ザ・マミ

第四章 疑惑、暗躍、探査、そして祭りの準備(3)


 エミがマジステール大学を訪問した翌日、山之辺刑事と川上刑事ザ・マミが収容されている警察病院を訪れた。

 担当医が、緊張の面持ちで二人を出迎えた。

 「患者はいまだに昏睡状態ですが……いったいあの患者はなんなんですか」

 「……なにか問題でも?」 山之辺刑事が聞いた。

 「考えられないような現象がいろいろと……」 担当医は言葉をきって、二人への説明を考えていた 「見たほうが早いですね」

 三人は、ザ・マミが収容されている病室の前に来た。

 警備の警官に敬礼し、覗き窓から中を見る。 多数のチューブや測定器に繋がれ、謎の女が横たわっているのが見える。

 「おい……奴はあんな顔だったか?」

 山之辺刑事が固い声で言い、川上刑事が手帳の中から、ザ・マミ逮捕時の写真を取り出して見比べる。

 「別人じゃないですか!」

 比べるまでも無かった。 ザ・マは、堀の深い顔立ちで日本人には見えなかったし、肌は濃い褐色だった。 ベッドに寝ているのは、東

洋系の特徴が色濃く出ており、肌の色も少し日焼けした程度の色だ。

 「信じられないでしょうが、あれがザ・マミです」 こちらも固い声で担当医が答える 「一時間おきに顔の変化を写した写真があります。

 確認しますか」

 「確認はするが……いや、貴方を疑っているわけじゃない」 山之辺刑事は侘びの言葉言い、もう一度ザ・マミに視線をやった。


 「どう思う」 

 警察病院で、ザ・マミの写真を確認しながら、山之辺刑事が川上刑事に尋ねた。

 「とても、信じられませんが……ザ・マミは鷹火車の部屋に隠れていましたよね」

 山之辺刑事は手帳を取り出し確認する。

 「昨日のことだ。 鷹火車の部屋のあるマンションの管理人から、監視カメラに不審な人物が移っていたので調べて欲しいと通報があった」

 「窓側監視用の臨時カメラでしたね」

 「うむ。 時々4階以上で下着の盗難がある為、高層階のベランダを監視するカメラが設置されており、それに鷹火車の部屋にベランダ

から出入りするザ・マミが移っていた……」

 事実を読み上げる山之辺刑事。

 「山さん……鷹火車はまだ見つかっていません」

 山之辺刑事は、ザ・マミの最新の写真をじっと見ながら言った。 「署に戻って鷹火車の顔写真と照合するぞ……まさかと思うが」


 カラーンコローン♪

 緊張感を削ぐウェルカム・ベルをBGMにして、エミが妖品店『ミレーヌ』を訪れた。 いつもの黒ずくめに加え、今日は大きな荷物を下げ

ている。

 「こんにちわ、ご注文の品持ってきたわ」

 カウンターの向こうで、ミレーヌが黙って頭を下げる。

 「さて……と」 エミはカウンターの上で、ノートPCを取り出し、セットアップを始めた。


 「これで最大ね」

 PCのディスプレイ上に、顕微鏡のテスト・プレパラートが最大倍率の1400倍で表示されている。

 「……感謝します。 面白い道具ですね……」

 「まあね……これで何を調べるの?」

 「……確認……いえ、確信できたら話します……まず、貴方の話を……」

 「え?……ああ、昨日の調査の件ね」

 エミは、川上刑事とフェン・シータの話を整理し、ミレーヌに話した。 石棺の中身、蓋の文字、ザ・マミが鷹火車のマンションを隠れ家に

していた件……

 エミが話し終わるのを待って、ミレーヌが尋ねた。

 「……『蜘蛛の女王』……そう書いてあったのですね……」

 「フェンはそう言っていたわ……」 エミは言葉を切り、ミレーヌの次を待つ。

 ミレーヌは何か考えて込んでいたが、やがてカウンターの上にあった一つの木箱を開け、中身をエミに示した。

 寄り合わされた糸の束を目にし、エミは尋ねた。 「これは?」

 「……以前、ミスティを通じて貴方が情報を求めてきたもの……『灯心』です……」

 エミはじっとミレーヌを見つめ、再び『灯心』に目を落とした。 彼女はほとんど表情を変えなかったが、僅かに見開かれた瞳が内心の驚

きを物語っていた。

 沈黙が流れる。


 ……僅かな時間の後、エミが尋ねた。 「これも『蜘蛛の女王』の縁のものだと?」

 ミレーヌの唇が僅かに歪んだ、笑みの形に。

 「……察しがいいですね……」

 「どうも」

 ミレーヌは木箱を閉じる。 ぽつんと置かれたパソコンが、存在を誇示すかのようにスクリーンセーバを走らせ出し、怪しい彩りが、妖品

店の中はねるように踊る。


 ドン! 突然裏庭に通じるドアが開き、スーチャンが飛び込んできた。

 「タイヘン、タイヘン! みすてぃガ! グルグル巻キ!!」

 「なに?どうしたの」 エミはスーチャンに、裏庭に引っ張られて行った。


 ミュー! ミュミュミュ! 

 何やらスライムタンズが騒いでいる。 エミは緑色のスライムタンズを掻き分けて、前に出た。

 「……何やってるの?ミスティ……」

 「もがが!」 ミスティが、茶色い帯で簀巻きにされ、地面に転がっていた。 ごていねいに口まで塞がれている。

 エミはため息をついてあたりを見回す。 口をあけたダンボールが所狭しと並び、蓋を止めていたガムテープや布テープが散乱している。

 「察するところ、片っ端からダンボールをあけて回り、何かの弾みで蓋を止めていたガムテープが足に絡まり、転がって蓑虫状態……い

え、『ミイラ』状態になったというところかしら」

 オー……ペチペチペチペチペチペチペチ

 スライムタンズが感心したように声を上げ、エミに向かって拍手する。 

 「全くもう……お付の二人はどこに行ってるのよ」 エミはミスティの口に張り付いたガムテープをやや乱暴に剥がす。

 「あ痛!」 ミスティが叫んだ。

 エミは肩をすくめ、腰のポシェットからベビーオイルを取り出し、ミスティの体とガムテープの間にたらしながら、今度は注意深くガムテー

プを剥がして行く。

 「エミちゃん……それは?」

 「商売道具」

 「わ、エミちゃんのスケベ♪」

 エミはミスティの背中から一気にガムテープを剥がし、再度ミスティを絶叫させる。


 日が落ちる。

 赤く染まった町並みに寒風が吹きぬけ、行きかう人々は襟を立てて家路を急ぐ。

 会社員はこたつでの一杯に胸躍らせ、学生達は若さをぶつけた部活の熱気をまといつつ。 

 「いいわね……若い子は」

 真打夢優香(40)は、ベランダで洗濯物を取り込みながら、下を眺めた。

 陰干ししていたショーツを丁寧に外しながら、最近淡白になってきた旦那との夜の生活を思い起こした。

 (やだ……あたしったら)

 微かに顔を赤らめ、洗濯かごを手に室内に戻る。

 ふと気がつくと、先ほどのショーツを手にし、無意識に指で擦っている。 

 (ずいぶん手触りがよくなってる……新しい柔軟剤の効果かしら)

 左手にショーツを広げ、そっと触ってみる。 かすかに指に絡みつくような感触と、絹にも似たサラリとした手触りが心地よい。

 さわ……さわさわ……

 優香はしばらくショーツを撫で続けていたが、我に返ってショーツを放り出す。

 「……なにしてるのよあたしは……やっぱり欲求不満かしら……」

 洗濯かごから洗濯物を取り出し、たたみ始めた。

 (やっぱりどれも手触りがよくなってる……)

 指に絡みつく感触を楽しみつつ、たたむ、たたむ、ひたすらたたむ……


 あ……ああ……

 優香はあられもない声を上げる。

 すっかり暗くなった部屋で、白い裸身にショツだけと言う格好で、彼女は自分の股間に指を滑らせていた。

 いや、正しくはショーツを秘所にこすり付けているのだ。

 指を滑らすたびに、甘く切ない疼きが股間を震えさせ、体にしみこんでくる。

 優香の指がのたうつ様にショーツに絡みつき、そのショーツが優香を甘い夢に誘う。 甘く、優しく、そして妖しく……

 (もっと……もっと……)

 優香が床を転がり、固くそそり立った乳首がブラジャーに擦れた。

 あんっ……  痺れるような刺激が乳首を襲い、じーんと切ない感触で胸があふれる。

 はぁはぁ…… 震える指で、ブラジャーを身に着ける優香。 そしてブラジャーの上から胸をまさぐる。

 ああん……いいの……いいの…… ブラジャーの感触が、熱く柔らかい唇で乳首をやさしく吸われているかのよう。

 優香はショーツとブラジャー越しに自分を慰めつつ、妖しい夢の世界に溺れていく。

 やがて彼女の女が熱く弾け、熱いねっとりとした蜜のような快感が体に溢れる。

 しかし、その快感は彼女を捕らえたまま去ろうとしない。

 優香は汗だくで床に転がったまま、その不思議な愉悦に浸りきっていた。


 カサリ……カサカサカサ……

 何かの音がする、小さなものが動き回るような音が。

 優香はむくりと体を起こす。 蜘蛛だ、小さな蜘蛛、中ぐらいの蜘蛛、大きな蜘蛛、様々な蜘蛛が彼女めがけて四方八方から押し寄せて

くる。

 誰でも悲鳴を上げておかしくない光景だが、なぜか優香は驚く様子は無い。 それどころか……

 フッ……フフッ…… 

 笑っている、優香が笑っている。

 「お前達は何しに来たの?……私に仕えるために集まってきたの?」

 そう言うと再び笑い出す優香。

 「ならば私は女王……『蜘蛛の女王』……フフ……フフフフ……」

 笑う優香の体に蜘蛛たちは這い登り、せっせと糸を吐く。 

 単に糸を吐くだけでなく。 足を器用に動かして、何かを作っている……白く長い帯を……蜘蛛たちが作り、それで優香を包んでいく……

 フフフフ……キキキキキキ……

 そして……『ザ・マミ』は復活した。

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