帯びてきた。

 ”そちらのお嬢様方が、ヤシガニ一族の者達と戦っておられたのを拝見しました”

 「一方的にやられただけなんだけど」

 ’ヤラレター’   

 ”その戦いを見て、私は確信しました! 引きこもった我が王子を男にできるのは、こちらのお嬢様しかいないと!”

 なんだかよく判らないが、家老『カニレーザ』はミスティに期待しているようだ。 人から頼られるというのは嬉しいものである。 

ミスティは照れながらソファの影から出てきた。 後からスーチャンがとことこと続く。

 「いやー、そんなに頼られると照れるなー」

 ’テレルナー’

 ”お願いします!”

 家老『カニレーザ』の本体、巨大ヤドカリは凄い勢いで突進し、照れるミスティを……無視してスーチャンの可愛い手を、

両方の鋏でそっと包み込んだ。

 ”何とぞ、我が王子を男にしてやって下さい! えーと……”

 「スーチャンよ」 エミが教えてやった。

 ”スーチャン様! なにとぞ! なにとぞ!”

 ’エ? エー!?’

 混乱するスーチャン。 固まっているミスティ。 理解不能な事態に頭痛が止まらないエミ…… 南の島の熱い夜はまだ続く。

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