ザ・マミ

第五章 イッツ・ショウ・タイム(1)


 ミスティの問い掛けに、エミは首を振りながら肩をすくめ、麻美は爆発寸前になった。

 エミが諭すように答える。 「偶然でしょう。 『ザ・マミ』こと鷹火車は、手近にいた人間から無差別に精気を吸っているわ。 『MkU』が

特に小池学君を狙う理由も見当たらないし」

 「うん、ミスティもそー思うんだな〜♪」

 切れた麻美が、椅子を蹴立てて立ち上がる。 が、彼女が何か言う前に、ミスティが思わぬ言葉を口にした。

 「だから〜、最初に見つけた男の子を捕まえたんだと思うんだ〜♪」 そう言ってにっと笑ってみせた。

 エミははっとし、ミスティを見つめて聞き返す。

 「待って。 つまり貴方の言いたい事は……」

 「ケータイが落ちていた場所、そこが『MkU』の隠れ家の真ん前だったりして♪」

 あ…… 口をぱくぱくさせ赤くなったり、青くなったりする麻美。

 エミは表情を引き締め、頭の中を整理する。

 「令状がなければ警察は中には入れない……だから、任意で地道に一軒ずつ回ったはずだけど……中から誰も出てこなければ調べ

ようもない……」

 エミは顔を上げ、ミレーヌの判断を仰いだ。

 「ミズ・ミレーヌ? ミスティの意見をどう思います?」

 「……『ザ・マミ』が『MkU』に変わったのはつい最近です。 外を自由に動くには、先に『依代』にある程度精気を吸わせる必要がある

はず……いまだに『MkU』の目撃情報が無い事を考え合わせれば……」

 「『MkU』は学君を自宅の前で捕獲して、家の中に連れ込んだ可能性は高い」 エミが結論付けた。

 「だ、だって……自分の家の前で誘拐を働くなんて……」

 「理性のある人間ならやらないわね(最近はそうでもないけど) でも、『依代』にされた人は激しい性欲におそわれ、飢えた獣の様にな

っている。 理性なんか残っていないわ」

 エミの物言いが麻美の焦燥を煽った。 今にも飛び出しそうな勢いだ。


 「……しかし、状況証拠と推測だけですが……どうしますか?……」

 「どのみち他に手がかりは無いわ。 駄目もとで行動しましょう」

 「んーとね、ミスティも行くよ〜♪」 楽しそうにミスティが手を上げた。 

 エミは軽い頭痛を覚えながら、麻美、ミスティと共に妖品店を出た。


 「もしもし、エミよ。 川上さん?」

 ”君か? 例の件ならこっちには何も……” 

 「奴の居場所の見当がついたわ。 いま向かっているわ」

 ”何だと! 待て、こちらも向かう”

 「ごめんなさい、確証がないから貴方達を呼べないの。 確認してからまた電話するわ」

 エミは電話を切った。

 「お客さん、マンション・スフィンクスの前でいいんですね」 タクシーの運転手が聞いた。

 「ええ」

 麻美とエミがタクシーに乗り、その後にミスティを乗せたボンバーのバイクとブロンディのバイクが続いている。

 「ねえ、後ろの二人は何者なの。 私とは口もきいてくれないのよ」 麻美がやや苛立たしげに尋ねた。

 「私も知らないわ。 でも、詮索はやめておきなさい。 悪魔の事情に深入りしたっていいことは無いわよ」

 エミは正面を見据えたまま小声で答えた。 麻美は不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。


 メータが2回上がっただけで、目的地に着いた。

 「ここね」

 エミは麻美の示した場所に立ち、サングラスをはずして上を見る。

 「見て、5階のベランダ。 夜なのに布団が干しっぱなし」

 「あそこなの!?」

 エミは頷いて、二人に指示する。

 「いい、他の住人に気づかれないように行動するのよ」

 「ほーい♪」

 「判ってるわよ!」


 三人は、階段を使って5階にあがり、ドアを数えながら廊下を進んだ。

 「ここね」 エミはドアの前に屈みこんだ。 微かに何かを感じる。 (間違いなさそうね)

 ドアの郵便受けを押し開け、耳を澄ました。 形のよい眉がピクリと動いた。

 微かな喘ぎ、苦痛の叫び、また喘ぎ…… (『女王様』だけに『MkU』はSM!?)

 「いるの?」 麻美の焦れた声にエミは頷き、黒い皮手袋をはめて、ノブを回してそっとドアを引いた。 しかし施錠されていて開かない。

 (しまった……これは予想してなかった)

 ちらりと後ろを見る。 不安そうに辺りを見回している麻美、呑気にこっちを見ているミスティが目に入る。

 (よし……ナントカしはさみは使いよう)

 エミは手招きしてミスティを呼んだ

 「なにな〜に♪」

 ミスティの肩にがしっと手を置き。 「ミスティ、貴方、前にいろんなアイテムを作る実験をしていたわよね」

 「え?……う、うん?」

 「『開錠の札』を作って、このドアを開けて」

 「えー!?そんなのでき……」

 「できる!あんたならできる!電脳小悪魔の貴方が気合を込めれば絶対できる!」

 「え……そうかなぁ〜♪」

 「大丈夫、気合でナントカなる!! 私が保証する!」

 「うん!頑張る!」 エミに代わってミステイがドアの前に立った。

 麻美とエミが見守る中、ミスティは何処からか矢立(昔の筆入れ)を取り出し、筆に墨を含ませた。 次に半紙を取り出し、ごちゃごちゃと

複雑な図形を描く。

 「本当に開くの?」 麻美が聞いたがエミからの返事が無い。 隣を見ると、エミは床に伏せており、指につばをつけて耳を塞いだ。 そ

して怪訝な顔をしている麻美に、目で『同じことをしろ』と促している。

 「?」 首をひねりつつ、床に伏せる麻美。 同時にミスティの『開錠の札』が完成した。

 「たあっ!!」 気合を込めて、ミスティが真っ黒な札をドアの鍵の部分に叩きつけた。

 ジジジジッ!! 『札』が唸り、黒と白が反転、そして……

 ズン!! 小さいとはいえない爆発がおき、黒煙が立ち込めた。 すーと煙が流れると、真っ黒になったミスティがドアノブを持って佇ん

でいる。

 ギギッ ドアノブの部分をそっくり吹き飛ばされたドアが、軋みながら開いていく。

 「ミスティ……やっぱり貴方には天賦の才があるわ」 エミが心からの賞賛を送る。

 ブホッ…… 返事の変わりにミスティが黒煙を吐いた。


 ジリリリリリリ!! 火災報知器が鳴り出し、辺りが騒がしくなる。 エミはポシェットから『強力発炎筒:火災訓練用:黒色煙』を二本取り

出し、着火してあっちとこっちに投げた。

 「火事よ!! 火が出たわ! みんな逃げてー!」

 エミの声と煙に動転し、他の部屋の住人があわてて逃げ出していく。

 その間に麻美はドアを開けて中に飛び込んだ、ミスティも続こうとしたが、入り口で見えないものにつかえ中に入れない。

 「ああ、貴方は招かれないと入れないんだっけ。 仕方ないから、貴方は外に回って」 エミは言いさしておいて麻美に続いた


 ああ……だめ……やめて…… ひぁぁぁぁ!

 「ここね!」 リビングに飛び込んだ麻美とエミは、異様な白い壁に行く手をさえぎられた。

 「これは……『魔包帯』が繭を形作っているの?」 エミは手で『白い壁』に触ってみる。 すると触れる寸前で指先から金色の火花が飛

んだ。 「私じゃ触れないわ」

 すると、麻美が乱暴にエミを押しのけ、繭の前に立った。


 あー……ああ……

 クク……コンナ小娘ナンカヨリ、私ノモノニナルガヨイ……

 繭の中からは、依然として妖しい女の声と、篭絡されかけているらしい小池学の声が途切れなく続いている。

 「こ……こ……この泥棒猫がぁぁぁぁ!!」

 バチッ…… 麻美の体から赤い火花が飛び、首筋からうなじにかけて赤い筋が走り、脈打つ光を放ち始めた。 そして、両手の爪が赤く

輝いた。

 「学を、かえしてぇぇぇぇ!!」

 赤く輝く爪を振りかざした麻美の一撃は、『魔包帯』の繭に赤い五本の筋を刻み込んだ。

 キキキキキキキ!!

 『魔包帯』の繭が悲鳴を上げる。 次の瞬間繭は二つに割れて、中身が麻美とエミの前にさらけ出される。

 仰向けで横たわる全裸の小池学と、その彼に69の体勢で覆い被さっている豊満な褐色の女体。 そして、部屋の隅に転がるやせ衰

えた男(『依代』にされた女、その旦那)

 ま……まぁなぁぶぅー!! 激怒した麻美の顔を見た『依代』は、仰天して飛び下がり。 余りの剣幕に、下になっていた学までが這いず

ってて逃げ出そうとする。

 「何処に行くのぉぉぉ!!」 がっきと学の足を掴み、引き戻す麻美。 

 その隙に、『魔包帯』は『依代』巻きついて『MkU』へと変移する。

 「麻美!『MkU』を!」 エミの叫びに麻美が対応する前に、『MkU』はベランダに飛び出して宙に体を躍らせた。

 「逃げるわ!」 エミは『MkU』を追って窓から飛びだした。 空中で羽を広げ、角に感じる『MkU』の後を追う。


 「あー♪」 丁度マンションから出たところだったミスティは、頭上を『MkU』が逃げていくのを見つけた。 すぐに携帯を取り出し、ボンバ

ーを呼び出す。

 ”ボンバーだ” 太い女の声が返ってくる。

 「ボンバーちゃん、キンキュー事態〜♪」 


 「……だそうだ」 ボンバーはブロンディそう言うと、懐から信号弾を取り出して上に向け、発射する。

 ヒュルルルルル…… 光の弾が天高く上ぼり、弾ける。

 パン! 光の輪が生じ、その中心に『ス』の字が浮かび上がる。


 その頃、スライムタンとスーチャンは高さ10mの樅の木に化け、様々な飾りつけを体中に下げて、妖品店ミレーヌの裏庭で巨大クリス

マスツリーをやっていた。

 ミューミュミュー♪ 賛美歌をハミングしていたスライムタン・リーダは、信号弾の破裂音に気がついた。

 ミュッ? 中天に輝く『ス』の一文字。 ミスティが呼んでいる。

 ミュー!! 出動ー!

 スライムタンとスーチャンが声を合わせ、地響きを立てて巨大クリスマスツリーが動き出した。

 ズーン! ズズーン!!

 その響きは妖品店を細かく震わせ、カウンターに座っているミレーヌにも感じ取れた。

 ミレーヌがヘルメットを被る、『安全第一』と書かれたものを。 そして呟く。

 「……ナウ・イッツ・ショウ・タイム……」

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