ヌル

第五章 ドドット(13)


 「ここが森の中心……ありがとう皆さん。 私を下ろしてください」

 黒マントのアクエリアの言葉に従い、スライムタンズが彼女を地面に下ろした。

 「さて……貴方たちはここから離れてください」

 スライムタンズは一斉に頷くと、その場を後にした。 後に残されたアクエリアは地面に座り込んだまま、そっとマントを脱いだ。 水の精霊の様に、透き

通った女体がマントの下から現れる。

 「では……ジョーカーさんの手はず通りに……」

 アクエリアは、厚く降り積もった落ち葉の上に手をついた。 と、その体が水に潜る様に落ち葉の中へと消えていく。

 ザワッ……

 アクエリアの姿が消えるとともに、風もないのに辺りの樹が揺れた。


 ザ・ライム・ドドットと、彼女を追跡する『ヌル・メイドズ』は、森の間近に迫っていた。

 『お待ちなさい!!』

 「あんなこと言われて、待つ奴なんかいないのにねぇ」

 ぼそっと呟くザ・ライム・ドドット。 粘液を分泌して滑走する『ヌル・メイドズ』の速度は疾走するババ車に匹敵するが、ザ・ライム・ドドットの速度はそれを

上回っている。

 「そろそろ『森』よ。 『入り口』はどこ?」

 ”左前方だライム。 ジョーカーが手を振っている”

 ザ・ライム・ドドットの赤いヘルメット−−スカーレットが左手を示した。 そちらを見れば、シスター姿のジョーカーことシスター・エミが手を振っている。

 「いくよ」

 「ああ」

 「ほいさ!」

 ”参りましょう”

 四姉妹の声が重なり、ザ・ライムドドットは森の中へと滑り込んでいった。

 「奥様ぁ!」

 「逃してはなりません!」

 慌てて飛びのいたシスター・エミの脇をすり抜け、『ヌル・メイドズ』が森へと飛び込んだ……と思ったら、地面が陥没する。

 「きゃぁ!?」

 「落とし穴!?」

 『ヌル・メイドズ』は、人の背丈ほど落下して地面に着いた。

 「なんですの? これは」

 『ヌル・メイドズ』は不思議そうに辺りを見回した。 どうやら木の根が絡み合って『床』を作っていたところを踏み抜いたらしかった。

 「ここは森の『床下』という訳ですか……」

 「奥様! あの盗人が向こうにいます」

 そちらを見ると、『床下』のなだらかな下り坂をザ・ライム・ドドットが滑走している。 

 「追いかけなさい!」

 伯爵夫人の命令に従い『ヌル・メイドズ』は森の『床下』を疾走する。


 「よーし、こちらは予定通り……」

 ”ちぇっくめいと・きんぐつー。 ソージューキ、ドーゾ”

 シスター・エミの頭の中に、スライムタンズ・リーダーの声が響いてくる。

 「『ソージューキ』はやめなさいって。 どうしたの?」

 ”オカノムコーカラ、ばばタイガヤッテキマス。ドーゾ”

 「え! もう?……そちらの準備はどう? 間に合いそう?」

 ”サイシューガッタイジュンビチュウ……マモナク、ジュンビカンリョウ。ドーゾ”

 「了解。 ババ隊が館の前庭に侵入したら、予定通りはじめて頂戴……なんとか間に合ったわね」

 エミは望遠鏡で、ヌル邸の辺りをうかがった。 朝靄にかすむ館の周りは、ここから見る限りは静かなままだった。

 「頼むわ『スライムタンズ』。 頼むわ『ザ・ライム・ドドット』……」


 『待てぇぇぇぇぇ』

 「違うこと言えないの、全く」 ぼやくライム。

 ”まぁ……大変” とアルテミス。

 「どうした、アルテミス姉」 とスカーレット。

 ”ドドットさんの息が止まって……ああよかった、また息をし始めました”

 「頑張って、ドドット兄ちゃん」 とプロティーナ。

 外からはライム達が戦っているように見えるが、一番負担がかかっているのは精気を供給しているドドットで、打ち止めどころか昇天の危機を迎えようと

していた。 その時、ライムはアクエリアの気配を感じた。

 「前方にアクエリア姉さま!」

 ”私も感じたわ。 一気に突っ切るわ”

 「おうさ!」

 「いっけー!」

 ’い……逝きそう……’

 「まだだ、まだ逝ってはならん! 打ち尽くすまでは!」

 ’貴様らぁ……鬼かぁ……’

 ぎゃぁぎゃぁと騒ぎながら、ザ・ライム・ドドットは柱の様に立ち並ぶ森の木の『根っこ』を避けて一気に突き進む。 それを追って『ヌル・メイドズ』が根っこの

柱の間へ滑り込んだ。

 「今だ」

 「アクエリア!」

 ドン!

 一瞬にして、辺りが白い靄に包まれる。

 「な、なんですか!?」

 「お、奥様!?」

 靄に視界を遮られた『ヌル・メイドズ』が、木の根に引っかかって急停止した。 同時に、アクエリアの声が響き渡った。

 『急速吸水!フル・バースト!!』

 声が響くや否や、靄がさあっと晴れていく。 次からか次の異変に戸惑う『ヌル・メイドズ』。 しかし、異変はそれで終わらなかった。

 「お、奥様……」 

 「か、体が……か、乾く……」

 靄が晴れたのは、『木の根』が辺りの水分をすごい勢いで吸収したからだった。 さらに『ヌル・メイドズ』の肌からも水分が奪われていく。

 「ここを離れなさい!」

 「粘液が……乾いて……」

 彼女たちが高速で滑走できたのは、粘液の潤滑作用あってのこと。 それが乾いてしまっては、移動することすらままならない。

 「なんだか……眠く……」

 「い……け……な……い……」

 一塊になっていた『ヌル・メイドズ』は、砂山が崩れるようにバラバラになり、地面に倒れていく。 粘液で覆われていた肌は、水分を失った粘液が硬化して

固まろうとしていた。

 「う……動けない……」


 「すご……」

 ライム達は、少し離れたところから様子をうかがっていた。

 「アクエリア姉、あんなことが出来たんだ」

 ”アクエリアだけの力じゅないわ”

 「どういうこと?」

 ”ドレーン・ツリーの中にアクエリアが浸透し、ツリーの吸水力をコントロールして、一気に辺りの水を吸い取ったのよ”

 「はー……」

 ライム達が話している間に、『ヌル・メイドズ』と伯爵夫人はその場に倒れて動かなくなった。 

 ”どうやら、もう動けないようね”

 「死んじゃったの?」

 ”いいえ、大丈夫なはずよ……”

 ’い……生きてるよ……’

 ”あ、こっちを忘れてた”

 『フォーム・アウト!!』

 掛け声と共に、ザ・ライム・ドドットは四人のスライム娘と一つのミイラに分裂した。

 「ミ……ミイラじゃ……ねぇ」

 「うん、まだ生乾きだ」

 ひどいことを言って、ドドットをつついているプロティーナを残し、ライム、スカーレット、アルテミスは倒れ伏した『ヌル・メイドズ』に歩み寄った。 彼女たちは

真っ白に変色し、手足を縮めて身動き一つしない。 スカーレットがそっと触ってみる。

 「固い~殻に包まれているようだ」

 ”水分を失った粘液が、殻になって身を守るんだそうよ”

 「そうか…」

 スカレーットはメイド達の間を抜け、伯爵夫人に歩み寄る。 と、同じように固まっていると見えた伯爵夫人が、弱々しく手を伸ばしてきた。

 「か、返して……」

 「……」

 スカーレットは黙って、『ヌル・スラッグ』の入った金属容器を伯爵夫人に渡した。 伯爵夫人は弱々しく微笑むと、金属容器を胸に抱き、ゆっくりと目を閉じた。

 「このままでいいのか?」

 ”後の処理は、ジョーカーさんがやるそうよ。 少しだけ水をあげて、殻を整えて、眠り続けられるようにするらしいわ”

 「そうか……では我々の仕事は終わりだな」

 ”ええ……大変でしたね”

 「全く、大仕事だったね」

 倒れ伏したメイド達を前に語り合うライム姉妹。 その向こうで地に伏したドドットは、もはやピクリとも動かなかった。


 その頃、ヌル伯爵邸には討伐隊のババ隊が迫りつつあった。 それを二階の窓からじっと眺めていたスライムタンズ・リーダーは、背後を振り返り、控えて

いるスライムタンズ・サウザンドに声をかける。

 ”『もーそー作戦』、ハツドー!!”

 ”オー!!”

 分厚い『モーソー竹』でできた正体不明の道具を携え、スライムタンズ・サウザンドが立ち上がった。 

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