パイパイパー

1.巡視達の災難(15)


 「ここから入るんだな」

 水の取り入れ口を前にして、ドドットが振り返った。 彼の背後には、タ・カークと同行していた猟師、ティ書記官、村長他数人が

いる。 猟師の通報を受け、人数を集めてやってきたのだ。

 「そうだ。 だが、見ての通り一人ずつしか入れねぇ」

 「数で押すのは無理ですか……」

 「穴を広げたらどうだ」

 「時間が、いや日数がかかるぞ」

 ドドットの言葉に、村長の表情が険しくなった。

 「そんなに時間がかかれば、彼女達がどうなるか。 なにか良い方法はないでしょうか」

 「村長さん……考え方を変えた方が良いかもしれません」

 ティ書記官が暗い表情で、村長と話し始めた。 

 「教会の人間が、わずかな時間のうちに魔物の手に落ちてしまった。 ならば、村の方達も同じ様に魔物の僕になっているかも

しれません」

 「……救い出すのをあきらめろと?」

 ティ書記官は首を縦に振った。 

 「単に捕らえられているならばまだしも、魔物の僕になっていたら、この人数では難しいでしょう。 まして狭い穴の奥です」

 「あきらめろとおっしゃるのか?」  村長は固い顔で尋ねた。

 「あきらめろとは言いませんが、今は私にもいい考えはありません。 今の話のように、穴を広げて攻め込むぐらいしか思いつき

ません。 それより、残った村人の安全を守る方が大事です」

 「……村の井戸を塞ぎましょう。 仕方がありません」

 「それでは駄目でしょう。 それより村人を避難させましょう」

 村長の顔色が変わった、何か言い募ろうとするのをティ書記官が遮った。

 「井戸を塞げば、村を維持するのが難しくなり、結局村から出て行くことになるでしょう。 魔物を追い払う目処が立つまで、女子供

だけでも避難させましょう」

 「……しかし」

 ティ書記官は、村人達の避難には教会が協力する事を話したが、村長はなかなか首を縦に振らない。 土地を失えば農民は

死んだも同然だ。 魔物も恐ろしいが、村から離れれば確実に皆が苦しむ。 いや、下手をすれば村がなくなる。


 「しかたねぇな」

 様子を見ていたドドットがカンテラを持ち上げた。

 「俺が様子を見てくる」

 「ドドットさん!?」

 「このままじゃ、日が暮れちまう。 シタールはともかく、タ・カークは助けられるかもしれん」

 「ですが!」

 「タ・カークが捕まって、さほど時間が立っていない。 まだ中で頑張っているかもしれん」

 「……」

 「時間を計ってくれ。そうだな、あの木の陰が川に届くまでだ」

 ドドットは一本の木を指差した。 木の影が長く地に落ちて、川に届きそうにな

 「それまでに俺が帰ってこなければだ。 村長さん、村から逃げ出せ。 いいな」

 「……判りましただ……」

 「ドドットさん……」

 「ん?」

 「すみません」

 ドドットは軽く手を振り、カンテラを持って水の取り入れ口に入っていった。


 「ふん、ちと格好をつけ過ぎたかな」

 カンテラだけを道連れに、ドドットは奥へ進んだ。 いけどもいけども一本道、いい加減飽きてきた頃、カンテラの明かりに白い影が

照らし出された。

 「待ち伏せかい、基本に忠実だねぇ」

 短剣を抜いて、逆手に構えると、じりじりと後ずさる。

 「さて、お前は誰だ?」

 カンテラを上げ、相手の顔を確認する。 見覚えのない白い顔が明かりに照らし出される。

 「となると、村の誰かか、それとも魔物の一味か」

 白い人影が、ドドットの声にびくりと身を振るわせた。 搾り出すような声で何かを話し出す。

 「ドドットか?……タ・カークだ」

 「あー? タ・カークの旦那か? ずいぶん様子が変わったようだが」

 ドドットは油断なく身構えつつ、相手の様子を観察する。 やや丸みを帯びた曲線は、女のように見えるが、男の様でもある。

 「ふむ、どっちか言うとシタールっぽいなぁ」

 「シタールが怒るぜ……ドドット、書記官に伝えてくれ。 逃げろと」

 ドドットの顔から表情が消えた。 じっとなくタ・カークの様子を伺う。 その時、奥から綺麗な声が響いてきた。

 パイパイパー♪

 「うあっ……」

 タ・カークが身もだえした。

 「どしたい」

 ドドットが平然と尋ねる。

 「あ、あの声の主が元凶だ。 パイパイパー神と名乗っていた」

 「ほぅ? 神とはね。 この奥で信者の募集でもしていたのか」

 「そ、その通りだ」

 「なにぃ?」

 「俺達は、や、奴の乳を飲まされた。 するとあいつの言葉が、わ、判る様に……」

 パイパイパー♪

 「ああっ……」

 再び悶えるタ・カーク。 心なし、やせた様だ。

 「おい?」

 「声に……逆らえない……」

 ドドットは飛び下がる。 その拍子に頭を天井にぶつけたが、気にする様子はない。

 「神乳につけられ……一度は……逃げ出したけど……」

 ゆっくり顔を上げるタ・カーク。 さっきより線が柔らかくなり、もう男には見えない。

 「体も心も……蕩けそて……あの方の……」

 目つきが尋常でない。 ドドットは一瞬迷いったが、足元の土を蹴り上げると、きびすを返して逃げ出した。

 「いけ……行っちまえ……ニ……ゲ……」

 タ・カークの言葉を背中で受け止め、ドドットは呟いた。

 「了解したぜ、タ・カーク」

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