パイパイパー

1.巡視達の災難(10)


 シタールは腹ばいになって、狭い通路を進んでいた。 泥まみれだが気にした様子はない。

 パイパイパ〜♪

 「呼んでいる……」

 その耳に聞こえてくるのは不思議な音色、楽しく、優しく、そして妖しく彼女を誘う。

 「呼んでいる……」

 シタールは闇の向こうに消えた。


 「シタールを追いかけないと!」

 井戸の周りで、タ・カーク達が慌てている。

 「どうやって? 井戸の横穴は俺たちじゃ通れねぇ。 シタールより小さいのは女か子供しかいねぇ」

 「……まて、確か川のほうに水の取り入れ口があると」

 タ・カークが村人たちに尋ねた。

 「ああ、そっちは大人が立って入れるだ、途中までは」

 「よし、そっちから入ってみよう。 誰か案内を頼む」

 タ・カークが村人から案内役をつのる間に、ドドットが道具を用意する。 その一方で、ティ書記官は村長に井戸の

見張りを依頼していた。

 「女子供が入らないように、蓋をして見張りを立ててください」

 「もし見張りがおかしくなったら?」

 「井戸から少し離れ、耳栓をさせてください。 それと二人以上で見張ること」

 「見張りは立てますが……せめてお一人は残っていただけませんか」

 不安げな村長の言葉にティ書記官は考え込んだ。

 「ドドットさん、こに残って見張りの指揮をお願いできませんか。 村長さん、代わりと言ってはなんですが、猟師の

方と案内の方の同道を願いたいのですが」

 「書記官さんよ。 残るのはいいが、後のことも考えないとまずいぜ」

 「教会のブラザーに『鳥書』を飛ばすようお願いしました。 応援が来ます」

 「鳥……早くても三日だな」とタ・カーク。

 「ええ、それを待っていたら、シタールさんも、村の女性たちも……」ティ書記官は、あとの言葉を飲み込んだ。

 「お願いします」

 村長は深々と頭を下げた。


 「ここは……どこ?」

 シタールはあたりを見回す。 気が付けば、真っ暗な空間に一人たたずんでいた。 空気が動かないのが不気味だ。

 「夜? それとも……誰!?」

 背後の物音に彼女は振り返る。 と、暗闇の中にかすかな白い影が佇んでいる。

 「ちっ」

 短剣を抜き構えた。 そして、影を正面に見据えたまま視線を固定し、影の正体を見極める。 それは数人の裸の

女性だった。

 「1,2……5。 村の方達ですか?」

 シタールの問いかけに、影が揺れた。 シタールは平静を装って続ける。

 「探しに来ました。 怪我はないですか? 歩けますか?」

 今度は反応がない。 シタールの中で警戒のレベルが跳ね上がった。 彼女は身構えたまま、そっと足を引く。


 ”フフッ”

 誰かが笑った、上のほうで。

 「!?」

 シタールが振り仰ぐのと同時に、辺りが柔らかい光で包まれた。 そして、彼女はそれを見た。

 「お、お前は!?」

 その形は裸の人間の女、身の丈は人の十倍、そう女の巨人がそこに立っていた。 土取り場の地面に跡を

残したのは、この女巨人に間違いなかった。

 ”勇敢だな、お前は”

 女巨人の言葉が辺りに響く。 それで気が付いたが、ここは周りを岩で囲まれた巨大な空間だった。

 ”見どころがある”

 「何を言っている? ここはどこだ、お前はなんだ」

 シタールは短剣を構えようとしてやめた。 相手が大きすぎる。 もっとも短剣は鞘にしまわず、手に持ったままにした。

 ”私? 私は……”

 女巨人の口から、あの不思議な音が響き渡る。

 パイパイパ〜♪

 「ぅぁっ?」

 その音は、不思議な響きとなってシタールの心を打つ。 女巨人が神々しく感じられ、思わず膝をつきそうになる

のを、気合を入れ、なんとか堪えた。

 「おかしな魔法を」

 ”魔法ではない。 私は神の眷属。 我が名には根源たる威厳が宿る”

 「か、神ぃ!?」

 シタールの声が裏返った。 このあたりで信仰されているのは、教会ご用達のミトラと呼ばれる創造神か、地に根付く

土着神である。

 「……その神がなにを、いえ神様が何をなさっているのです?」

 ”何を……か”

 女巨人、もといパイパイパー神は遠くを見るような眼をした。

 ”フッ”

 パイパイパー神は妙な笑い方をし、シタールを見下ろす。

 「!」

 シタールはとっさに身構えた。 そのシタールの視界いっぱいにパイパイパーが迫る。

 ”神の恵みを与えよう”

 パイパイパー神は、胸に手をあてがい、ゆっくりと動かした。 整った薄紅色の乳首から、白い奔流が迸る。

 「きゃぁ」

 シタールの体が白く染まった。 体を包む温もりを感じると同時に、力が抜け地面に倒れる。

 「な、何を」

 シタールの問いに、パイパイパー神が答える。

 ”それを教えてやろう。 お前の体に”

 彼女の皮胴着に手がかかる。 いつの間にか、村の女たちが彼女を取り巻いていた。

 ”よき夢を見るがよい”

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