ヌル

第五章 ドドット(10)


 「いくよ」

 ”ええ”

 ライム・ドドットとアルテミスは、鋼鉄の扉が隠していた階段に突入した。

 ”き、きたー!”

 階段の先で悲鳴が上がり、ヌル・メイド達が慌てている様子が伝わってくる。

 「何よ、人を化け物みたいに……」


 --仮装現実−

 「いや、君ら『人』じゃないだろ」 ドドットが突っ込む。

 「むー」

 「そうかもしれないが、その物言いは心外だな」

 スカーレットとプロティーナんが、へたり込んでいるドドットに文句を言った。

 「そうか? そりゃ悪かった」

 よっこらしょと声をだし、ドドットはその場に立ち上がった。

 「しかし、今更ながらおかしな気分だ、こいつは」

 ライム・ドドットの核にっているのはドドットで、階段を下っているのはライムに包まれたドドットの体なのだ。 しかし、ライム達が主導権をとって動かして

いるためか、当人にはその感覚が伝わってこない。 結果として、何かの乗り物に乗せられ、外の映像を眺めているようにしか感じられなかった。

 ”その分こっちは大変なんだからね”

 ライムの声が周りから響いた。

 「おや? ライムはどこに行ったんだ?」

 「今は外に意識を集中しているからな。 こっちまで意識が回らないのだろう」 スカーレットが答えた。

 「そうか」

 短く答え、ドドットも外の映像に意識を集中する。


 --現実世界−

 ヌル伯爵夫人がいる『湯殿』に、ヌル・メイド達がペタペタ音を立てて退却してきた。。

 「奥様! 怪物が侵入してきました!」

 「どんな怪物ですか」

 「緑色のものすごい怪力の化け物です! きっと私たちを取って喰う気です!!」

 「なんと恐ろしい……」

 「コラー!! 誰が怪物よ!」

 「わー! 来たぁ!」

 湯殿の中に群れていたヌル・メイド達と伯爵夫人は、乱入してきたライム・ドドットから離れようと、湯殿の中で右往左往している。

 「姉さん?」

 ”構わないで。 アレを持ち出せばこの人たちは私たちを追いかけてくるはず”

 ライム・ドドットとアルテミスは、はるか昔にここへ来たことがあった。 記憶をたどって『ヌル・スラッグ』を格納した金属容器を探す。

 「どこだっけ……」

 ”壁に隠し戸棚が……そこよ!”

 アルテミスが指さした場所に、ライム・ドドットが赤い鉄拳を叩きこむ。

 バキン

 派手な音がして壁の金属板がはじけ飛び、10個ほどの円盤型の金属容器を並べた棚が現れた。

 「ど、どれよ」

 ”判らないから、全部持ち出して”

 アルテミスの言葉に従い、ライム・ドドットは手近にあった何かの袋の中に金属容器を放り込み、よいしょっと背中に担ぐ。


 「お、奥様? 怪物が何か盗んでいますよ……」

 「そ、そうね……」

 不審そうにライム達の行動を見ていたヌル・メイド達と伯爵夫人の様子が変わる。 食い入るように、ライム達が手にした金属容器を見つめている。

 「……アレを持ち出させてはなりません……」

 「……はい、奥様……」

 ヌヌヌヌヌッとヌル・メイド達がライム達に迫っていく。

 「よし撤収っと……わっわっ?」

 袋を担いだライム・ドドットの前に、ヌル・メイドたちが立ちふさがった。 そして、ヌルヌルのメイド服の前をはだけ、ヌルヌルヌの乳房をむき出しにする。

 「なによ、はしたない……きゃぁっ!?」

 ヌル・メイド達が、乳房から一斉に透明な液体を迸らせた。 飛び退ったライム・ドドットだっが、よけ切れずに足に液をかけられてしまった。

 「何よこれ……あ、足がくっついてっ!?」

 ヌル・メイドが放ったのは、猛烈に粘つく液体だった。 ライム・ドドットの足が湯殿の床に粘りついて離れない。

 「ま、まずい」


 --仮装現実−

 ”ま、まずい”

 「ライム。 君らはスライムだろう? 粘液ぐらい何とかできないのか? 体を流動化させるとか」

 ”今は被膜になって、貴方の体を覆っているのよ。 スライムに戻ったら、貴方の体露出しちゃうわ”

 「そ、それはまずい」  


 --現実世界−

 「このっ!」

 ライム・ドドットは、力を込めて足を無理やり床から引きはがし、群がってくるヌル・メイド達を転がって交わした。

 ”ライム。 この人たちは足が遅い。 私と合体して一気に逃げましょう”

 「了解」

 宙を滑る様にアルテミスが近づいて来る。 ヌル・メイド達がアルテミスを阻もうとするが、不思議なことに彼女の体をすり抜けてしまう。 アルテミスはなん

なくライム・ドドットのそばまで来ると、彼女たちの体が一つに重なる。

 ”スピード”

 「フォーム・イン! チェンジ・ザ・ライム・ドドット!!」

 ライム・ドドットの両足に銀色のブーツが装着され、太腿から事にかけて太い銀色のラインが現れた。

 「それ、逃げるわよ!」


 --仮装現実−

 「はい、お邪魔します」

 「わっ!? あ、あんたがアルテミス?」

 「こんな格好で失礼」

 ドドットは、床に寝そべる銀色の女体に目を丸くした。

 「私がアルテミス。 いつも見せている立ち姿は、この体で光を反射させて作っている、いわば幻なの」

 「ほう、そうだったのか。 しかし、なんで寝ているんだ?」

 「私たちはスライムよ。 床を這う方が自然な格好なのよ」

 「そうそう、私は体の固さを変えられるから」 とスカーレット。

 「プロティーナは力が強いから」 とプロティーナ。

 ”私は体が小さく、丈夫な体だから” とライム。

 『人型になった時、二本足で立って歩けるけど』 と三人が声を合わせた。

 「私は、人型にはなれるけど、二本足で立てないの」 とアルテミス。

 「そうなのか?」

 言いながら、ドドットはアルテミスの前に座った。 立ったままでは、寝そべっているアルテミスと話しにくいからだ。

 「ええ。 まぁ、特に不自由は感じないのですがね、ごらんのとおり」

 アルテミスが『外』を示し、ドドットがそちらを見た。


 --現実世界−

 「そっちに行ったわ!」

 「捕まえなさい!」

 「は、速すぎて!」

 ザ・ライムド・ドットは、殺到してくるヌル・メイドをひらりひらりと交わしながら、失疾走するババ車のような勢いで湯殿の中を走り回っていた。 いや、走っ

ているという表現は的確ではい。 なぜならば、彼女の足は動いていなかったからだ。

  ”一気に脱出するわよ”

 「アルテミス姉、宜しく」

 ライムドドットは、アルテミスが姿を変えた銀色の楕円形のボードに乗り、波乗りの様に床を滑走しているのだった。 ライム・ドドットは、ヌル・メイド達を振り

切ると、一気に出口へ飛び込み、そのままの勢いで階段を駆け上がってしまう。

 「お、奥様!」

 「追いなさい! 逃がしてはなりません! アレを取り返すのです!」

 ペタペタペタと音を立て、ヌル・メイド達、伯爵夫人が一団となって階段を駆け上がる。


 「姉さん、スピード落として。 振り切っちゃうわ」

 ”そうね、しっかり追いかけてきてもらわないと”

 ザ・ライム・ドドットは館の裏口から外に出たところで足を止めた。 森の方を見ると、黒々とした森の上が白みを帯び始めている。

 「夜が明ける……じきに討伐隊が来るわ」

 ”その前に、あの人たちを森へ誘導しないと”
 
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