ヌル

第五章 ドドット(2)


 エミは噛んで含めるような口調でドドットを説得する。

 「伯爵たちは、もう跡形もなくなってどうしようもないは。 でも伯爵夫人やメイドさん、少年従者たちは人に戻せる可能性があるのよ」

 「……どうやってだ? 女たちを作り変えた『プロフェッサー』は……いや、『魔女』はもういないじゃないか」

 「いいえ。 魔女はもう一人いるの」

 「なに?」

 「プロフェッサーは、またの名を『青い爪の魔女』。 そしてもう一人『赤い爪の魔女・ミレーヌ』がいるの。 彼女ならば伯爵夫人たちを人に戻せるはずよ」

 エミの話を聞いてドドットは、ほっとした様子を見せた。

 「なんだ、そうならそうと早く言ってくれれば……で、そいつはどこにいるんだ」

 「私がプロフェッサーの処にいたことろかに行方不明よ」

 「おい……じゃあ生きているわけがなかろうが! ばかも休み休みに言え!」

 エミは、ドドットを宥めるように言葉を選ぶ。

 「『赤い爪の魔女』は不死身じゃないわ。 でも、男の人からもらった精気で、普通の人より相当長き生きる術を心得ているの。 それに、『青い爪の魔女』を

しのぐ魔法使いでもある。 文明崩壊とその後の混乱期を生き延びてきている可能性はあるの」

 「……当てにならない話だな」

 「それは認めるわ」

 エミは言葉を切ると、そばのスーチャンに何か話しかけた。 スーチャンは大きくうなずくと、背後にいるスライムタンズ・サウザンドに号令を出す。

 ”おねいちゃんズ!! 館へ奇襲ヲカケル、ヨーイ!”

 ”オー”

 ドドットは瞬きをしてエミに尋ねる。

 「おい?」

 「無理強いするつもりはないから。 こちらだけでなんとかするわ」

 ドドットはちょっと眉を顰め、言葉を選ぶ。

 「参考までに教えてくれ。 伯爵夫人たちを助けだすと言っても、あっちが言うことを聞いてくれなければどうする気だ?」

 「説得するつもりはないわ。 力づくで館から連れ出すのよ」

 「連れ出して、その後は? 『赤い爪の魔女』がみつかるまで、ミトラの教会にでも閉じ込めておくのか?」

 エミはドドットの方を振り向いて答える。

 「この森の下に連れ込んで、封印するの」

 「なに?」

 「この森はね、昔あの研究所で作った木でね面白い性質があるのよ」

 エミはそう言うと、一本の木の根元の根元をかき分けて、太い根をむき出しにし、ドドットを呼んで、木の根元を指さす。

 「ここから覗いてみて」

 首をかしげながらドドットが木の根元を除くと、下から風が来る。 それもやけに乾いた風だ。

 「木の下に……空洞ができているのか?」

 「そう、その根は『気根』と言って本当は根じゃないの。 ここにある木の本当の根は、この下の人の背丈10人分くらいの処にあるの。 私たちがいるのは、

森の木の『気根』が絡み合ってて出来た、そう『屋根』の上にいるようものなのよ」

 ドドットは、エミの言葉から地形を頭に描いてみた。 森の木の『気根』が絡み合って『屋根』になっているのであれば、彼の足の下には広大な空間が広が

っていることになる。

 「この木は、水を吸い上げる力がすごく強いのよ。 この森は、元々伯爵邸の隣の湖と同じぐらいの湖だったんだけど、木が水を全部吸い上げて、窪地に

してしまったのよ」

 「はー……足の下はもとは湖か。 にしては下からの風が乾いていたような」

 「そう、そこがポイントなの」

 エミの言葉に、ドドットが首をかしげる。

 「ヌル・レディ達は湿気がある場所が大好きなの」

 「うん、そんな感じたな」

 「そして、乾燥している場所が大嫌い……と言うより、肌が乾燥すると死んでしまうのよ」

 「え? ちょっと待て、さっき伯爵夫人たちをこの下に封印するとか言ってなかったか?」

 「言ったわ」

 「そんなことをしたら死んでしまうんじゃないのか!?」

 「そのままにしていればね」

 エミは言葉を切り、考え込む風になる。

 「さなぎって知ってる?」

 「芋虫が蝶々になる前のやつだな。 そりゃ知っているが」

 「ヌル・レディはね、体が乾燥し始めると、粘液を被膜上にして体を覆い、一種の『さなぎ』を作って身を守るの」

 「なんと……」

 「一度さなぎになると、水分が戻ってくるまでさなぎからは出てこない。 中で眠っているの」

 「……さなぎになって、どのくらい耐えられるんだ?」

 「ざっと百年」

 ドドットはエミから視線を外し、木の根元をみながら尋ねる。

 「つまりなにか。 伯爵夫人たちをこの森の下に閉じ込めれば、さなぎを作って眠ってしまう。 そうしておいてから、『赤い爪の魔女』を探し出して人に戻

そうと?」

 「前半はその通り、後半の方はもうずっと前から探してはいるんだけど……なかなかね」

 ドドットは頭を上げて、エミを見直した。

 「待て、そうすると伯爵夫人たちをさなぎにするところまでしか考えていないと?」

 「そのとおり。 そうしておいてから、どうするかは後で考えるの」

 「それは問題の先送りじゃないのか?」

 「そうよ」

 エミはあっさりと答えた。

 「根本的な解決方法なんて思いつかないもの。 とりあえずヌル・レディたちを封印すれば、百年ぐらいの時間は稼げるわ」

 ドドットは頭を掻きながら尋ねる。

 「ノロ男爵はどうする? 彼と討伐隊がやってきた時に、館に人がいなければ辺りを捜索するだろう。 伯爵邸はここからだと湖の対岸、しらみつぶしに探

されたら、森の下の空洞に気が付くかも知れんぞ」

 「そっちは別枠で考えているわ。 名付けてモーソー作戦」

 「モーソー作戦ねぇ……」

 ドドットは腕組みしたり、頭をかいたりしている。


 「やっぱり協力してくれないの?」

 ドドットとエミ、スーチャンは伯爵邸を湖の対岸に見る所まできていた。 エミは使い込まれた望遠鏡で湖の向こうを観察している。 ドドットも同じ方向に

目を凝らしているが、日はとっくに落ちており、伯爵邸の灯りが光の点に見えるだけだ。

 「伯爵夫人や……ルウ坊を見殺しにするのは心が痛むが……」

 ドドットはまだ迷っているようだった。

 「人でなくなっちまったんじゃなぁ……」

 「人に戻せる可能性があっても?」

 「話を聞いたかぎりじゃ……あんまり当てにならないみたいだしなぁ……」

 ドドットは顔を上げてエミに尋ねる。

 「なんで、そこまでヌル・レディ他を助けるのにこだわるんだ? プロフェッサーの片棒を担いだ、罪の意識から?」

 「違うわ。 覚えている? ドクタークロスを」

 「あの、最後にプロフェッサーに呑まれた爺様か?」

 「そう。 その彼の特異能力が必要なの」

 「特異能力……『キタキタキター!』て叫んでいた、あれか?」

 「そうよ、あれが必要なの。 プロフェッサーに変えられた人やその子孫を人に戻すのに」 

 「?」

 「『赤い爪の魔女』と、ドクターの……彼の特異能力が子孫に受け継がれるならば……みんなを人に戻せる……」

 「よく判らないんだが……あの爺様の子供が必要なのか?」

 「そうよ。 そのためには、私がカプセルに閉じ込めたヌル・スラッグが必要なのよ」

 「ふーん」

 よくわかっていない顔でドドットは頷きいた。 と、脇に控えていたスーチャンが声を上げる。

 ”キシューブタイ、ハイチカンリョウ!” (奇襲部隊、配置完了!)

 「よくわかるな……ってそれか?」

 スーチャンの手に緑色のツタが握られていおり、それが湖の岸に沿って闇の中に消えている。 多分それが「奇襲部隊」に繋がっているのだろう。

 「よーし……ヌル伯爵夫人、ヌル・メイド、救出作戦開始!」

 ”ちぇっく・めいと きんぐ・つー ちぇっく・めいと きんぐ・つー コチラほわいとろっく、ドーゾ”

 スーチャンがツタに話しかけると、ツタがそれを小さな声で繰り返した。

 ”ちぇっく・めいと きんぐ・つー ちぇっく・めいと きんぐ・つー……"

 ”ちぇっく・めいと きんぐ・つー ちぇっく・めいと……"

 ”ちぇっく・めいと きんぐ・つー ……”

 繰り返す声はだんだん小さくなりながら、闇の向こうに消えていく。

 「……伝言ゲームか」

 ドドットは作戦の行方に一抹の不安を覚えた。

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