ザ・マミ
第四章 疑惑、暗躍、探査、そして祭りの準備(4)
クリスマスまで後四日。 その日、酔天宮町は灰色の雲に覆われ、皆が白い息を吐きながら足早に歩く、そんな一日だった。
「雪か……」 灰色の空から降ってくる白いものを見つけ、川上刑事は呟いた。
「川上さん、病院のDNA照合結果が来ましたよ」 谷鑑識課員が書類を手に、捜査課に入ってきた。 「やはりザ・マミは鷹火車だったと」
「そうですか」 気のない返事を返す川上刑事。
山之辺刑事と彼は、警察病院から帰ってからすぐ、鷹火車の写真を入手し、翌日に再びザ・マミの様子を見に行った。
その時にはもう、ザ・マミは肌の色が違うだけで、顔の形は鷹火車のそれに変わっていた。
気の毒な担当医はが、頭をかきむしって悩んでいるのを尻目に、山之辺刑事が精密検査を支持し、今日その結果が出たというわけだ。
「取り合えず、ひと段落かな……」
山之辺刑事が谷鑑識課員の後から入ってきた。
「でも……いったいこれはどういうことなんですか?」
谷鑑識課員の疑問に、山之辺刑事は両手を広げて見せた。
「ミイラの呪いか、悪い病気か何か知らんが、そいつを調べるのも考えるのも、俺達の仕事じゃねぇ」
山之辺刑事は、安物の事務用椅子を盛大に軋ませながら腰を下ろし、机の上に置かれた報告書を取り上げる。
「これ以上市民の皆様に被害が出なけりゃ、それでいいさ」
川上刑事は頷きながらも、不安を拭いきれずにいた。 (確かに、犯人は捕まえた。 しかし……解決したといえるのだろうか)
窓から外を見れば、まだ灰色の雲が空を覆っている。 川上刑事の不安は晴れなかった。
ジングルベール♪ジングルベール♪
モーロビトー♪コゾリーテ、ムカーエマーセリー♪
エミは妖品店『ミレーヌ』の裏庭から聞こえてくる珍妙な二重唱に額を押さえた。
(賛美歌が、呪いの呪文に聞こえるのはなぜかしら……)
ミスティの頭上には、常に太陽が輝いているに違いないなどと考えつつ。 ミレーヌに手を上げて挨拶し、お土産のバナナとケーキをカ
ウンターに置く。
ミレーヌは僅かに頭を下げたが、それ以外特に変わった様子は見えない。
(まだ確信には至らない……か) エミは軽い失望を覚えた。
(まぁ、三千年以上前に作られた魔法の道具を、資料もなしに調べているのだから……年単位で気長に待つのが正解かしら)
思い直して、ケーキの箱のリボンを解き始める。
ミレーヌは、近くにあったベルを手にして、振った。 思いのほか軽やかな音がして、『呪いの二重唱』が止む。
「ケーキだ♪」
バナナー♪
ミュー ミュー♪
ミスティ、スーチャン、スライムタンズが歓声を上げて駆け込んできた。
「平和ね……まあ、いいか。 ザ・マミの脅威は去ったわけだし……」
エミの呟きにミレーヌが顔をあげた。 しかし、彼女は何も言わなかった。
ガラララン!!
突如、ドアを蹴破らんばかりの勢いで誰かが飛び込んできた。
きょとんとした様子で、入り口に目をやる一同。 そこには、学生服姿の麻美が肩で息をしていた。
「さ……さ……さらわれたの!」 髪を振り乱し、鬼気迫る様子で叫ぶ。
「……誰が?……」
「誰に?」
「いつ〜?♪」
ドコデー?
ミューミュー
ぐっ…… 怒鳴りかけた麻美は、怒声を飲み込んで深呼吸する。
「あたしの小池学君が! 例のミイラ女に! ついさっき帰宅途中! 通学路で!」
奇妙な沈黙が店内を支配する。
「じゃあ、新しい男を捜したら〜♪」 ミスティの提案に、麻美は『カバン・ストライク』で応えた。
「落ち着きなさい。 他人に何かを話すときは、相手にわかってもらう様に話さないと」 エミはミレーヌに目で了解を取り、麻美に椅子を
勧めた。
麻美は紅茶(スーチャンが入れた)を一気飲みして咳き込み、そして話し始めた。
それは、麻美が帰宅しようとしていたときの事だった。
「麻美、先生が探してたよ」
「えー!何だってのよ」
「あれじゃない?『不順異性交遊』」
「ドキッ!」
「あー、さては!」
友人達の70%のからかいと、20%のやっかみと、10%の殺意にもみくちゃにされた後、麻美は学の携帯に電話した。
「学……くん?」
”あ、先輩……いえ、麻美さん。なんですか”
「ごめんなさい。 帰るのが少し遅くなりそうなの、だから待ち合わせを30分遅らせたいんだけど」
”そうですか、じゃあ……なんだ?これは”
「学……くん?」
”包帯?……首に……し、痺れる……”
「学!?」
ガチッ…… 返事の変わりに、固いものがぶつかる音がした。 そして……
”キキキキキキ……”
金属的な鋭い笑い声。 それは、麻美が妖品店から逃げ出したあの夜、ミイラ女が発していた声だった。
「……すぐに彼を探しに行った。 そしてこれを見つけたの……」
麻美が差し出したのは、学の携帯電話だった。
エミはそれを手に取ろうとはせず、じっと観察する。 なにやら細い糸が、蜘蛛の糸のようなものが絡み付いている。
「あいつよ!あのミイラ女が……」
「ミイラ女は……『ザ・マミ』は、一週間も前に警察に捕まったわ」 エミが麻美の言葉を遮る。
「……嘘」
「本当よ。 でも……」 エミは注意深く手を伸ばし、指先で軽く携帯に触れた。
バチッ! 金色の火花が飛ぶ。 エミが、ザ・マミの包帯に触れたときと同じ反応だ。
「……これは?……どういう事なの? 『ザ・マミ』が二人いるとでも言うの?」
「……『ザ・マミ』は一人。 復活したのですよ……」
ミレーヌの言葉に、エミと麻美がそちらを向き、ミスティがすばやくエミのケーキに手を伸ばしたが、その前にエミが皿を持ち上げて阻止
した。
ミレーヌは、カウンターの上に一つの箱を置く。 『灯心』が入っていたのより、少し大きい箱だ。
「……これが、『ザ・マミ』の正体です……」 そう言って蓋を取る。
二人は箱の中身に息を呑んだ。
「これが、『ザ・マミ』?この蜘蛛達が?」
箱の中には、多数の蜘蛛が蠢いていた。
「……違います。 蜘蛛の動きをよく御覧なさい……」
エミはじっと蜘蛛の動きを観察し、すぐにおかしなことに気がついた。 蜘蛛達が、異様なくらい秩序立った行動を取っているのだ。 蜘蛛
というより、アリの動きの様だ。
「下に何か? 布、いえこれは……包帯……『ザ・マミ』の包帯……」
「……その包帯こそが『ザ・マミ』なのです……」
ミレーヌの言葉に、エミと麻美は驚いて顔を上げた。
「……それは『蜘蛛の女王』が作り出した、魔法の包帯。 それは人間の女に巻きつき、男の精気を吸う怪物、吸精鬼に変貌させ『依代』
とする力がある……のみならず、『魔包帯』単体でも、自立行動を取る事のできる『使い魔』でもあるのです……」
「これが『蜘蛛の女王』の『使い魔』……」
「……『ザ・マミ』が包帯を飛ばしたのは、目くらましのためではなく、傷ついた『依代』を捨て『魔包帯』が逃げ出した……そして、『魔包
帯』はどこかで新しい『依代』を手に入れ、新しい『ザ・マミ』を誕生させた……」
「じゃ……やっぱり……学君は……」
「新しい『ザ・マミ』に拉致された可能性が高い……」
その時、目を閉じて話を聴いていたミスティが、くわっと目を見開いた。
「命名!『ザ・マミ・MkU』 以後、新しい『ザ・マミ』は『MkU』と呼称する!」
「……」
「……」
(……変形して大気圏突入できる『Z』や、額からハイメガ砲をぶっ放す『ZZ』が出てこないうちにけりをつけたほうが良さそうね)
エミはそう思い、額を押さえた。
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