ザ・マミ
第五章 イッツ・ショウ・タイム(2)
(こっちか) エミは角に感じる『MkU』の気配を追った。 ここで取り逃がせば、同じことの繰り返しだ。 大きく羽ばたいて高度を取る。
(いた!) アパートの屋上に佇む白い影、『MkU』がこちらを見上げている。 『MkU』が動くのと、エミが強引に進路ほずらすのが
同時だった。
「サキュバス・ビーム・サーベル(なんちゃって)」 『魔包帯』の一撃を避けつつ、手に持った銀色の円筒『ハロゲンランプ・懐中電灯・ち
ょー強力版』を振る。
キキッ!? 『MkU』がよろめいた、目が光で眩んだのだ。 『MkU』立ち上がり、怒りの声を上げて宙に身を躍らせた。
(よし) エミは、『MkU』が追い掛けて来る事を確認して逃走を開始した。
ブブブブ…… 「はい、川上……」
”こちらエミ”
「おい!火事の通報があったがまさか……」
”マンション・スフィンクスなら私よ……発炎筒を焚いただけよ。 それより『ザ・マミ』に追いかけられているの”
「なに!」
”例の対応、今すぐ準備できる?消防車を呼ぶとか……”
「無茶言うな! 今何処だ!」
”それこそ無茶言わないで、全力で逃げてる最中に場所なんか判るものですか……ああ、あの明るい辺りがマジステール大通りね”
「判ったそこに行け! こちらも向かう」
川上刑事は上着とコートをハンガーからむしりとり、喫煙所に居た山之辺刑事を引きずるようにしてパトカーで飛び出した。
「人目につくところはまずいんだけどな…よっと!」 エミは体をひねって『魔包帯』を避ける。 さすがに二度目ともなれば、避け方も判っ
てきた。
「どこか、建物の中に誘い込むしか」 呟いた時、エミの携帯が鳴った。
「あら?……こちらエミ」
”エ〜ミちゃ〜ん♪どこ〜♪”
「ミスティ……マジステール大通りに向かっている所よ」
”やった! ミスティ達も、丁度そこについた所よ♪ 準備できているから急いできてね” ミスティは一方的にまくし立てて、携帯を切った。
「え……」 エミの背筋が凍りついた。 マジステール大通りに、キノコ雲が立ち上る情景がありありと浮かんできたのだ。
「おい、谷やんがなんで乗ってるんだ?」
「昨日、徹夜したんでここで寝てたんですよぉ」
「服務規程違反でしょう」
山谷川トリオが乗ったパトカーはサイレンを鳴らして、夜の街を疾走する。
「エミが、『ザ・マミ』に追いかけられているのは、間違いないのか」
「当人が助けを求めてきたんですよ。 応援を頼まないと」
川上刑事がパトカーの無線に手を伸ばしたが、先に無線が鳴った。
”酔天宮10、応答して下さい”
「こちら酔天宮10、原君か?どうした?」
”酔天宮10、マジステール大通りに向かってください、そこに……”
「こちら酔天宮10、そこに向かっているところだ。 出たのか!『ザ・マミ』が」
”あ、いえ……出たそうです!『クリスマスツリー』が……”
「は?イブの大通りだ、クリスマスツリーなんか珍しくもないだろう」
”そうじゃなくて! 推定10mの巨大な『クリスマスツリー』が自分で歩いてきて、道路の真ん中に居座っていると言う通報があったん
です!!” やけくそ気味にまくし立てた原巡査。
キキッー!! 急停止したパトカーの中に奇妙な沈黙がおりた。
「えーと……どうしましょうか」 川上刑事。
「帰って、布団を被って寝るというのは?」 谷鑑識課員。
「そうもいかん……俺達は公僕だからな」 山之辺刑事は出発するように促した。
「さすがに人手が多いわ」
エミは高度を下げすぎないよう注意しつつ、マジステール大通りに進入した。
(あら?今年は大きなツリーを立てたのね) 片側4車線の大通り、そののど真ん中に巨大な黒々とした影が屹立している。
(はっ!しまった!?) ツリーに気を取られている間に、『MkU』が背後から迫ってきている。 ふくれあがる殺気。
『めくらましの巨大投光機をつけよ!』 凛とした声が響き、ツリーの4箇所から強力な光の帯が照射され、エミの下を通過して『MkU』を
捕らえた。
キキキキキッ!? 白光に目を焼かれ、エミを見失った『MkU』は近くのビルの屋上に着地し、黒いツリーを睨みつける。
『杉の木とは違うのだよ、杉の木とは!……見よ、フル・デコレーション・クリスマスバージョン・スライムタン&スーチャン!』
スライムタンの全身を飾り立てる色とりどりのオーナメントが一斉に輝き、幾重にも絡みついた金銀のモールが煌く。 そそり立つ真紅の
ベツレヘムの星の下には、重々しい黒いバルカン砲を構えたサンタ人形(スーチャン)が、これは『正義の代行者』の象徴か。
だが、数ある飾りの中でもっとも目立つのは、サンタ人形の足もとから下がっている、『折り返し点』と書かれた高さ2mを超える赤い
三角コーンだった。
突如出現した巨大クリスマスツリーに、静まり返っていたマジステール大通りにどよめきが起こる。
ザワザワザワ………おおおー!!
『わははは!……あたっ!?』
ベツレヘムの星の真横に陣取り、拡声機を持ったまま笑っていたミスティの頭を、上空から降りてきたエミが思い切りどついた。
「あんた!どーすんのよ!こんな大騒ぎにして!?」
「まぁまぁ、気にしてもしょうがないでしょ♪ 後はミスティちゃんとスライムタン、スーチャンにお任せ〜♪」 そう言うミスティの頬のタトゥーの
星が黄色に変わっている。 「イエロータトゥーは『運』の証〜♪今日のミスティちゃんは幸運の悪魔なの〜♪」
「イブに悪魔の幸運を当てにして、三千年の魔女の怨念と戦うって言うの……」 額を押さえるエミ 「神の怒りで、町ごと吹き飛ばされ
そうな気がしてきたわ」
その頃、切り札のはずの『赤い爪の魔女』は……
「この浮気者! 四日間もあんなのといちゃいちゃと!!」
「いえ、浮気じゃなくて。 それにあれは僕の意志じゃ……」
まだ修羅場を演じていた。
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