パイパイパー

3.女神と少年(1)


 ティ書記官と護衛のドドットは、ゴー・ツック村長、教会の関係者を伴って街道の入り口で人待ちをしていた。 ババや

ウースィが放たれた草地が広がり、そこを貫く街道は遠くまで見渡せた。 その街道の端に、教会の人間がよく使う黒い

旅装束の一団が現れた。

 「あれか……と、あれでしょうか」

 「おそらく」

 ティ書記官はドドットに頷き返し、付け加える。

 「無理に丁寧な言葉にしなくてもよいですよ」

 「いや、そうもいきません。 前は、タ・カークに任せていたんで、なかなか慣れませんが」

 ドドットの言葉に、ティ書記官は目を伏せた。

 「タ・カークさん、シタールさんは気の毒な事になり、心中お察し申します」

 ゴー・ツック村長が慰めの言葉をかける。

 「お気遣いなく。 むしろ、務めを果たせなかった我らは責めを負うべきかと」

 ティ書記官が村長と会話している間に、旅装束の一団は意外に早い足取りで街道を進んでくる。

 「『手に足りず』? 少ないな」 ドドットは指を折りながらつぶやいた。 両手の指の数より少ないという意味だ。


 待っていると時間は長く感じるもの、ドドットがそんな言葉を思い出すころになって、旅装束の一団とドトット達は合流した。

 「やぁやぁやぁ、皆さんお揃いで」

 小太りの男が進み出ると、皆に挨拶をした。

 「おお、ゴー・ツック村長ではないですか。 久しぶりです」

 「おお、ブラザー・ゴー・ル・トール讃歌卿ではありませんか! そうですか、貴方が来て下さるとは! ありがたい」

 村長が進み出て、彼が『ブラザー・ゴー・ル・トール讃歌卿』と呼んだ小太りの男と親愛の抱擁を交わす。

 「お知り合いでしたか」

 ティ書記官が、村長に尋ねた。

 「ええ。 おお、いけない。 ブラザー・ゴー・ル・トール、紹介しましょう、こちらが……」

 村長が出迎え側の一行を紹介する。 本当なら教会側の責任者であるティ書記官が行うべきだが、二人が知り合いならば

とティ書記官は任せることする。 出迎え側の紹介が終わると、旅装束の小太りの男が自己紹介を始めた。

 「承りました。 私はミトラ教会のブラザーを務めているもので『ブラザー・ゴー・ル・トール』と申します。 讃歌隊を指揮すること

が多いので『讃歌卿』と呼ばれることもあります」

 そう言うと、ル・トール卿は深々と頭を下げ手を横に広げる。

 「後ろに控えているのは、特に私が目をかけて育ててきた、讃歌隊の隊員です。 今回は特に精鋭の六人を連れてまいり

ました」

 「讃歌隊の隊員ですか」 ティ書記官は戸惑ったように聞き返した。

 『讃歌』とは神を讃える歌であり、祈りや催し物の際に歌われる事が多い。 また、ミトラの教えではミトラ以外の神も尊敬の

念を持って敬うべしとされているので、土着の民の神を敬うため、その土地の歌を歌うこともある。 しかし、讃歌隊は魔物に

対峙する役目は持っていないはずだ。

 「戸惑うのも無理はありませんが、詳しい話は教会で」

 「はい、それは」 頷くティ書記官。

 「ブラザー。 今六人と言われましたが、一人多いようですが?」 とトドットが言った。

 言われてみて、一同は人数を数えなおと、確かに一人多い。 すると、最後尾にいた一人が進み出た。 頭巾を深くかぶって

いても、口元しか見えない。 

 「私は、讃歌隊のものではありません。 パイパイパーについての知識が有るため、都より派遣されて来ました」

 ドドットは微かに眉を寄せた。 女の声だ、それも妙に艶めかしい。

 「そうですか、それであなたは……」

 ドドットが続きを言う前に、村長が遮った。

 「皆お疲れでしょうし、立ち話するような話でもありますまい。 まずは教会へ、宜しいですかな?」

 ティ書記官がドドットをちらりと見る。 ドドットは頷くと、讃歌隊の面々が背負っていた荷物を降ろさせ、ババ車に積み込む。 

そして、ル・トール卿、讃歌隊、シスターをババ車に分乗させて教会に向かことにした。


 ババ車はガタガタと音を立て、のんびりと道を進む。 道すがらに村長とル・トール卿が話を始め、ドドットとティ書記官は後に

続きながらそれを聞いていた。

 「しかし貴方が来るとは、大ごとになりましたな」

 「買いかぶらんでください。 ガッハッハッ」

 「ですが『奇跡の歌声』と言えば、教会の秘中の秘だったのでは?」 

 『奇跡の歌声』と言う言葉に、ティ書記官の表情が動いた。

 「『奇跡の歌声』……」 呟くティ書記官。

 「なんですか、それは」

 「私も噂を聞いたことがあるだけですが、ブラザーの中に魔物を追い払う『讃歌』を歌える者がいるとか」

 「歌で?魔物を? そりゃ凄い。 本当なら俺たちは商売あがったりですな」 ドドットが、信じられないという顔で言った。

 「噂ですよ、噂」 

 ティ書記官はそう言うと、やや足を緩めて都より来たシスターのババ車に並んだ。 ドドットがそれに倣う。 ババ車の歩みは

人と同じぐらい、ついて歩くのは造作もない。 

 「シスター。 私はティという書記官職にあるものです。 少しお話を伺っても宜しいですか」

 ティ書記官が尋ねると、彼女は軽い咳をした。

 「シスター? 具合でも悪いのですか?」

 「お気遣いなく。 埃で咳が出ただけです」

 「そうですか。 思ったより早く到着されたので、皆、安堵しております。 皆様お疲れの様子ですが、旅は順調でしたか」

 エミは、もう一度咳をするとティ書記官に向き直った。

 「急ぎと言うことでしたので、途中までは船を使い『海』を渡りました。 一度、大ウミヘビ女に襲われましたが、地元の方々に

救われました」

 「『海』を……」

 ティ書記官は驚いた顔をした。 『海』は魔界、その下に住む魔物は数知ず、未知の魔物も多いという。 

 「『奇跡の歌声』もいましたから……」 シスターはそう言うと、頭巾の上からこめかみを抑えた。

 「そうですが。 ご苦労様です」 

 ティ書記官は深々と頭を下げ……それから慌ててババ車を追う。 頭を上げている間にババ車が行ってしまったのだ。

 「シスター。 お名前を伺ってよろしいですか?」

 ドドットが尋ねると、シスターは僅かに顔を上げ赤い唇を動かした。

 「エミと申します。 シスター・エミと呼んでください」

 「シスター・エミ……」

 彼女の名前を反復しながら、ドドットは頭巾の中に視線を送る。 白い肌に赤い唇が妙に印象に残った。

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