ザ・マミ

第四章 疑惑、暗躍、探査、そして祭りの準備(5)


 デスク・ワークをしていた川上刑事の携帯が鳴った。

 「はい、川上ですが」

 ”こんにちわ”

 「エミか……仕事中だ」

 ”ザ・マミが出たわ”

 「……なんだと!」

 エミは、ミレーヌの事を謎の情報源として、ザ・マミの事と『魔包帯』の事を話した。

 「……小池学君の失踪は、彼の友達から家族に知らされている頃よ。 直に捜索願が出ると思うけど」

 ”まってくれ。 それじゃ、君がザ・マミを確認したわけじゃないんだな? ただの行方不明では警察は……”

 「前に、私が人を殺した事があると言ったとき。 貴方は激怒したわね。 あの怒りは何だったの? 貴方の正義感はその程度なの」

 ”……”

 「これが間違いでも、警察が無駄働きをしたですむわ。 でも、本当にザ・マミが復活して、彼がその餌食にされていたら……」

 ”判った、すまないが、君がザ・マミを目撃した事にしたい……”

 「ずるい人ね。 いいわ」

 ”それと頼みがある”

 「……なに?」

 ”犠牲者を出さないでくれ”

 「……努力はするわ」

 ”エミ……”

 「確約はできないわ」

 エミは電話を切り、電話ボックスを出て妖品店に戻る。


 「警察には、ザ・マミが復活したという前提で動いてもらえるよう話をしたわ。 でも……」 エミの表情は固い。 「ザ・マミが目撃された

訳じゃないから、動きは鈍いでしょうね」

 ミレーヌが頷く。

 「冗談じゃないわよ! こうしてる間にも学君が!」 麻美が喚く。

 「可愛い坊やね……この『ザ・マミ・MkU』が三千年のテクニックで、可愛がってあげましょう……ウフフフフフ♪」

 キーッ!!

 ミスティの茶々に、麻美が切れまくる。

 「落ち着きなさい」 エミがことさらに冷たい声で麻美を制した 「ここではっきりさせておきましょうか、私たちの立場を」

 「立場って……なによ……」 急に不安そうになる麻美。

 「貴方にとって、小池学君の救出は当然の事かもしれないけど、私にとってはそうではないわ。 おそらく、ミスティ、ミレーヌ達にとっても」

 「な……なによそれ!」

 「『MkU』は放置できないけど、手に負えないと判断すれば、さっさと逃げるわ」

 エミの宣言に、麻美は真っ赤になって言い返しかける。

 「……当然ですね……」

 麻美は、驚いてミレーヌを振り返る。

 「……私たちは、同志でも友人でもない、互いの為に命を懸ける必要などない……馴れ合いに何かを期待するなど……」

 「愚か者のする事♪」 ミスティが天井を見上げてにこやかに宣言する。 「覚えておくよーに♪」

 麻美の顔が真っ青になる。 今更ながら、自分が足を踏み入れた場所の恐ろしさを思い知ったような気がした。

 「貴方の考えが甘いだけよ」 エミが妙に優しい声で言った。 「見捨てられたくなければ、それななりの力か知識を身につけなさい。 

それとも、ここから出て行って二度と足を踏み入れないか」(ひっとすると、それが正しい選択かも知れないけど)

 「冗談じゃないわよ……」 低く唸る麻美 「学を見捨てるくらいなら、こんなところに来るものですか!」

 エミは黙って肩をすくめ、ミレーヌは僅かに笑みを見せ、ミスティは……スライムタンズとバナナを取り合っていた。


 「では『MkU』への対応だけど、居場所がわからないことにはどうにもならないわね。 ミズ・ミレーヌ、ここには何か、『妖怪探知機』み

たいなものは無いのかしら?」

 「……ありません。 私の知る限り、貴方の『角』がもっとも有力なセンサーなのですが……」

 「『水魔』の時は結構遠くからでも感じたんだけど……『ザ・マミ』の時はあまり感じないのよ。 それに私は今回の事件中に、鷹火車女

史のマンション前を何度か通っているはずなのに、判らなかったのよ?」

 「……となれば、警察の捜索で見つかる事を願うか、『MkU』が出てくるのを待つか……」

 「頼んどいて何だけど、警察は当てにしないほうがいいわ。 無差別に家宅捜索ができる訳じゃないもの」

 「それに『MkU』が出てくるのを待っていたら、学君は……」 麻美が泣きそうな顔で言った。

 「……『魔包帯』の調査結果から、『MkU』の居場所が特定できないか考えてみましょう……」

 ミレーヌがパソコンを起動した。


 「これは?」 

 画面いっぱいに無数の糸が縦横に交差している。 横糸は真っ直ぐなのに、縦糸は複雑に折れ曲がり、奇妙なオブジェの連続に見える。

 「『女』……『肌』……『貯』……『男』……『欲』」 麻美は魅入られたように、縦糸を視線で追い、ぶつぶつと呟き、その顔に、赤い『呪紋

』が浮かび上がる。 「これは……『呪紋』?」

 「……これは『魔包帯』の顕微鏡写真……『魔包帯』は『呪紋』を立体的に表した縦糸の集合体なのです……個々の糸が、人間の女、

男、蜘蛛を操り、または変異させる力を持っています……そして、これが集合すると使い魔として機能するように……」

 「そもそも『呪紋』とは何なの?」 エミが、好奇心を押し殺して聞いた。

 ミレーヌは一瞬押し黙り、そして口を開く。

 「……『呪紋』とは、人の精気、または生命力とから作られた『魔力』を流す事で、生命体に様々な現象を引き起こす『紋様』の事です……」

 「まるで電気回路みたいね」

 「……電気の事はよく知りません……私や麻美さんは『魔力』を胎内……そう子宮に蓄積し、必要に応じて全身に彫られた『紋様』に魔

力を流す事で様々な奇跡を起こす……これが『赤い爪の魔女』なのです……」

 「そして『蜘蛛の女王』は同じ技術を持っていた」 エミは考え込み、そして尋ねる。 「待って、女と男をターゲットにしたのは判るわ。 

でも蜘蛛は? 蜘蛛に何をさせるの?」

 ミレーヌはフードの下で、笑みを浮かべた。

 「……『魔包帯』は蜘蛛の糸でできています……それを補修させる為に、蜘蛛を使い魔として使役しているのですよ……おそらく縦糸も

無数の蜘蛛を使い魔にしてて作られたのでしょうが……」

 「待って!」 麻美が口を挟む 「じゃあ、『魔包帯』が自分の複製を作り出したら!? ザ・マミが際限なく増殖するわ!」

 「……その心配はありません……縦糸に『呪紋』を刻むのは、極めて高度な技……『蜘蛛の女王』が直接指揮しない限り、新しい縦糸

を作り出す事はできないでしょう……」

 「保守はドキュメントがあればできるけど、新規案件はプロマネがいないと無理って訳ね」

 エミの例えは、他の面々には理解できなかった。 気まずい沈黙の後、ミレーヌが続ける。

 「……蜘蛛の役割はもう一つあります……鷹火車女史から逃げ出した時、『魔包帯』は横糸が全てはじけ飛んでいました……縦糸は蜘

蛛を操って自分達を集めさせ、『魔包帯』を復活させたのです……」

 「今思えば、『魔包帯』として機能しなくなったその時がチャンスだったのね」

 「……どうでしょうか……僅かな縦糸が絡みついただけで、婦人警官が異常な性欲に囚われています……もっと大勢が憑かれたなら

ば、大混乱になったでしょう……」

 エミは黙って頭を掻いた。 (なんて厄介な奴なの)


 「あー♪」 ミスティが大声を上げた。 「ミレーヌちゃんそれだ! その木箱の中の『魔包帯』の切れ端の縦糸を蜘蛛に絡ませれて放せ

ば……」

 「そうか!『魔包帯』の所に!」 麻美が続けた。

 二人は『魔包帯』の箱を開け、使い魔になっている蜘蛛を何匹か取り出すと、エミたちが止めるまもなく外に飛び出していった。

 「しょうがないわね、全く」

 「……止めないのですか?……」

 「すぐ戻ってくるわよ」

 エミの言うとおり、10分ほどで二人は戻ってきた、泥だらけになって。

 「見失ったんでしょ」

 「……」 憮然とした二人の表情が全てを物語っている。

 「小さな蜘蛛なのよ、人間が通れ無いところに入り込んだら見失うに決まってるじゃないの」

 エミはため息をついた。

 「それにしても、『蜘蛛の女王』は何だってこんなものを作ったのかしら」

 「……おそらく、自分が復活するためでしょう……」 ミレーヌの言葉にも皆が注目した。

 「『蜘蛛の女王』が復活する?」

 「……これは推測なのですが……」

 ミレーヌはパソコンの画面を切り替えた。 『魔包帯』とよく似た糸の束が映っているが、こちらには横糸が見当たらない。

 「……これは『灯心』の顕微鏡写真です……」

 「私には、『魔包帯』と同じものに見えるわ」

 「……作りは同じですが、機能が違います……貴方はご存知ですね、これは人間の体を融解させ、魂を炎の形で取り出し、存続させる

事ができます……」

 エミは頷いた。

 「……『蜘蛛の女王』は『魔包帯』で他の人間の体を、自分の新しい体に作り変え、『灯心』で魂を移植しようと目論んでいた……私はそ

う思っています……」

 妖品店の中に沈黙が落ちた。 皆、それぞれにミレーヌの言葉の意味を考えている。

 「私……」 麻美が口を開いた 「魔法ってもっとファンタジーやオカルトぽいものだと思ってた……でも、これじゃ夢も希望もないじゃな

い」

 「オカルトには違いないわよ。 何千年も前に死んだ『蜘蛛の女王』 その女が死を逃れようと地獄にたらしておいた蜘蛛の糸、それが『

魔包帯』と『灯心』なのよ。 どす黒い生への欲望が実態と、大勢の人間を毒牙に掛けていく。 これが怨念以外の何だと言うの」

 妖品店の中に沈黙が訪れる。 

 『蜘蛛の女王』が地獄の其処から『魔包帯』を握り締めて上ってくる、そんなイメージが麻美の頭から離れなかった。

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