パイパイパー

2.女神の洗礼(9)


 −− 『氷蛇の谷』の下流、木集めの村−−

 ティ書記官たちに率いられた残った村人は、ここに集められていた。 ドドットは、ティ書記官と共に、この村のミトラ教会に

赴いていた。

 「神様……か」

 ドドットは、ミトラ教会のシンボルを見上げて呟いた。

 「神様よぅ。 あんたが本当にいるのなら、なんで魔物を野放しにするのかな」

 「ドドットさん」

 背後からの声は、神ならぬティ書記官だった。 ドドットは躊躇いがちに振り返り、憔悴したティ書記官の姿に気を重くする。

 「書記官殿ですかい。 もう『鳥書』は飛ばしたのか」

 『鳥書』は教会や領主が飼育している『鳥』に、手紙を託す連絡手段である。 連絡手段としては最速だが飛ばせる鳥の数には

限りがあり、しかもいろいろと費用が掛かり、めったに使用できない。 とはいえ、村の大部分の村人がまるまる行方不明なった

となれば、報告を急ぐ必要がある。

 「それなんですが、都から『鳥書』が来ました」

 ドドットは目を見開いた。 

 「都からの『鳥書』……そんな大事になったのか」

 『鳥書』は普通、地方から都へ急を知らせる場合に使用される。 『鳥』は一定の方向と決まった地点にしか飛べないし、

飼育に費用が掛かる。 そのため、必要最小限の数が各地の領主やミトラ教会で飼育されている。 当然、都には地方へ飛ばす

為の『鳥』が飼育されているが、その数は各地の鳥の合計の1/10もいない。 それは、都から地方に急な連絡と認められる

ものが少ないことを意味する。 つまり、都から『鳥書』が来るということは、それだけの重大事だということだ。

 「はい……都には『パイパイパー』の記録があったのかもしれません」

 「パイパイパー? あの音、ですかぃ……」

 「ええ、それで我々にはここから動くなと。 もし行方知れずになった村人たちが戻って来たら……」

 「……来たら?」

 「追い返せ、さもなくば逃げろと」

 「へ? ちょっと待て! なんだそりゃ」

 「村人達はパイパイパーの手に落ちた、そう判断したようです」

 「全員が? あの霧だ、はぐれちまった奴だっているかもしれないだろう!」

 ドドットの怒声に、ティ書記官は悲しげに首を振った。 ドドットは怒りを抑え込、息を整えて次の言葉を発する。

 「……それで、いつまでだ。 いや、ですかぃ。 俺たちは、いつまでここで待機しているんですか?」

 「ブラザーが一人、来るそうです、彼らが到着するまで……」

 「何、ブラザー? 兵は来ない……ので?」

 「一人ではないようですが……詳細はブラザーから伝えられるとだけ……」

 「『鳥書』では詳しくは判らないと」

 力なく頷いたティ書記官は視線をそらした。 ドドットは言葉を切りり、『氷蛇の谷』の方を見た。 あの先にパイパイパーが

居るのだ。

 「覚悟がいるか……それとも奇跡を待つか」

 ドトットは後に知ることになる、彼の言葉が現実になることを。


 ルウはシャーリィに連れられて、何処ともしれぬ道を歩いていた。 いつの間にか洞窟を出たようだ。 やがて、シャーリィが

立ち止り、正面を指差した。

 「あれは……」

 「あのお方がパイパイパー様です」

 シャーリィの示した先に、一人の女巨人が座っていた。 その姿は白い霞に隠れ、影絵の様である。 彼女を包む霞は途切れ

なく湧きだし、地を這うように流れていく。

 「あ……村の人たちだ」

 パイパイパーの正面に、ちょっとした広場があり、そこに村の大人たちが佇んでいたり、座り込んだりしている。

 「あれは何をしているの?」

 「パイパイパー様が、皆に喜びを与えるのよ」

   
 「でた……女巨人だぁ……」

 オランは、パイパイパーを見上げて声を上げた。 長年連れ添った女房のリタを背後に庇い、震えながらもパイパイパーを

睨みつける。 他の者たちも多かれ少なかれ、似たような格好でパイパイパーに対峙していた。 

 「あ、あんた、あたしらどうしてこんなところに」

 リタは亭主の背中で震えながら、小声で話しかける。

 「わ、わがんねぇ。 霧の中で綺麗な音が聞こえてきたと思ったら……」


 ホォー…… パイパイパー〜♪……


 「そう、あんな……で? こ、こいつの声だか……」

 オランとリタは、目の前の女巨人が『パイパイパー』と声を上げるのを、ただ震えながら聞いていた。 硬直する二人を、白い

霞がゆるゆると取り巻く。

 「おら達をどうする気だ……」

 呟くオランの手を、リタが引っ張る。

 「あんたぁ……」

 「ああ、大丈夫だ。 でっかくても、おとなしそうだ。 好き見て逃げ出しゃ……」

 「あんたぁ……」

 「大丈夫だって」

 「あんたぁ……」

 「だい、あわっ!?」

 いきなりリタが、オランを引き倒した。 地に倒れたオランに、リタが馬乗りになる。

 「なにするだ!」

 「わかんねぇ……ただ……体が疼いて」

 「おぃ、何考えてんだ。 時と場所を考えろ」

 オランとリタが連れ添ってから、両手両足の指の数より多く収穫を迎えている。 もう、そんな年ではないのだ。 しかし、リタは

熱に浮かされたような目つきでオランを見つめ、服を脱ぎ始めた。

 「ああ……熱いだ」

 「これ、やめねぇ。 おめぇ……」

 リタは、亭主が必死で止めるのを聞かず、自分の服を脱ぎだした。 長年の労働に荒れた肌と、苦労に痩せた裸身がオランに

さらされる。

 「やめれつっうに」

 「あんただって……その気なんじゃない」

 言われて初めて、オランは下ばきが突っ張っているのに気が付いた。 思わず赤面するオランの隙をついて、リタの手が

オラン自身を掴んだ。

 「うへっ!?」

 耐えて久しいはずのモノに、えらく新鮮な刺激が走った。 つい動きを止めたオランの前で、リタは自分自身をさらけ出す。

 「ああ……ああ……来て……来てあんたぁ……」

 リタの言葉が、耳に絡みつく。 目の前にさらけ出されたリタ自身は、枯れ果てていた泉が蘇るように、透明な輝きを放ち、彼を

誘っていた。

 「リ、リタ……」

 ふらふらと、手を伸ばしオランはリタ自身に触れた。

 「あっ!」

 リタが声を上げ、オランは思わず手をひっこめた。 リタの声に驚いたのもあったが、指先に感じたリタ自身は、まるで若い娘の

ように柔らかだったのだ。

 「リタ……」

 「ねぇ……き……て……」

 リタの言葉に吸い寄せられるように、オランはリタに重なり、下ばきからはみ出したオラン自身がリタ自身と触れ合った。

 「うっ!!」

 「あはっ♪」

 リタ自身がオラン自身に吸い付き、中へ導こうと……いや中へ引きずり込んでいく。

 「ううっ……ああっ!?」

 ズッ、ズズッ、ズズズッ……

 不気味な音を立て、オラン自身はリタ自身に入っていく。 同時に、若いころのような熱い情熱の感覚が、二人のモノに蘇って

くるではないか。

 「こ、これは……」

 「あ、あんた……オラン!」

 「お、おまえ……リタ!」

 二人は互いの名前を呼びながら、かって交わしていた情熱の炎を蘇らせようとしていた。

 消えかけた蝋燭が最後の輝きを放つが如く。

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