ヌル

第三章 ルウ(8)


 ドドットは、メイド3人がかりのヌルヌル攻めに耐えていた。 しかし、彼が篭絡されるのも時間の問題だった。

 「むむむ……」

 ”ほーら。いいこ、いいこ……”

 「ぬぬぬ……」

 ”素直になりなさい……”

 ヌルヌルの手、乳、女体がナメクジのように彼を這い回る。

 (このままじゃぁ……な、情けない)

 情けなさに拳を握りしめるドドット。 その拳を見て、はっと気がついた。

 (力が入る!)

 魔法か薬か、体に力が入らずに逃げ出すことも、抵抗することもできなくなっていたが、その効力が失われたらしい。

 「ううう……とりゃぁ!」

 気合一番、メイドたちを跳ね飛ばしてドドットは立ち上がった。 その様子を見て、伯爵夫人たちが目を丸くした。

 ”あら……”

 ”元気……”

 ”こっちへおいでなさいな……”

 伯爵夫人とメイドたちは艶然と微笑むと、立ち上がったドドットに手招きをする。 その途端ドドットはめまいを感じ、続いて女たちに吸い寄せられるような

錯覚を覚えた。

 「い、いかん。 おい。ルウくん! 逃げるぞ」

 ”えー……ドドットさんもこっちに混ざりましょう……”

 気だるげに答えるルウは、ときおり伯爵夫人の愛撫に身を震わせつつ、陶然とした笑みでこちらを見ている。 しなやかに動くその体は、もう少年には

見えなかった。

 「……くっ」

 断腸の思いでルウから目を反らし、湯殿の出口に向けて走り出すドドット。 しかし、両足が泥にはまった様に重い。

 「むむっ……」

 ”ね……いらっしゃい……”

 ”さぁ……”

 伯爵夫人たちの投げかける言葉そのものが、ねっとりと絡みついてくるかのよう。 ドドットは、歯を食いしばり、渾身の力を込めて足を踏み出す。

 「くくく……ううう…は!」 (こうなったら……あの時のように……)

 何を思ったか、突然ドドットは両手を上に上げた。 続いて足を上げ、右手を前に突き出す。

 「はっ! ほっ! たっ!」

 ドドットは妙な掛け声を上げながら、両手両足を振り回して奇妙な踊りを踊り始めた。 あっけにとられた伯爵夫人たちは、呆然と踊るドドットを眺めている。

 (よ、よし! 体か動いてきたぞ!)

 これぞ、後に『ダンス・オブ・ドドット』と呼ばれることになる彼の最後の技だった。 かってドドットが、魔物の攻撃に巻き込まれて発狂寸前までいったとき、

偶然にこのダンスを踊って耐えたことがあった。 この窮地に彼はそれを思い出し、一か八かその『踊り』に賭けたのだった。

 「はっ! ほっ! たっ!」

 掛け声をかけ、踊り狂いながらドドットは湯殿を出て行った。 後に残ったのはあっけにとられた伯爵婦人とメイドたち他大勢。

 ”いっちゃいました……”

 ”えーと……”

 ”セリアさん、追いかけてくださいまし”


 「はっ! ほっ! たっ!」

 階段を上がったドドットは、一階の廊下に出た。 ここまでくると人の気配がない。 ほかの者はすべて湯殿に集められているのだろう。

 「はっ! ほっ! たっ!」 (しかたない……ここから逃げよう)

 ドドットは踊りながら、一階の廊下を玄関に向けて進んだ。 すぐに玄関にたどり着き、扉を開こうとする……が鍵がかかっている。

 「はっ! ほっ! たっ!」 (くそう、鍵は夜番が持っているのか)

 やむを得ず、引き返そうとするドドット。 と、廊下から裸のセリアとメイドたちが現れた。

 「はっ! ほっ! たっ!」 (しまった……上に逃げるか)

 踊りながら、器用に階段を上がっていくドドット。 それを見たセリア達は、悠然とした足取りで彼を追っていく。

 「はっ! ほっ! たっ!」 (どこか逃げ込める場所は……)

 あちこちの扉を試しながらドドットは館の奥へと逃げていく。 と、一つの部屋の扉が開いた。

 「はっ! ほっ! たっ!」 (ここに逃げ込むか)

 部屋に入ったドドットは、踊りながら扉を閉めようとした。 が、セリアがすぐそこまで来ていた。

 「はっ! ほっ! たっ!」 (しまった!追いつかれたか)

 ”そんな風に踊りながらでは……”

 ”歩いても追いつけますわよ……”

 ドドットは踊りながら窓際まで下がった。 部屋には窓が一つと扉が一つ。 ほかに逃げ道はない。

 ”さぁ……”

 ”観念なさいまし……”

 「はっ! ほっ……とぅ!」

 ドドットは頭から窓に飛び込んだ。 鎧戸がはじけ飛び、ドトットは二階の窓から下に落ちる。 セリア達は窓に歩み寄って下を見る。

 ”あら?……”

 窓の下には、人の腰ほどの高さの灌木が植わっていた。 ドドットはその上に落ちたはずなのだが姿がない。

 ”おかしいですわね……”

 
 セリア達は裏口から外に出て、ドドットの落ちたあたりにやってきた。 灌木の上や下をあらためてみたが、ドトットの姿はない。 それどころか、彼が

落ちてきた痕跡すらない。

 ”どこにいかれたのでしょうか……”

 ”さて……いけない、少し長いをしすぎました。 お肌が……”

 ”あらいけない……”

 首をひねっていたセリア達だったが、何か慌てた様子で館の中に戻っていった。


 ”イッタ……”

 ”イナクナッタ……”

 人(?)影がなくなると、あたりに小さな声がして灌木が揺れた。

 ”ドウスル? コレ”

 ”トリアエズ、アソコヘ……”

 館からやや離れたところの一角の灌木がさわさわと揺れたかと思うと、突然灌木が動き出した。 一本ずつではなく、数本の灌木がまとまって整然と

どこかに動いていく。 後にはぽっかりと空き地ができた。

 ”アナウメ、アナウメ……”

 再び声が聞こえ、今度は空き地の周りの灌木が動き出し、空き地を埋めてしまった。 あとには少々まばらになった灌木の茂みがあるだけで、ちょっと

見た目には灌木が何本か『いなくなった』とはわからない。

 それきり、館の周りに物音はしなくなった。

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