ヌル
第五章 ドドット(5)
’しかしこりゃ、随分と奇妙な体験だなぁ……’
今のドドットは『ライム・ドドット』の土台になっている。 ドドットが『中身』でライムが『皮』という事になる。 しかし体の主導権を握っているのはライムで、
ドドットは自分の体のやることを傍観者の立場で見ているだけだ。
’目を開けてれば、ちゃんと前も見えるんだが、こうやって目を閉じると……’
−仮装現実−
「なに?」 ライムが尋ねた。
ドドット目の前に裸のライムが、ちょこんという感じで横ずわりしている。 これが、ライムの言うところの『仮装現実』らしいのだが、館から別の場所に
瞬間移動した様で、面食らうことこの上ない。
「いや、いまひとつこの切り替わりに慣れなくてな。 どう考えればいいのか……」
「深く考えることないと思うけど……そうね、今ここにこうしている私とドドットは魂だけで、ここはドドットの頭の中だと思えばいいんじゃない?」
ドドットは額を押さえ、ライムの言葉を理解しようとする。
「こうすればどう?」
ライムが壁の一部を指さすと、そこに窓が現れた。 窓を通して、館の中が見えた。 『ライム・ドドット』の手がドアノブを掴み、地下室への扉を開けようと
している。
「これが私たちの現実の視界よ。 この先に、地下の湯殿への扉があるんでしょう?」
「ああ、そうなんだが……相当に頑丈な扉だ」
ドドットは理解することをあきらめ、当面の仕事に専念する。
−現実の館−
「この先っと……あった」
『ライム・ドドット』は、ようやく秘密の湯殿への扉の前にたどり着いた。 逃げたヌル・メイド達は扉の向こうに逃げ込んだようで、辺りにいる気配はない。
「この扉の向こうに、みんないるのね」
『ライム・ドドット』は頑丈そうな鋼鉄の扉に手をかけ、渾身の力で引っ張った。 扉はびくともしない。
「……向こうから閉めたみたいね」
「ライム姉ーちゃん。 力が足りないんだよね?」
後ろから、とことこっと近づいてきたプロティーナが声をかける。 『ライム・ドドット』は振り向いて応えた。
「力まかせじゃとても開きそうにないわ。 鍵か閂で閉じられているみたい」
「ならば鍵を壊そう」
そう言ったのは、プロティーナの後ろにいたスカーレットだ。
「鍵を?」
「そうだ。 これは鉄の扉だが、体の固さを変えられる私なら切れる。 ただし、大きな穴を開けるのは無理だ」
「鍵のところに穴を開け、中を壊すのね」
「そうだ、やるぞ」
スカーレットと『ライム・ドドット』が互いの右手をクロスした。
「アームド!」「フォーム!」
スカーレットが『ライム・ドドット』の肩に飛び乗った。 そして頭と両腕に巻き付きながら形を変える。
’おお、兜と手甲になるのか’
ドドットが呟いた通り『ライム・ドドット』の頭に赤い兜が、そして両腕には赤くガッチリした手甲が装着された。 兜と趣向を繋ぐように、二の腕と首に赤く
太いラインが走っているのは、兜と手甲が一体で、スカーレットが変形したものだからなのだろう。
「よし、スライム・ソード!」
『ライム・ドドット』の掛け声で、右手の中に真紅の太刀が現れる。
「よーし……」
『ライム・ドドット』は、太刀を正眼に構えた。
−仮装現実−
「準備できたぞ」
「わっ!?」
窓すから外を覗いていたドドットは、驚いて尻もちをついて後ずさりし、ついでに前を隠した。 無理もない。 『仮装現実』の中に唐突にスカーレットが
現れたのだ。
「なんだ、恥ずかしがる年でもあるまいが」
からかうように言うスカーレットに、ドドットが反論する。
「馬鹿野郎! 慎みとか恥じらいとか言うものがあるだろうが!」
「花の乙女ならともかく、いい年をしたおっさんが口にしても、説得力のかけらもないぞ。 第一ここは『仮装現実』でお前の肉体も裸も実在しない、いわば
思い込みの産物なのだがな」
そう言うスカーレットも裸なのだが、スライム姉妹やスーチャン、スライムタンズ・サウザンドたちは、人の形をとるときに、乳首やへそ、大事なところの
細部は形成せず、のっぺりした形状にしている。 そのため、体にぴったりした服を着ている様に見え、『裸』でいるという印象ではない。 だからドドットは、
裸で部屋(仮装現実)の中にいた所に、着衣のスカーレットに乱入されたように感じたのだ。
「それでは、力をもらおうか」
「なに?……おい、まさか……」
「我々が力を発揮するには、いろいろと『手続き』が必要なのだ。 ライムには力を授けたのだろう?」
そう言うと、スカーレットはドドットの前に立った。 何もなかったスカーレットの足の間に、浅いスリットが現れている。
「……ひょっとして、『力』って一人ずつ個別にいるのか?」
「うん」 「もちろん」
「おい!」
予想外に事態に怒鳴っては見たものの、ドドットが『力』を授けないとスカーレットも力を振るえないらしい。
「選択の余地はないのか……仕方ないか……」
ドドットはそう言うと、目の前のスカーレットの足に手を伸ばす。すると彼女が足先でその手を横に払い、その態度にドドットがカチンと来る。
「おい?」
「なれなれしくするな。 力をもらうためにやむを得ずお前と肌を重ねるが、私がパートナーと認めたのは十文字のみ。 お前を認めたつもりはない」
「……そうかよ」
「それに力をもらうと言っても、硬化するだけなら『精気』は必ずしも必要ない」
ドドットはちょっと首を傾げ、スカーレットに尋ねた。
「じゃ、どうすればいいんだ」
「私をいかせろ」
「は?」
「硬化するのであれば、絶頂に達したときに私の体はもっとも固くなる。 いかせるだけなら、肌を重ねるだけでよかろう」
「……つまり、入れずにあんたをいかせろと?」
スカーレットは腕組みして頷いた。 ドドットはスカーレットを見て、次に傍で成り行きを見ていたライムに視線を移す。 ライムもコックリと頷く。
「できるな?」 スカーレットが聞いた。
「……そこまで偉そうにされる言われわないと思うが……まぁ、ものは考えようか」
ぶつぶつ言いながら、ドドットは手をついて立ち上がった。 腕組みをしているスカーレットは、彼より頭半分背が低い。
「じゃあ段取りを決めよう。 俺がお前さんの体を撫でたり、舐めたりするから……」
「変態め」
「手も触れずにいかせられるかよ! それでスカーレット、お前さんが『いく』瞬間に、ライム、あんたが鍵を切って壊す。 それでどうだ」
「いいわ」
「うむ、仕方あるまい」
釈然としないものを感じつつ、ドドットはスカーレットと正対する。 スカーレットは腕組みをしたままドドットをじっと見ている。
「……」
「……」
「……」
「……おい」
「……なんだ」
「……その、やりにくいんだが」
「……すきにしろ。 我慢してやる」
「我慢って……なんだそれは」
文句を言いながら、ドトットはスカーレットの肩を掴む。
ビクリ
それと判るほど、スカーレットの体が震えた。
「……えーと」
ドドットは迷ったが、スカーレットに口づけしようと顔を近づける。
スカッ
スカーレットが頭を反らし、ドドットの唇が目標を外した。
「おいこら」
「条件反射だ」
平然と言い放ったスカーレットだったが、その体が小刻みに震えている。
「お前……もしかして怖いのか?」
「ば、馬鹿を言うな! 怖くはないぞ」
ふんぞり返るスカーレットだったが、やはり体が震えている。
(おい、どうなってんだこれは)
ドドットは目でライムに助けを求めたが、ライムはそっと目を伏せて首を左右に振った。
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