ヌル

第ニ章 伯爵(14)


 ドドットは、昼間の警備で屋敷を回っているとき、メイド達にそれとなく探りを入れてみた。 しかし、この試みは失敗だった。 

ドドットが急にメイド達にへの態度を変えたため、彼女たちの方がドドットの行動を怪しんだのだ。

 「あら、急に大胆になりましたね?」

 「今夜伺いましょうか?」

 「あ、いえいえ……どうもお邪魔しました」

 ドドットは、頭でなく体力で勝負するタイプだ。 『それとなく探りを居れる』などと言う器用な真似は無理だった。

 「やれやれ……仕方ない、怪しまれないようにメイドさん達とは今まで同様距離を置くか」

 呟きながらドドットは裏口から外に出ると、館を見上げながら裏庭を巡回する。

 バサッ

 「おっと?」

 館に注意が入っていたので、膝が背の低い灌木に引っかかてしまった。 ドドットは灌木の脇を抜け、巡回を続ける。

 「はて、あんなところに木が生えていたかな?」

 ぶつぶつと呟きつつ、彼は館の脇を抜け、表へと歩いて行った。

 ……ガサッ

 ドドットが行ってしまうと、彼がつまづいた灌木が動き出した。 灌木は足があるかのような動きで館のすぐそばやってくると、

そこで止まって動かなくなった。 最初からそこに生えていたかのように。


 夜が来た。

 ドドットは夜番の護衛と交代して、寝所に引き上げた。

 「あいつら……」

 非番の護衛は寝所に戻っているはずなのに、誰もいない。

 「毎晩これだ……いいかげんしやがれ」

 メイド達の部屋に行って連れ戻そうかと考えたが、メイド達が嫌がっていないのであれば恥をかくのはドドットの方だ。

 「ま、夜の間はあいつらがのメイド達を監視していると思えばいいか……」

 怒りを押し殺して、ドドットはベッドに入る。


 ”……ニー”

 「んー」

 就寝中だった少年従者のダニーは、ふと目を覚ました。 隣のベッドにはルウが寝ている。

 ”……ダニー”

 「誰?」

 眼をこすりながら眠そうな声で誰何する。

 ”……ダニー……”
 「?」

 部屋の中には、寝ているルウ以外誰もいない。 寝ぼけ眼で部屋を見回すと、扉が少し開いている。 そしてそこから囁き声が

聞こえてくる。

 ”ダニー、おいでよ……”

 「誰?」

 もう一度誰何すると、ダニーは部屋履きに足を通して、廊下に出た。 暗い廊下には誰もいない。

 「あれ?」

 首をかしげるダニー。 その耳に、今度は何かうめき声のようなものが聞こえた。

 ”ぅぅ……”

 「……」

 逡巡した後、ダニーは声の方に向かって歩き出した。 彼が居るのは使用人用の廊下、壁も床も簡素な造りで、部屋履きが

こすれる音がやたら大きく聞こえる。

 ”ぅぅ……”

 廊下は扉で遮られていた。 この先は館の主である伯爵たちの住居の廊下だ。 昼間は仕事の為にダニーも自由に出入りを

しているが、夜は呼ばれない限りこの先には立ち入れない。

 「……」

 如何すべきか考えていると、唐突にドアが開いた。

 「わっ」

 驚きの声を上げたダニーにドアの向こうから声がかかった。

 「ダニー?」

 「は、はい。 セリアさん」

 ドアを開けたのはセリアだった。 彼女はダニーの肩に手をかけるとこちらに招き入れた。 室内履きが絨毯に沈む。

 「あの……すみません。 変な声が聞こえたので」

 言い訳するダニーにセリアは無言でうなずいた。 そして彼の手を握って廊下の先へと進む。

 「あの……」

 「奥様がお呼びなの、貴方を」

 セリアの言葉にダニーは首をかしげた。 夜中に伯爵夫人が彼らを呼び出したことは、これまで一度もなかった。 第一、彼は

変な声が気になってここまで来たので、奥様に呼ばれたからではない。 が、セリアはお構いなしに歩を進め、伯爵夫人の

寝室に来てしまった。

 ”ああ……”

 ”ぅぅ……”

 ダニーはぎょっとする。 奇妙な声は伯爵夫人の寝室から聞こえていたのだ。 思わずセリアを見上げるダニー。 が、セリアは

構うことなくドアをノックした。 途端に奇妙な声が止む。

 ”……誰?”

 「セリアです奥様。 ダニーを連れてきました」

 ”お入り”

 セリアはドアを開けると、優雅に一礼した。 そしてダニの肩に手をかけると、彼を部屋の中へと送り出した。

 「ひっ!?」

 ダニーは自分が何を見ているのかわからなかった。 伯爵夫人の寝台がある辺りに、肉色をした何か大きなものがいた。

 「あぁ……」

 薄暗いロウソクに照らされた其れは、テラテラと光を反射して不気味に蠢いていた。 知らず知らずのうちにダニーは部屋の

中に踏み込み、『それ』を見極めようとしていた。

 「ダニー……」

 「え?……お、奥様!?」

 『それ』の上に伯爵夫人の顔がのっていた。 よく見ると、伯爵夫人は肉色の塊の上にうつぶせに寝そべっているのだ。

 「まぁ、怖い顔」

 「そうそう」

 「そんな恐ろしいものを見るような目で……失礼ね」

 次々と声が聞こえ、塊のあちこちからメイド達が顔をだす。

 「え……な、なにをしているんですか!?」

 一つの塊と見えたのは、実は裸になったメイド達と伯爵夫人が折り重なっていたのだった。 彼女たちの体は油を塗ったように

テラテラと光っている。 濡れたからだが幾重にも重なって、頭や手足が見分けにくくなっていたため、一つの大きな塊に見えて

いたのだ。

 「なにをしている?」

 「なにを?」

 フフ……

 フフフ……

 ウフフフ……

 伯爵夫人とメイド達が笑っている、声をそろえて笑っている。 そうしていると、伯爵夫人とメイド達が溶け合って塊になって

いるかのように見えた。

 「わたしは……」

 「私は……」

 『私達は、楽しんでいるのよ……』

 ずるりと『塊』が揺れ、手前でぱくりと割れた。

 「ひっ!?」

 ぉぉぉ……

 『塊』の中にはヌル伯爵がいた。 女たちと同じく、全身が油でぬれているかのようだ。 そして、歓喜の表情の伯爵が、喜びの

うめき声を上げている。

 『さぁ、もっと楽しみましょう……』

 わさわさと女体が動いて伯爵を塊の奥に隠し、同時に塊の中からあのうめき声が聞こえてきた。 ロウソクの明かりに照らさ

れた妖しい女体の塊、その奥で伯爵は、手、足、口、舌、乳、尻、そして女体の神秘で……想像を絶する奉仕を受けているのに

違いなかった。

 「……」

 震え、涙を流して後ずさるダニー。 だが、彼の背中はセリアにぶつかって止まった。

 「ダニー……」

 振り向けばセリアが妖しく笑っている。 その背後で扉の閉じる音がした。

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