ザ・マミ

第四章 疑惑、暗躍、探査、そして祭りの準備(6)


 う……

 うう…… 

 小池学は、悪夢の中にいた。 魔女と化した麻美が、爪を振りかざして自分を襲う。

 ”逃がさない……”

 麻美の爪が肩に食い込む。 鋭い痛みと共に、動かなくなる腕。

 身をよじって逃れようとするが、猛禽に掴まれた小鳥の様に、身動きもままならない。

 クククク……

 ゾクリ…… ザラッとした舌が、学の乳首を舐め上げる。

 ドクン! 心臓が舐めあげられた様な妖しい感触に、心拍が跳ね上がる。 ドクンドクンドクン……

 ああああ…… 体が思うように動かない。

 「フフフフ……もう私のもの……」 全身に赤い模様を浮かび上がらせた麻美が、ゆっくりと彼に体を重ねて……


 ああっ!…… 一声叫んで叫んで、学は目を開けた。

 「ゆ……夢か」 ほっと息を吐いた。

 「ククク……ソウ……コレハ覚メナイ夢……」

 え……?

 体を起こす。 自分は裸だ。 そして、足に加わっている柔らかな重み。

 「ひっ!……だ、誰です!」

 「私ハお前の主」 彼の足を押さえている闇がささやく。

 あ……ああ…… 恐怖り震える学の前で闇が立ち上がり、褐色の女神の肢体をさらけ出す。

 うねる黒髪を衣装代わりにまとい、ふくよかな乳房は優しさすら感じる。 しかしその目は……ガラスをはめ込んだように感情の無い瞳、

そこには一辺の慈悲も感じられない。

 学は思わず後ずさりする。 サラリ……背中が絹のような感触を覚えた。 とたんに力が抜け、意識がぼやけてくる。

 ああ…… 女の様に、甘い喘ぎがもれる。

 「クク……さあ……来るがヨイ……」 ひざ立ちで黒々とした秘所を示し、差し招く褐色の女。

 学が知る由も無いが、ここは『魔包帯』に取り囲まれた小部屋、いわば『ザ・マミ』の蛹。 この中で哀れな犠牲者達は、その精気を『依

代』に吸われ続ける。

 学は体の求めるままに、その秘所に手を伸ばし……

 ビキッ! 「ぎえっ!?」 全身を締め上げる痛みに学は正気に戻った。 

 「な、なんだ!」 学の体に、赤い紋様が浮かび上がっている。 これは、かって暴走した麻美が学を呪縛しようとしたとき、全身に書き

込んだ『呪紋』。 それが学を守るため……

というより、獲物を横取りされないために発動したらしい。

 「……ナンダ……この小娘ハ……?」

 女は不快げに唸る。 赤い紋様は、学の胸の真ん中で麻美の顔になり、それが目と歯をむき出して『依代』を威嚇している。

 「可愛そうな坊や……コンナ女に……ドレ……本物の女を……女の魔性を教えてやろう……」

 ざわざわと背中の辺りが騒がしくなる。 そちらに目をやって学は目を向いた。

 辺りの『魔包帯』が、無数の腕やら触手に形を変え、学に迫ってくるではないか。

 そして正面からは褐色の肌の女が手を伸ばし、彼の男を手の中に収め……絶妙な手つきで捏ねはじめた。

 「うぁ……」 外は固く、中は柔らかく蕩けていく男根。 とたんに全身に走る激痛。 「うぎゃぁ!」

 (これじゃ拷問だ……うぁぁ!)

 学は心の中で、自分の女運の悪さを嘆いてた。


 クリスマスまで後二日。 学の行方は依然としてわからなかった。

 エミ達は学の捜索は主として警察に任せ、それぞれがザ・マミ対策に当たっていたが、おさまらないのは麻美だった。 今日もミレーヌ

から『呪紋』の講義を受けている途中で騒ぎ出した。

 「そうだ、使い魔よ!うちのミミが、一度猫娘に化けた事があったから、あの子を使って……」

 「おやめなさい」 ぴしゃりとミレーヌが言う 「……『呪紋』の使いこなしができない貴方では、使い魔など使えません……それに貴方は

魔力の供給源となる男を失っています……いま魔力を使えば、『MkU』と戦う力が残りません……」

 「わ、私が『MkU』と戦うの!?」

 「……『ザ・マミ』との戦いを見たでしょう……ミズ・エミも、スライムタンズの『魔包帯』の一撃で昏倒させられました……あれに対抗でき

るのは、小悪魔のミスティか、赤い爪の魔女の貴方だけ……ミスティだけでは不安です……」

 「そ、そんな……ミレーヌさんだって」

 「……私はここを離れる事はできません……だから、貴方に最低限の『呪紋』の使い方を教えているのです……」


 二人の会話に、警察から戻ってきたエミが割り込む。

 「どう『MkU』対策は?」 

 「……進んでいません……今の状態で戦えばどうなるか……」

 エミはミレーヌに断って、そばの椅子に腰を下ろす。

 「『MkU』はそんなに強いの?」 質問というより確認するように聞くエミ。

 「……人間や使い魔相手なら、一対一では無敵でしょう……警察の様に数で押すしかありません……」

 「物理的な攻撃では?川上さんの拳銃は通用しているわ?」

 「……確かに。 しかし『依代』が傷つけば『魔包帯』が分離します。 悪くすれば、攻撃した側が新しい『依代』にされるでしょう……一瞬

で跡形も無く消し飛ばせるような武器でもあれば……」

 「私達や警察で使えるものにそんなもの無いし、使えば周りの被害甚大よ。 それに『依代』もろともというは最後の手段、警察が『依代』

殺人犯を探し始めるもの。 きっと、三千年前も同じような事があったんでしょうね」

 「『依代』を……『蜘蛛の女王』の被害者を殺せなかったから、棺に封印した……」 麻美が呟き、エミが同意する。

 「結果は同じだったけどね……」

 背伸びをして天井を見上げるエミ。

 「攻撃は致命的、運動性は高い、迂闊に攻撃すれば『魔包帯』が分離する……偶然とはいえ、警察が水を使ったのは大正解……そう

だスプリンクラーを作動させれば」

 「……自動消火装置ですね? しかし、失敗すれば『魔包帯』の分離に巻き込まれ、取り込まれます。 博打になりますよ……」

 エミは忌々しげに首を振った。

 「ところでミスティは?」

 「……『MkU』退治の秘密兵器を開発中とか……」

 「は?」 エミは思わず立ち上がった 「まさかここが丸ごと消えてなくなるような事は無いでしょうね」

 「……さあ?青い新型機がどうとか、ただのスライムタンズでは無いのだよとか……」

 「……」

 エミは立ち上がって出口に向かう。

 「当ては無いけど、『角』で探してみるわ」

 足早に出て行くエミを見送ってミレーヌは一言。

 「……逃げましたね……」


 そしてクリスマス・イブ。 学の行方は依然として……

 「まだ見つからないのよ!」 やつれた麻美が喚く。 「もう限界よ!学がどんな目にあっているか!」

 「警察でも小池少年の行方はわからず、『MkU』の目撃情報もなし」 エミも疲れた様子だ。 「何か無いの、手がかりは……」

 一人幸せそうにケーキを食べていたミスティは、ケーキ皿を置いて一言。

 「ねぇ、どうして『MkU』はこの子の男を拉致したのかな〜♪」

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