ヌル

第五章 ドドット(3)


 湖の対岸を望遠鏡で監視しているエミが頷き、呟く。

 「よーし、そのまま、慎重に、慎重に……」

 「おい、どうなってるんだよ………お?」

 エミがもう一本、望遠鏡を差し出した。 ドドットはそれを受け取って、エミが見ている方向に望遠鏡を向ける。

 「……何もいないじゃないか?」

 ドドットが見ているのは、ヌル伯爵邸の裏庭から湖の対岸へと続くなだらかな緑地の辺りだった。 人の背の半分ほどの灌木がまばらに生えているだけで、

スライムタンズ・サウダンドの『奇襲部隊』の500人は影も形も見えない。

 「いくら日が落ちて見えにくくなってはいても、あれだけいれば見えそうなもの……おぉ!?」

 視界の中で黒い影がザワザワと動き、ドドットは声を上げた。 目をこすってたから再び望遠鏡を覗いてみたが、『影』はもう見えない。

 「む?……」

 再び『影』が動く。 ドトットは慎重に『影』の正体を見極めた。

 「……灌木が……歩いた!?」

 「正解よ。 スライムタンズ・サウザンドには『擬態』と言って、いろんなものに化けることが出来るのよ」

 エミの解説に、ドドットは望遠鏡を覗いたまま応える。

 「あの灌木に紛れて近づこうとしているのか……お、誰か出てきた」

 館の裏口が開いたらしく、闇が四角い光で切り取られ、女性らしいシルエットが光の中に浮かび上がる。

 「メイドの誰かだな……」

 「みんな、動いちゃだめよ……」

 二人のメイドが大きなバケットを持って出て来た。 彼女たちは、物置小屋のとなりのゴミ置き場まで行くと、バケットの中身ををそこに捨てた。

 「確か、昼間のうちにセバスチョンが訪問して、逃げ帰ったんだよな……館が『ヌル』に占拠されたことは、外部に知れ渡ったことは判りそうなものだが……

なんで、彼女らは逃げ出さずに館に残ってるんだ?」

 「館の地下は、彼女たちにとって居心地のいい環境だもの。 よほどのことがない限り、あそこから動かないはずよ」

 エミとドトットが話している間にメイドたちは仕事を終え、空になったバケットを抱えて館にもどった。 一人は中に入っていったが、もう一人は扉を閉めかけ

て動きを止め、湖の方を見たまま首をかしげている。

 「おい、ばれたんじゃないのか? 灌木の数が急に増えたから」

 「……灌木の数や植わっている場所なんて、まず気にしないと思うけど……」

 メイドは少しの間外を見ていたが、邸内を振り返って何か言い、扉を閉めた。

 「よし」

  エミが呟くと、それが聞こえたかのように『灌木』ズが動き始めた。

  ザザッ……ザザッ……ザザッ……

  『灌木』ズは数歩進んでは止まり、また数歩進んでは止まりを繰り返し、館の裏口に取りついた。 裏口に最も近い『灌木』が扉を開けて、中の様子を伺う。

  ”ダレモ、イナイ” ”イナイ?” ”イナイ”……

  裏口の辺りを起点に、ザワザワとした動きが『灌木』ズの間に波のように広がっていく。 少しして、『灌木』ズは館の中に侵入し始めた。

  「入っていくな……」

  「ええ……」

  「『灌木』のまま……」

  「ええ……」

 エミはそっとため息をついた。

 
 ザッザッ……ピタッ、ザザッ……ピタッ

 『灌木』ズは一列になって廊下を進んでいく。 と、突然廊下にある扉の一つが開き、ホウキを持ったメイドが廊下に出てきた。

 彼女は、薄暗い廊下に『灌木』が一列に並んでいるのをじっと見つめた……


 ドドットの目に、館の裏口からばらばらと飛びたしてくる『灌木』ズがの姿が目に入る。

 「あ、ばれた……」 

 「みたいね……」

 『灌木』ズに続いて、メイドが数人ホウキを振り回しながら飛び出してきた。 『灌木』ズがメイドに追い散らされて右往左往している。

 「意外にやるな、メイドたち」

 「伯爵夫人の身辺警護も仕事だから。 本職みたいにはいかないけど、獲物を持たせたら結構強いわ」

 「ふーん……お、反撃してる」


 ”ゼンシーン”

 『灌木』ズが、多重横隊の隊形で前進を始める。 それを見たメイドたちは館に退却し、そこに殺到する『灌木』ズ。 しかし戸口で反撃にあって後退する。

 
 「作戦失敗ね……」

 「奇襲は失敗だが、数で押せば中に入れるんじゃないか?」

 ドドットの疑問に、エミは首を横に振った。

 「地下の湯殿には分厚い金属の扉がついているわ。 あれを閉められたら中に攻め込むのは無理よ。 だから奇襲をしかけたんだけど……」

 そう言って望遠鏡を館に向けるエミ。 どうやら『灌木』ズも作戦失敗を悟ったらしく、引き上げにかかっている。

 「こうなるとプランBしかないわね」

 「プランB?」

 ドドットがエミの方を見たとき、視界の隅にスーチャンとライム姉妹がやってくるのが見えた。

 ”シッパーイ”

 「いいとこまで行った……かなぁ?」

 「裏口まではね……」

 エミ、スーチャン、ライム姉妹が顔を突き合わせ、協議に入る。

 
 ”モーイチド、トツニュー?”

 スーチャンが尋ね、エミが首を横に振る。

 「メイド達が警戒している。 もう奇襲では突破できないわ」

 「となると……私たちの出番?」

 「彼が協力してくれればね……」

 皆の視線がドドットを向いた。


 「なに!? こうなったら強行突入するしかない? 『ライム・スター』で!?」

 「そう。 覚えてる? 仮装現実の中で彼女たちが研究室の扉を開いたのを」

 言われてドドットは思い出した。 緑色の少女戦士が重い扉を、こじ開けて見せたのだ。

 「あれか……彼女達なら、強行突入が可能なのか」

 エミが頷く。

 「ええ。 でも、彼女達だけでは不可能。 あの少女戦士になるには、核となり、彼女達に力を与える人間の男が必要なのよ」

 エミの言葉に、ドドットは『ライム・スター』の中から老人の男性が現れたのを思い出した。

 「ちょっと待て、力を与えるというのはまさか……老人に?」

 「あーいやいや」 エミがパタパタとてを振って否定する。

 「『力』を与えると言うのは、精気を供給すると言うことで、一気に年を取るわけではないの」

 「そうそう、あの時点でかれはもういいお年だっただけで……」

 「そ、そうか」

 ちょっと安心するドドットだっちたが、続くエミの言葉に蒼白になる。

 「でもね……『ライム・スター』がフル・パワーで戦えば、人の限界を超えてしまう可能性があるらしいわ。 もし限界を超えれば……」

 「超えれば?」

 「二度と立ち上がる力を失うの………………………………………………一部分が」

 ドドット以外の全員の視線が下をむき、ドドットは唇をかみしめた。

 「急速に年を取るわけではないが、命の危険はあるということか……ん、一部分?」

 ドドットは引っかかるものを覚え、皆を見回した。 彼女達の視線は下……というよりドドットの下半身に向けられている。 ドドットも下を見る。 そこには

『男』の証の膨らみが見えた。

 「えーと……一部分?」 自分のモノを指さすドドットに、こくこくと皆が頷く。

 「限界を超えると……二度と立ち上がらない?」 ドドットの問いにに、こくこくと皆が頷く。

 「ははっ……はははは……」

 だっしゅ!

 ドドットは全速力でその場を逃げ出した。

 
 「離せぇ!」

 ものすごい勢いで逃げ出したドドットをやっとの事で捕まえたライム姉妹が息を切らして戻ってきた。

 「ドドット。 ここで逃げ出したら男のメンツが立たないでしょう」

 「馬っ鹿野郎!! 物理的に二度と立たなくなったら、メンツなんかいくに立っても役に立つかぁぁぁ!!!」

 うんうん…… どこからともなく同意の頷きが聞こえてくる……

 「大体だなぁ、俺じゃなくても男だったら誰でもいいんだろうがぁ!」

 「誰でもいいわけではないわ」

 「なに?」エミの言葉に、ドドットは暴れるのを止めた。

 「すべての事情を承知して、協力してくれる。 そういう人でなければ、『ライム・スター』の核にはなれない」

 「……」

 「何のために、仮装現実なん手の込んだことをしてまで事情を説明したと思うの? 最後には貴方の協力が不可欠だとおもったからよ」

 「む……」

 「貴方の協力がなければ、明日にはノロ男爵の討伐隊がやって来る。 彼らは容赦する必要がないから、おそらく館に火を放つわ。 いくら地下の湯度に

立てこもっていても、最後にはみんな焼き殺される。 それを黙ってみている気なの?」

 「くっそ……わかったよ」

 ドドットは仏頂面で座り込んだ。

 「仕方がない、協力する」

 ペチペチペチペチ……

 周りでスライム娘たちが拍手した。 手が粘るので、音が「ペチペチ」だが。

 「よーし! 『ヌル・レディ救出作戦・プランB』、『ザ・ライム・スター突入作戦』を開始するわよ!」

 オオー!!

 「ライム姉妹とドドットはヌル伯爵邸裏口に移動! スーチャン&スライムタンズ・サウザンドは、『モーソー竹アーマー』を持ってその後に続いて!」

 オオー!!

 「『モーソー竹アーマー』? なんだそれは?」

 ドドットの疑問にエミははぐらかすように答えた。

 「貴方たちが成功したら、その後始末をするのよ」

【<<】【>>】


【ヌル:目次】

【小説の部屋:トップ】