パイパイパー

1.巡視達の災難(9)


 タ・カーク達が井戸に着くと、村人たちが井戸を遠巻きにして何やら話している。

 「ふむ、『井戸端会議』というやつだな」

 「いや、『井戸巻き会議』だろう」

 男二人の会話にシタールがあきれた。

 「なにつまらないこと言ってるの。 さっさと準備を始めなさい」

 井戸の周囲には石積みの囲いがあり、4本の柱で支えられた屋根もつけられている。 ドドットは柱を手で押して

動かないことを確かめると、持ってきたロープを結びつけた。

 「いいぞ」

 タ・カークが頷き、ロープを井戸に垂らす。

 「一人ずつがやっとだな。 俺が下りてみよう。 明かりをくれ」

 シタールが、カンテラに火を入れてタ・カークに渡す。 タ・カークはカンテラをベルトに結わえつけ、ロープにつかまって

下に降りた。

 「どうだ」 上からドドットが声をかけた。

 「上から6ヒロぐらいのところに横穴がある。 水の取り入れ口かな、聞いてくれ」

 ドドットは振り返り、村人たちに尋ねた。

 「横穴があるようだ、水を引き込む為か?」

 「そうだよ。 川が増水すると、横穴を通って流れこむだが、今時分は大丈夫だ」

 「すると川まで続いているのか。 よく掘ったな」 感心するドドット

 
 「よいせっと」 タ・カークが戻ってきた。

 「横穴はさらに狭いな。 俺やお前じゃ途中で閊えちまうぞ」 

 「あたしなら?」 シタールが聞く。

 「行けるかもしれんが……」

 「じゃ行くよ」

 シタールが、カンテラ受け取って降りていく。

 「川まで行くのかね? 上から行ったほうが早いだよ」

 「ああ、そっちも行ってみるがね。 横穴の途中に抜け道でも空いているかもしれんだろう」

 「それを調べに……しかし、女一人で大丈夫かね」

 「危険は承知だ。 なに、穴が狭いということは、何かと出くわしても一対一。 シタールなら逃げ切れるさ」 


 一同が話をしていると、ティ書記官と村長達がやってきた。

 「どうですか?」

 「井戸の横穴が怪しいので、シタールが調べに行ってます」

 「一人で?」

 「俺たちが入れる大きさがないんです」

 その言葉を聞いて、猟師の一人が驚いた表情をした。

 「え? 穴が小さい」

 「ああ、それが何か」

 「いや、俺ぁてっきり井戸から魔物が出てきて、女達をかっさらって逃げたんだとばかり思っていただ。 しかし

穴が女一人しか通れないとなれば、五人もさらっていくのは無理でねぇか?」

 「あ……いや、入ってくるときだけ使ったのかも」

 「女の履物が残ってたんじゃろ。 なら、少なくとも女の一人はここを通ったんでねぇか」

 猟師の言葉に皆が押し黙った。

 
 「シタール! 急いで上がれ」

 タ・カークが井戸に怒鳴った。

 ”どしたの?”

 「説明は後だ、急げ!」

 シタールからの返事はなく、代わりに奇妙な、そして耳に粘りつくような音色が聞こえてきた。  

 …イ…イ…ァァァー

 …イ…イ…ァァァー

 (な、なんだ)

 タ・カークはめまいを感じ、井戸の縁をつかもうとした。 しかと手が空を切り、空が見えた。 次の瞬間、頭が石に

ぶつかって火花が散る。

 「いてて!!」

 「なに寝ぼけてやがる! 井戸に飛び込んでどうする!」

 ドドットが怒声をあげた。 どうやら彼がタ・カークのベルトを掴んで引き戻してくれたようだ。

 「へ、変な音が」

 「何?」

 次の瞬間、井戸から音があふれだした。


 パイパイパー♪ パイパイパー♪ パーイパーイ♪ パイパイパイパイパイパイパー♪


 「な、なんだ……めまいが」

 「いかん、井戸から離れろ! おい、そこのあんたら、何してる」

 数人の村人が井戸に歩み寄っていた。 彼らは怒鳴られると、はっと夢から覚めたような顔になり、慌てて井戸から

はなれる。

 「井戸に近寄るな、なんなんだこの音は」

 タ・カークとドドットはよろよろと井戸から離れる。 数歩も離れるとめまいは感じなくなったが、奇妙な音は続いていた。 

気を抜くと、頭がボーっとし、井戸に近づこうとしている。

 「こいつだ、この音で女達を呼び込んだんだ」

 「自分から、中に入ったと?」

 「どうやったのか細かいことは判らん。 とにかく女たちを、井戸の傍まで連れて来れば……」

 「後は自分から、穴の中に……」

 ティ書記官とタ・カーク、ドドットは唇を噛んで井戸を見つめていた。 しばらくして、唐突に音が止んだ。

 「止まったぞ?」

 「たぶん……音を出す必要がなくなったからでしょう」

 ティ書記官のつぶやきを聞いて、タ・カークが青ざめた。 井戸に駆け寄ってシタールを呼ぶ。

 「シタール!!」

 返事はなかった。

【<<】【>>】


【パイパイパー:目次】

【小説の部屋:トップ】